013
そしてファビオラは、あれよあれよと言う間に、街にある騎士達御用達の店に連れて行かれた。連れて行かれた店は、貴族御用達とは違って、ファビオラでも気軽に入れる庶民向けの店だった。店に入ると、すぐに個室に案内される。
「悪いな、もっと高級な店が良かったか?」
椅子にみんなが腰掛けたタイミングで、ローレンツと呼ばれていた男性が、ファビオラに声をかける。
「いえ、緊張しそうなのでこういうお店の方が好きです」
ファビオラは、笑顔で答えた。馬車に乗せられて、どこに連れて行かれるのか内心ヒヤヒヤしていた。上級貴族向けのハイクラスのレストランに連れて行かれたら、どうしようかと不安でしょうがなかった。
ファビオラは、所詮子爵家の娘。知識では、上級貴族にも負けない自信はあるが、礼儀作法は最低限しか学んでいない。場違いな所に、連れて行かれなくて良かったと心底安堵した。
「ここは、第二騎士団に勤めていた奴が怪我で引退して開いたレストランなんだ。王宮から近いけど、騎士達向けのレストランだから堅苦しくなくてオススメなんだよ」
ローレンツが、丁寧に教えてくれた。ファビオラは、感心しながらそうなんですねと相槌を打つ。
「ねぇー、それよりも彼女、名前はなんて言うの?」
キースが、頬杖を突きながら頭を傾げた。
ファビオラは、焦る。自己紹介もしてなかった·····。
「申し遅れました!私、ファビオラ マルティネスと申します。子爵家の次女です。先日、街で副団長様にひったくりから助けて頂きまして、お礼にお伺いしたんです。彼女ではないので、間違えないで下さい!私なんかが、彼女だなんて畏れ多いです」
ファビオラは、ローレンツとキースに身を乗り出す勢いで一気に捲し立てた。
「あっはっはっはっはっは」
「ふふふーおっかしー」
ローレンツとキースが、声を出して笑う。
「ファビオラちゃん必死なんだものー」
キースが、涙を拭っている。
「だって、お二人とも全然話を聞いてくれないから!あの·····お三人方のお名前も伺っても宜しいですか?」
ファビオラが、一番聞きたかった事を上目がちになりながら訊ねた。
「そっか、そりゃー悪かったな。俺は第二騎士団の団長でローレンツ クルーガーだ。侯爵家の三男。ファビオラ嬢、お詫びに今日は俺が奢るから好きな物、沢山食べてけ」
ローレンツが、ニカッと笑ってメニュー表を渡してくれた。
「じゃー、次は私ね。私は、キース カティック。伯爵家の三男よ」
キースが、ファビオラにパチッとウィンクを送ってきた。様になり過ぎだよと心の中で突っ込む。ファビオラはどう対応するべきか苦慮する。
「こう見えて、キースは騎士団一の剣士なんだぜっ」
ローレンツが得意そうに告げる。それを聞いて、ファビオラはこんなに綺麗で剣の腕まで凄いって、羨ましい·····。と羨望の眼差しをキースに向ける。
「ファビオラ·····あなた、感情が表情に出過ぎ!周りから可愛がられるタイプね。そー思わない?アーベル」
キースが、にやにやしながらファビオラの隣に座っている副団長に目線をやる。
「そうだな·····。俺は、第二騎士団で副団長をしている。アーベル ハーディングだ。二人が勝手に連れてきて悪かったな·····。遠慮なく食べて行ってくれ。帰りは送って行くから安心しろ。家に連絡するか?」
アーベルがファビオラの目を見て訊ねてくる。アーベルの目は、前髪越しにしか見えないが、真夏の強い青空の色のように深く濃い青色。あまり感情を表に出さない方だと思ったが、この時のアーベルはとても優しい空気を纏っていた。
「えっと、今は王宮の侍女として働いてまして寮に住んでいるので大丈夫です。まだ、新人なので門限があるのですが·····それまでに帰れば問題ないです」
「そうか·····新人の門限は、確か9時だったか?それまでには、ちゃんと送って行く」
アーベルがファビオラの頭に手を伸ばして、ポンポンと軽く叩いた。ファビオラは、びっくりしたがアーベルを見ると優しい顔をして笑っていたので、なんだがドキドキしてしまった。
「へー」
「ふーん」
ローレンツとキースが、そんな二人を見てニヤニヤしている。
「さっきから、クルーガー様とカティック様は、なんでにやにやしてるんですか?!」
ファビオラは、恥ずかしくなって顔を赤くして怒る。
「えー、だってー。二人の空気が甘いから?それより、キースって呼んでー。カティックなんて他人行儀ー」
キースが、プンスコ怒っている。
「そうだぞ、ローレンツだ」
