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022

 

 会場中の視線が壇上へと向き、静まり返る。

 陛下が一歩前に出て、話し始める。


「新しい年を迎え、皆よく集まってくれた。とても喜ばしく思う。今日は、一つ皆にめでたい報告がある。王太子であるベルントが漸く婚約する運びとなった。どうか皆で祝って貰いたい」


 陛下の挨拶が終わると、舞台袖からベルント殿下と婚約者と見られる令嬢が二人で舞台中央へと入場してくる。その令嬢の姿を見て、ファビオラは驚愕する。


「えっ?シェリー?」


 ファビオラは、余りの驚きからポツリと声を漏らした。中央に進み出たベルントは、婚約者の紹介をする。


「昨年の年末に正式に婚約を結んだ、シェリー フェレーラ侯爵令嬢だ。結婚式は、来年の春を予定している。皆よろしく頼む」


 ベルントは、熱のこもった視線をシェリーに向け皆に紹介した。シェリーは、その横で優雅に素晴らしく綺麗な淑女の礼をした。会場にいた誰もが、驚きを隠せない。いつも冷たい印象のベルント殿下が、人間らしい熱のこもった眼差しを女性に向けていたから。それでも驚きを呑み込んだ貴族達は、一斉に拍手を送りようやっと決まった王太子の婚約を祝った。


 ファビオラは、壇上で微笑むシェリーの姿を見て涙ぐんでしまった。シェリーが、とても幸せそうな顔をしていたから。シェリーと、恋愛の事について話した事はそんなにない。学園時代にシェリーに婚約者がいない事を知った時、不思議に思った。名立たる侯爵家の娘なら、幼い内から婚約者がいるのが当たり前だったから。だが恐らく、何か理由があるのだろうと思っていたから特に理由を尋ねる事はしなかった。ただ一度だけ、シェリーと話した事があった。叶う事なら好きになれる人と結婚したいわよね。と、シェリーが零していた。好きな人ではなく、好きになれる人。高位貴族の令嬢で、父親が決めた相手以外に、選択肢がない事をよくわかっている発言だった。

 その言葉にファビオラは、そうだねっと結婚しても変わらない関係でいられたらいいねっと返した事を思い出していた。


 じっと王太子の婚約者を見つめるファビオラに、アーベルが声を掛ける。


「知り合いか?」


 ファビオラは、アーベルに声を掛けられ、みんなと一緒にいる事を思い出す。涙を拭って、アーベルに向き直る。


「はい。学園時代から仲良くさせて頂いてる方です。知らなかったから、びっくりしました」


 ファビオラは、嬉しそうに笑顔で答える。


「あら、ファビオラちゃん、未来の王妃様と親しいなんて凄いじゃない。人気者ってこの事なの?」


 アガサが、ローレンツに尋ねる。


「いや、これは全くの想定外だ・・・。ファビオラの交友関係が大物だらけでビックリするわ・・・」


 ローレンツが、びっくりしつつ心配そうにファビオラを見ている。


 会場に音楽が鳴り響き、ベルント殿下とシェリーが舞台から降りて来てダンスを踊り始める。正しく美男美女のカップルで、ダンスも息が合っている。お互いが見つめ合い、時折シェリーが恥ずかしそうに微笑んでいる。見ていて、とても幸せな気持ちにさせられた。改めてファビオラは、ベルント殿下の隣は、間違いなく私じゃないわっと心の中で笑った。


「あらあら、あの殿下がとっても幸せそうよ。ファビオラちゃん、良かったわね」


 アガサが、口元に扇子を当てながらファビオラに囁く。ファビオラも、嬉しそうに頷いた。やがて、1曲目の音楽が終わり2曲目の音楽へと移り変わる。会場にいた貴族達が、踊り始める。


「ファビオラ、俺たちも踊るぞ」


 そう言うと、アーベルはファビオラの手を取りホールの中央に進む。あっという間に、ファビオラはアーベルにホールドされ踊り始める。


 ファビオラは、突然始まったダンスに足を動かすのがやっと。


「ファビオラ、こっちを見て音をよく聞く」


 ファビオラは、足元に向けていた視線をアーベルへと向けた。力強い青い瞳を見つめ、音に耳を傾けると周りの雑音や視線がシャットアウトされた。久しぶりのダンスに戸惑ってしまった心も落ち着き、段々とダンスの感覚を思い出す。やがて、アーベルとダンスを踊っている今の状態に胸を躍らせる。


「上手いじゃないか」


 アーベルが意外そうに呟く。


「久しぶりだったし、アーベル様が突然踊り出すから、最初は動揺しただけです。心の準備くらいさせて欲しかったです」


 ファビオラは、アーベルに抗議する。


「あはは。それは悪かった」


 アーベルは、そう言っていつもの優しい笑顔を零した。


 アーベルは、王太子が踊っているのをじっと見ているファビオラに、なぜだかとてもイライラした。一曲目が終わった途端、無性にファビオラとダンスを踊りたくなった。返事も聞かずに踊り始めてしまった時には、反省した。しかしファビオラが自分の瞳を見つめて踊り出すとイライラが収まり、反省していた心もどこへやら今までになくダンスを楽しんでいる自分がいた。


 ファビオラは、ダンスを楽しむ余裕が出来ると夢の中にいる心地だった。素敵な男性と夜会でダンスを踊る、そんなの自分には無理だと思っていた。それが実現している今が、幸せ過ぎてずっと続けばいいのにと思うほど。


 ファビオラがダンスを踊っている周りでは、誰もが釘付けになっていた。どんな女性に頼まれても踊らないアーベルが、とても楽しそうにダンスを踊っている。一体あの令嬢は誰なのだ?とまたしても様々な人々が囁き合っている。


 またファビオラの存在を知る者達は、其々に驚きを隠せずにダンスを見守っていた。ファビオラを知るシェリーもその一人。


 今まで見た事もない程、綺麗に着飾ったファビオラに驚き、さらに一緒に踊っている相手にも驚く。シェリーの知らない年上の男性と、頬を染めながら楽しそうに踊っていたから。


「殿下、ファビオラと踊っている男性はどなたですか?」


 シェリーは、ベルントと舞台上の王族達の席に戻ってくると堪えられず聞いてしまう。ベルントがホールに視線を向け、中央付近で踊っているファビオラを見つける。


「第二騎士団副団長のアーベル ハーディングだな。驚いたな、ファビオラにあんな相手がいたとは・・・。シェリーは、ファビオラの事を知っているのか?」


 ベルントは、ファビオラと聞きシェリーと交友があるとは思っていなかった為驚く。


「ファビオラは、学園時代からの親しい友人なのです。最近はお互い忙しくて顔を合わせていなかったので、あんなに綺麗になっていてびっくりですわ」


 シェリーは、幸せそうに踊るファビオラを見つめ本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。




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