019
紅葉狩りに出かけてから、あっという間に季節は冬へと足を踏み入れていた。もうすぐ年が明けて、新年がやってくる。ファビオラは、いつになくそわそわしていた。アーベルから新年の祝いの夜会に誘ってもらってからというもの、どうしてもアーベルを意識してしまう。ふとした瞬間に、自然とアーベルの事を考えるようになっていた。自分でも、良くない傾向である事は重々承知していた。アーベルは、侯爵家の長男と言っていた。ゆくゆくは侯爵家を継ぐ人間だ。領地もない子爵家の娘と、どうにかなる様な相手ではないと。毎晩、ベッドの中に入ってこれは恋ではないと自分に言い聞かせていた。しかし次第に、自分を誤魔化すのも疲れてしまった。
アーベルと出会って、まだ半年にも満たない。気持ちを伝えた訳でもないし、何か言われた訳でもない。何も望まないのであれば、誰かに迷惑掛ける訳でもないし折角だから、この気持ちを楽しんでもいいのでは?と思うようになった。
そう思ったら、気持ちがとても軽くなった。先日、先輩侍女のエリンに言われた事で姉や妹とずっと比較されて、私なんかと思っていた気持ちも大分薄れた。ファビオラは、好きな人に少しでも可愛いと思ってもらいたいと思うようになり、エリンにメイクの仕方やヘアアレンジを教わるようになった。
キースともあれから更に仲良くなり、一緒にご飯を食べたり一緒に買い物に行ったりする様になった。キースと一緒にいると、アーベルやローレンツが合流することもありドキドキする事もあったが、お仲間に入れてもらってるようでとても嬉しかった。
キースは会う度に、ファビオラが可愛くなったと褒めてくれる。次は、こんな服を買ってみたらとアドバイスをくれる。ファビオラの低かった自己肯定感が、少しずつ上向いて来ていた。本当の姉より、姉らしいキースが大好きになった。
そんな風に過ごしていたら、ベルント王太子との事はそんな事もあったなくらいの出来事に風化した。尤もこの件に関しては、私が傷つく必要なんてないと考え直した。寧ろ、恥ずかしい真似をしたのは王太子の方だと思うと笑いが込み上げる。
ベルントは、ファビオラに言われた事をすぐに実行に移した。今まで話した事がない高位の令嬢を集めて、少人数でお茶会をしたり、少し難しい話でディスカッションをしたりと積極的に令嬢達と関わりを持つようになった。しかもどうやら、気に入った令嬢が出来たらしく最近ではその方と二人で仲を深めているらしい。
らしいと言うのも、そう言った関連の仕事にファビオラは関わらせて貰えなかった。ベルント王太子の専属執事のセバスチャンさんに一度何でなのか聞いたところ、あんな事をやらかした後なので恥ずかしいのでは?という事だった。それを聞いてセバスチャンさんと二人で笑ってしまった。なんにせよ、王太子様にようやく遅い春が来たみたいで良かったなとファビオラは心から思った。
実はあの後、セバスチャンさんにとても褒められた。今まで、ベルント殿下が、薄々間違った認識をしているのではないかと思ってはいた。しかし恋愛と言うナイーブな事なので言えずにいたと。周りの者も、その話題は避けて来てしまったらしい。
流石にあんな酷いプロポーズをするなんて思ってもいなかったので、セバスチャンさんもびっくりしたと言っていた。私が、勘違いせずにきっぱり断ってくれて本当に良かったと。しかも説教までしてくれて、正直笑わないでいるのがしんどかったと言っていた。損な役回りだったけど、お役に立てたのなら良かったと思う事にした。
シェリーとは、前回キースと洋服を買いに行った後に泊まりに行ったきり顔を合わせていない。ファビオラの交友関係が増えて忙しくなったのと、どうやらシェリーも最近忙しいらしく二人の予定が合わずにいる。シェリーには、手紙ではなく会って色々話したいと思っている為、まだアーベルの事は話していない。この分だと、次に会うのは新年の祝いの夜会になりそうだなとファビオラは思っていた。
そうやって、日々忙しく生活していた。やがて年が明けて、ついに新年の祝いの日となった。