ローレンツも、名前呼びを勧める。ファビオラは、そんな馬鹿な·····と頭を抱える。戸惑っていると、横から·····
「俺も、アーベルでいい」
えっ?えぇぇぇぇー。第二騎士団の上位御三方を名前呼びって、ハードル高過ぎだから·····。ファビオラは、アーベルの顔を見て驚きの表情で止まってしまう。
「ファビオラは、わかりやすいな」
そう言って、アーベルがファビオラの頭を優しく無でる。かっ、完全に子供扱い·····。何か悔しい·····。ファビオラは、顔を赤くして俯くしかない。
そんな感じで、終始三人にからかわれつつも美味しいご飯を沢山ご馳走になった。
「そう言えば、ファビオラは今どこに配属されてるんだ?」
ローレンツが、訊ねる。
ファビオラは、デザートのアイスを一口口に運び終わると答える。
「今は、王太子部です。一番初めに財務部で、次が内部でした」
ファビオラが、笑顔で答える。
「マジか?ファビオラが、噂の新人侍女か!なるほど、わかった気がする。この子は、可愛がられるわ」
ローレンツが一人で納得している。ファビオラは、何の事かさっぱりわからない。
「やっだー。ファビオラったら、凄いじゃなーい。でも、わかる気がするー。ねーねー、内部ってどーだった?」
キースが、興味津々と言った面持ちで聞いてくる。
「内部ですか?皆さん、厳しいんですが·····仕事の仕方とか、めっちゃカッコイイんです!見たら、キース様も痺れますよ!」
ファビオラが、目をキラキラさせて語る。
「ぶはっはっはっはっは。やばい。これは本物だ。あの古狸達を、カッコイイとか大物感が凄い」
ローレンツが、大爆笑している。
「ファビオラ·····あんたって子は·····。変な男に騙されない様にね·····。何かあったら、お姉さんに相談しなさい。私も、寮住まいだからいつでも遊びに来なさい」
キースが、可哀想な目でファビオラを見る。
えっ?何で?心配されるの?ファビオラ、納得がいかん·····。
「そろそろ、送って行く」
アーベルが席を立つ。
「あのっ、今日はありがとうございました。とても楽しかったです。ご馳走様でした」
ファビオラは、立ち上がりぺこりと頭を下げる。
「俺らも楽しかったよ。今度は、第二騎士団に遊びにおいで」
ローレンツが、にこにこしながら言う。
「今度、お姉さんと一緒に買い物でも行きましょう。連絡するわね」
キースも、笑顔でファビオラを見送る。
ファビオラは、二人にお礼を言ってお店を出た。
いつ手配してくれたのか、お店を出ると馬車が待ち構えていた。アーベルのエスコートで、馬車に乗り込む。馬車の中では、特に会話もなくあっという間に王宮に到着する。
馬車を降りると、アーベルは態々寮の前まで歩いて送ってくれた。寮の前に着くと、アーベルが振り返ってファビオラを見る。
「ファビオラ、次の休みはいつだ?」
「休みですか?えっと、来週の水曜日です」
「紅葉狩りでも行くか?ハンカチとクッキーのお礼にどうだ?」
ファビオラは、驚く。お礼って·····。お礼が終わらなくない?でも、紅葉狩りなんて行ったことないから行きたい·····。あっ、でも来週は恒例のお泊まり会だ·····。考えこんでいると、頭の上から声がかかる。
「嫌か?」
いつの間にか、ファビオラとアーベルの距離が縮まっている。上を見ると、残念そうな顔が見えた。
「あの、嫌じゃなくて。来週は予定があって·····。再来週じゃ、ダメですか?」
ファビオラは、咄嗟に代替案を述べる。
「じゃあ、再来週な。水曜日でいいか?」
「再来週だと、木曜日です」
「わかった。時間はまた連絡する。馬で迎えに来るから。じゃあな」
そう言うと、踵を返してアーベルは帰って行く。その背に向けてファビオラは、声を出す。
「楽しみです。おやすみなさい」
アーベルは、背中越しに手を振ってくれた。その姿を、見えなくなるまでファビオラは見送っていた。
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その頃、店に残された二人は、向かい合って座り直しお酒を飲んでいた。
「びっくりじゃなーい。長い付き合いだけどー、あんなアーベル初めて見たー」
キースが、嬉しそうに話している。
「ああ。ああ言う子は、居そうで、なかなかいないからなっ。可愛くて仕方ない感じだったな」
ローレンツも、嬉しそうにグラスを手に持ち傾けている。
「あの子、私の事見ても嫌悪感一切感じなかったわ·····。いい子だから、上手くいって欲しいわ」
「ああ。そうだな」
二人とも、今日初めて会った女の子を思い出して微笑んだ。