023
ファビオラは、ダンスが終わっても夢の中にいる様だった。王宮の煌びやかなダンスホールで、アーベルのような素敵な男性と一緒にダンスを踊ったなんて、一生の宝物だなと胸が一杯だった。
「ファビオラ!」
声のした方を見ると、内部でお世話になったトバイアス侯爵だった。
「トバイアス侯爵閣下、お久しぶりです」
ファビオラは、わざわざ声を掛けてくれたのが嬉しくて満面の笑みで返事をした。
「着飾ってるファビオラを見るのは初めてだが、凄く綺麗じゃないか。隣にいる彼のおかげかな?」
トバイアスが、ファビオラを揶揄う。ファビオラは、なんだか凄く恥ずかしくて困ってしまう。アーベルが、困っているファビオラを見かねていつもの調子でトバイアスに挨拶をした。
「トバイアス侯爵閣下、ご無沙汰しております。本日は、おめでとうございます」
「ああ。副団長殿久しぶりだな。新年早々こんな君を見られるとは、今年は良い年になりそうだな」
トバイアスが、意味深な言葉を返す。
「こんなとは、どんなかわかりかねますが·····。良い一年になればと思っております」
アーベルが、トバイアスに鋭い視線を向ける。そんな二人の会話を聞きながら、ファビオラはポカンとしてしまう。なんでこんなに殺伐としているの?
「そうか、君なら可笑しな事はしないと信じているよ」
トバイアスは、含みを持たせた微笑をアーベルに向けた。だが、一瞬で殺伐とした雰囲気を断ち切りトバイアスがファビオラにダンスを申し込んで来た。
「ファビオラ、折角だからわしと一曲踊ってくれんか?」
ファビオラは、驚く。まさかこんな小娘を、トバイアス侯爵閣下のような素敵なおじさまがダンスに誘ってくれるなんて。内心嬉しさに胸を躍らせる。しかし今日のエスコートは、アーベルだと思いアーベルの顔を窺う。アーベルは、面白くなさそうな表情だったが頷いてくれた。
「はい。喜んでトバイアス侯爵閣下」
ファビオラは、トバイアスの手を取った。
踊り始めると、流石侯爵閣下だと思った。とても踊り慣れている感じがした。初めて踊るのに、踊り慣れていないファビオラでも確りリードしてくれる。
「ファビオラ、本当に綺麗になったな。そのドレスも良く似合ってるよ」
「嬉しいです。このドレスは、アーベル様が準備して下さったんです」
ファビオラが、恥ずかしそうに頬を染める。
「そうだとは思ったが・・・。面白くないもんだな」
トバイアスが、小さく呟く。ファビオラは、何て言ったのかな?と不思議に思ったが、トバイアスが話を続けた。
「それより困った事があったら、直ぐに内部に来るんだよ。この前の殿下の失礼な言動は、お仕置きしといたからな」
「えっ?!」
ファビオラは、ビックリしてステップを間違えそうになる。トバイアスがすかさずフォローに入り立て直してくれる。
「内部の部長は、王宮内のどんな事でも知っているもんだよ」
そう言って、トバイアスは笑った。ダンスが残り僅かになる。
「ファビオラ、今日君はとても目立ってしまった。目立つという事は、良い事も悪い事も引き寄せるものだ。きっと今後、周りが騒がしくなる。重々気を付けるんだよ。短い間だったけど、君は大切な内部の一員だからね。何かあったら頼りなさい」
曲が終わり、手が離される。
「はい。ありがとうございます」
ファビオラは、涙がこぼれそうになるのを必死に堪え、精一杯の笑顔を返した。自分の事を、こんなに心配してくれる人がいるなんて本当に嬉しかった。去年一年、誠実に真面目に仕事に打ち込んだ事が、自分に返ってきているようで万感の思いだった。家を出て、自立の一歩を踏み出した事は間違いじゃなかったと改めて感じた。
トバイアスとのダンスが終わり、アーベルを探す。注目を集めたファビオラは、男性からも女性からも視線を感じた。周りの者達も、ファビオラに声を掛けようと機会を窺っているが、先程踊っていた相手が内部の部長と大物だけあって迂闊に近寄れない。その内、ファビオラは見知った人物を見つけ駆け寄る。
「フェレーラ侯爵閣下」
フェレーラ夫妻は、先程の婚約発表の事があったからか人に囲まれていた。それでも、ファビオラに気づいた夫婦はファビオラに声をかけてくれた。
「ファビオラ、久しぶりじゃないか。とても綺麗だよ」
「まあまあ、会わなかった間に一段と綺麗になっちゃったわね」
ファビオラは、久しぶりに会う二人が変わらずに接してくれて嬉しく思った。それと同時に、シェリーの事を言わなくちゃと。
「この度は、シェリーの婚約おめでとうございます。知らなかったので、ビックリしました」
「ありがとう。ファビオラには、会って直接話したいと言っていてね。昨年末は本当に忙しくてとうとう話せず終いになり、シェリーも残念がっていたよ」
フェレーラ侯爵が、申し訳なさそうに話してくれた。
「いえ、私も会って話したい事があったのできっとお互い様です。新年のお祝いが終われば落ち着くと思うので、今度ゆっくりシェリーと話します」
ファビオラが、笑顔で返す。
「そうか。では、今日はシェリーとは踊れそうにないからな。もう一人の娘として踊ってくれるか、ファビオラ?」
「まあ、あなたったら。やっぱり寂しいみたいなの。ファビオラ、良かったら踊ってあげてくれない?」
夫人が、茶目っ気たっぷりにファビオラにお願いする。身内の様に親しくしてくれるフェレーラ夫妻が大好きで、もちろんですと返事をしてファビオラは侯爵の手を取った。
音楽に合わせて踊り出す。フェレーラもリードが上手く、踊りやすい。
「それはそうと、まさか君があの副団長殿と入場するなんて、ビックリだったよ。いつ知り合ったのだい?」
フェレーラが、興味深々と言ったように尋ねる。
「昨年の秋ぐらいでしょうか?街に行った時に、ひったくりに遭って助けて頂いたのが最初です」
ファビオラが、昨年出会った時の事を思い出しながら話す。
「そうか・・・。それで、二人は付き合ってるのかね?」
フェレーラが、複雑な顔で尋ねる。ファビオラは、それを聞いて焦る。
「えっと、そういうのではないです。仲良くさせて頂いてるだけで。普段は、第二騎士団のキース様やローレンツ様とも、一緒にご飯を食べたりしてるんです」
フェレーラが、難しい顔をする。
「ほお、それはそれは・・・。まあ、そのお三方は悪い人達ではないから大丈夫だと思うが。何かあったら、すぐに相談するんだよ。私達は、ファビオラの味方だからな」
ファビオラは、ありがとうございますと笑顔で返した。その後も、内部や財務部でお世話になった先輩方、そしてシェリーの兄にもダンスを申し込まれた。シェリーの兄には、シェリーだけではなく妹だと思ってた子が、知らない内に綺麗になっててパートナーまでいて寂しいよ。と嬉しくなる事をさらっと言われた。その日のファビオラは、褒められてばかりで顔が赤くなるのが止められなかった。
どの方とも楽しく踊る事が出来、こんなに楽しい夜会は初めてだとファビオラは警戒を弱めていた。