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その日ファビオラは、アーベルの屋敷にいた。
アーベルから事前に、夜会に行く準備はどうするのかと聞かれた。正直ファビオラは、実家に帰りたくなかった。どうせ帰っても、母と父とユリアナの準備に追われて自分の支度まで順番が回ってこないだろうと。それにずっと帰っていなかったので、色々聞かれるのもめんどくさく感じた。なのでこのまま帰らずに、先輩侍女のエリンに手伝ってもらいながら自分で準備しようと思っていた。だからそれをそのまま、アーベルに伝えた。
それを聞いたアーベルは、それなら自分の屋敷に来て準備をすればいいと言ってくれた。ドレスも準備出来て屋敷にあるし、うちの侍女に支度をしてもらえばいいと言う。最初ファビオラは、流石に侯爵家のお屋敷に婚約者でもなんでもない自分が、お邪魔するなんてとんでもないと断った。話を聞くと、アーベルはハーディング侯爵家の本邸に住んでいる訳ではなく、自分用のこぢんまりした別宅で暮らしている。だからそんなにかしこまる必要はない。気軽に身一つで来て貰えれば、こちらで準備するのでと言われた。
正直、夜会に行くのも久しぶりだったし、ドレスを綺麗に自分で着られるか心配だったので、有難くその申し出を受ける事にした。
前の日から泊りで来てもいいと言われたが、流石にそれは丁重にお断りして、午前中のまだ早い時間に訪問する事となった。アーベルが、馬車を迎えに寄越してくれて、豪華な馬車に乗ってアーベルの屋敷に到着した。
馬車を降りて、ファビオラは驚愕する。こぢんまりした別宅って言ってたのに·····。ファビオラの実家よりも、数段立派な屋敷が建っていた。アーベルが、侯爵家の子息だと言う事を改めて感じた。いつも気軽にファビオラに接してくれるので、自分との家格の差を忘れかけていた。自分が好意を持つのは勝手だけど、期待したらダメなのだと自分に言い聞かせた。
屋敷の中に入ると、執事に案内されて応接室に通された。中に入ると、アーベルがソファーに腰かけていた。
「アーベル様、本日はおめでとうございます。どうぞ本年もよろしくお願いいたします」
ファビオラは、アーベルに向かって新年の挨拶をし膝を折ってお辞儀をした。
「ああ、おめでとう。こちらもよろしく」
そう言うと、いつもの優しい笑顔を向けてくれた。
それから少しお茶を頂いて、たわいもない話をしていた。そこに侍女がファビオラを呼びにやってきた。
「マルティネス様、そろそろ準備に入ります」
年配の侍女と、ファビオラと同じ年くらいの侍女だった。
「ファビオラ、侍女のマーヤとアンだ。今日はこの二人に頼んだから安心して準備してきなさい。ドレスも気に入ってくれると嬉しい。では、また後でな」
アーベルはそう言って、応接室の扉まで見送ってくれた。
ファビオラは、客室の一室に案内される。中に入るととても洗練された上品な部屋だった。ファビオラは、侍女達の方を向き挨拶をする。
「ファビオラ マルティネスと申します。本日はよろしくお願いします」
そう言うと、マーヤと紹介された年配の侍女が口を開いた。
「まあまあ、素敵なお嬢様ですね。アーベル様が女性の方を連れてくるなんて、本当に嬉しくて·····。今日は、これでもかってほど可愛く致しましょう!」
マーヤが、張り切っている。それを聞いた、アンも大きく頷いている。
「では、まずはお風呂ですわ!」
気合を入れた侍女二人に、ファビオラは風呂場に連れていかれた。着ていた服を脱がされ、あれよあれよと言う間にバスタブに放り込まれる。二人掛かりで入念に体と髪を洗われクリームを塗られ、どこもかしこもツルツルの肌になり、しっとり艶のある綺麗な髪に変貌を遂げた。
バスローブを羽織り、部屋に連れていかれる。
「お嬢様!今日着るドレスです!」とドレスを見せられた。
ファビオラは、そのドレスに目を奪われる。
「素敵・・・・」
目に映ったドレスは、瑠璃色がかった紺色でレースがふんだんにあしらわれている。Aラインのドレスで、チュールを贅沢に重ねてきらめき、ふわりとしている。スカートの裾の部分に、青空のような青色の刺繍が一周綺麗に入っている。とても綺麗なドレスだった。
ファビオラは、こんな綺麗なドレスを着るなんて初めてで、嬉しくて涙が出そうだった。
「そうでしょう、そうでしょう。あの、アーベル様がご自分で頼んだドレスですからね!さあ、着付けいたしますよ」
マーヤが腕をまくって気合を入れた。
用意を終えたファビオラは、姿見の前で立ち尽くしてしまった。
「これが、私ですか・・・・・?」
いつもの自分ではない、凛とした可愛さの女性が鏡の中にいた。髪は、サイドは垂らし後ろ髪は下で大きなお団子で纏まっている。お団子の上部に、淡い色で統一されたお花の髪飾りが飾られた。
「お嬢様!もの凄くお似合いです。とっても可愛らしいですね」
侍女が興奮した様子で、ファビオラに声を掛ける。ファビオラは、侯爵家って侍女の腕も素晴らしいと、明後日の方向に思考が飛んでいた。
トントンっとドアを叩く音がする。
「迎えに来たのだが、入ってもいいか?」
扉の外から声がして、アーベルが来た事がわかる。アンが、素早く扉を開けに向かった。アーベルが部屋の中に入って来て、ファビオラを見る。
「ああ、思った通りだ似合ってる。可愛いな」
ファビオラは、真っ赤になりつつもアーベルの方を向いた。アーベルを見た瞬間、アーベルに言われた事よりアーベルの夜会服姿が、格好良すぎて言葉が出なかった。着替えて来たアーベルは、前髪もサイドに流し綺麗な瞳が際立っている。ぼーっと、見とれるファビオラにアーベルは近づき、四角いケースを見せた。
「ファビオラ、仕上げにこれを」
アーベルが、ケースを開けて中身を見せる。ファビオラが中身を見ると、一目で高価だと分かるネックレスとイヤリングが入っていた。
「こんな高価な物、私着けられないです」
ファビオラは、驚いて後ずさってしまう。
「大丈夫だから、後ろを向いて」
ここで、断る事なんて出来るはずないと諦め後ろを向く。アーベルが、ネックレスを着けてくれ、イヤリングは恐々自分で着けた。アーベルの方を向き直ると、ファビオラの手を取られた。
「じゃあ行こうか」
アーベルが、チュッとリップ音をさせてファビオラの手に口づけを落とす。ファビオラは、顔が真っ赤になり俯く。なんなんだろう?これは·····。もう私、これでお腹一杯なんだけど·····。夜会なんて行って、心臓持つのか私·····。アーベルに手を引かれながら部屋を出ていくファビオラの頭の中は、すでにくたくただった。





