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私の名前は、ファビオラ マルティネス。マルティネス子爵家の次女。ランプの炎の様な色の瞳で、ありふれたクルミの色の茶色の髪。自分で言うのもなんだが、一人でいれば至って普通の女の子だと思う。だがマルティネス家には、二歳ずつ離れた三人の娘がいる。一番上が18歳のカリーヌ。真ん中が16歳のファビオラ。一番下が14歳のユリアナ。
ファビオラは、真ん中の子として家族の中でなかなか不遇な生活を送っている。父も母も、容姿は抜群に良い。だが、二人とも兎に角人付き合いが下手で社交性がない。そして、物事を深く考えずなんとかなるだろうと言う事勿れ主義。それを補っているのがファビオラだった。
一般的にも姉妹の中で、真ん中の子はおざなりになりがち。両親が意識して、そうなっている訳ではないのはわかっている。でも、姉とファビオラだと初めての子だからか、姉が優先される。そして、妹とファビオラでも末っ子の愛され気質に負け妹が優先される。
そうなると、自然とファビオラは何でも自分でするようになる。社交だって両親が両親なだけに、苦手だった。でも、自分で話しかけないと、いつも一人ぼっちだったし自分の意見が全く反映されない、やらざるを得ない環境が、ファビオラを強くした。本を読むことが大好きな為、多くの知識を得それがマルティネス家の困り事を解決する手助けとなった。
勝手にしっかりしてしまったファビオラに、両親も姉も妹も頼りっきり。何か困った事があると、みなファビオラに頼る。それを無難に解決してしまうものだから、ファビオラは悪循環を脱する事が出来なくなってしまった。
自分達で解決してもらわないと駄目な事は、ファビオラにもわかっている。だが、ほっとくと結局ファビオラに皺寄せがくるため、仕方なく今の関係性が出来上がってしまった。
それに、ファビオラには最大のコンプレックスがある。姉妹の中で、容姿がそこまで優れていない事だ。姉は、魅惑的なボディーのお色気担当。妹は、色白で可憐な守ってあげたくなる庇護欲担当。その中で、ファビオラだけ至って普通の女の子。三人でいると、二人の引き立て役にしかならない。常に比較され、姉も妹もあんなに魅力的なのに·····と言われてしまう。そんなコンプレックスもあって、頼りにされる事が自分の存在意義みたいなものになってしまった。
ファビオラは、自分の屋敷に帰って来た。一目散に自分の部屋に直行する。着替えもせずにベッドに突っ伏す。
主人の帰宅に気づいたファビオラの侍女が、慌てて部屋に入ってくる。
「お嬢様、お帰りなさい。ってどーしたんですか?」
侍女のエミーが、ベッドに突っ伏しているファビオラを見て驚いている。ファビオラは、枕に顔を埋めたまま返事をした。
「ごめん。落ち着いたら呼ぶから、今は一人にして·····」
心配そうな顔をしつつも、主人の言う事を聞く事にしたエミーは静かに部屋を出ていった。
ファビオラは、堪えていた涙を解放する。声を出さずに泣いた。一生懸命築いた人間関係を、一瞬で掠め取っていかれた。あの二人の出会いにファビオラが立ち会ったばかりに。きっと、出会った時にファビオラが居なかったらあんなに上手く事は運んでいなかった。
一目でクリフォードが姉に恋をしたのは同じだったかもしれない。でも、カリーヌは恐らく興味を示さなかったはず。ファビオラがいないと、カリーヌは初対面の人と目も合わせられないし、話すことなんて無理だから。姉も妹も両親同様、社交性が皆無。外見からたくさんの人が寄ってくるが、会話が続かない目線が合わないと結局お近付きになれない。
だが、そこにファビオラがいると違ってくる。両親も姉も妹もファビオラの友人知人は、自分の友人知人と思い込んでいて一瞬で人を取り込んでしまう。今までもずっとそうだった。友達の出来なかったカリーヌは、お茶会などの外出先で常にファビオラにべったり。友達とゆっくり話も出来ないと思ったファビオラは、カリーヌの為に友人関係を築いてあげた。
まさか、恋人までお膳立てする羽目になるなんて思ってもいなかった。少しずつ、先輩を知る度に恋心を募らせてきた。告白しようと思ってた。先輩だって、私に対してそれなりに可愛がってくれてると思ってたのに·····。クリフォード先輩が、カリーヌを見つめる瞳に熱がこもってたのを見て、私は本当にただの後輩だったんだと思い知る。
悔しい·····。ファビオラが家族をあまり好きになれない理由。こういう事が、当たり前だと思ってる所だ。姉はきっと、今日は気まぐれに図書室を訪ねてラッキーだったとしか思っていない。確かに姉にしたらそうなのかも知れない。だけど、あの時間にあの場所でクリフォードと仲良くしゃべる様になるまで、ファビオラがどんなに努力したかわかっていない。ラッキーの一言でなんて済ませて欲しくない。
なんで、いつもこうなるの·····ファビオラは、悔しくて悲しくてぶつけられない気持ちで、枕に向かって拳を振るった。