第9話 デブリーフィング
4/1 13:10
「お昼食べれてないよね?ぜんぜん食べながらでいいので」
「いえ、そんな!大丈夫です」
と言いながらも気が抜けたのかリェンのお腹がなる。
思わず赤面するリェン。微笑むイノウエ。
「すみません、頂きます」
「はい、どうぞ。デブリーフィングって言っても上司に報告するんじゃなくて、分からないことを解説するだけだから。ていうか」
イノウエは小声になる。
「令状なしの違法捜査なんて大っぴらに報告できるようなことじゃないしね」
「そ、そうですよね」
そう言いながら、リェンは先輩方に買ってもらったピザに小さく噛り付く。
「わ、美味しい!」
「でしょ?西エリアにある有名なお店なんだ。昼休みに行き来するのは、AJがいないとキツい距離だけどね」
「あの、AJ捜査官の能力ってどういう能力なんですか」
「そうだね、まずは能力について改めて解説しようか。今日以外に能力を見たことは?」
「研修の時に一度」
異世界空港の新人たちが集められた合同研修を思い出す。
リェンと同じような小柄な女性教官が能力:肉体強化を使い、セダンタイプの車両を持ち上げて見せたのだ。
「この異世界空港じゃワームホールが開いてるんだけど、その影響から、媒介を使って特殊な能力が使えるようになるんだ。それが《スキル》だ。ちなみに俺はメガネを媒介として、能力:視覚強化が使える」
イノウエの目が青白く光る。リェンは心まで見透かされているような気がした。
「俺の能力の効果は、動体視力と情報処理能力の向上。洞察力も上がるから捜査にも役立つし、射撃にも生かせるし、まぁ、書類仕事にも使える。便利な能力だよ」
チャイニーズマフィアのアジトでのイノウエを思い出す。低殺傷弾のショットガンは百発百中だった。
「視覚強化もそうなんだけど、オーソドックスなのは肉体強化系かな。視覚や聴覚、嗅覚なんかを鋭くしたり、身体能力を向上させる能力とか。発火能力や発電能力もあるけど、殺傷能力が高すぎて、異世界空港の治安部隊の幹部に能力発火能力持ちがいるくらいだね」
リェンは食べていたピザをテーブルの包みの上に置き、ノートにメモをする。研修の座学で知っている内容もあったが、目の前で見たから今こそ勉強になる。
その様子を見て、イノウエは満足そうに微笑んだ。自由奔放な他の同僚と違って常識人が入ってきてくれたことが何より大きな喜びだった。
「能力保持者は媒介なしでは無力化されるから、皆、肌身離さず身に着けてる。元々メガネなんてかけてなかったけど、いつ何時能力を使用しなきゃいけなくなるか分からないから、数年前から日常的にかけてるんだ」
そういってイノウエはメガネを人差し指でつつく。
リェンはイノウエのメガネに度が入っていなかったことに少し驚いた。メガネを外したイノウエが想像できないくらい似合っているからだ。
「AJの能力は固有能力って言われているもので、似たような能力の能力も存在しない、かなり珍しいものだ。能力としてはワープゲートを自由に創り出し、500mくらいの距離まで空間移動できる。それに応用で、物体中にゲートを創り出して切断することも出来る」
チャイニーズマフィアのアジトの扉をさいの目にカットした時のことを思い出した。
「ゲートの大きさに限界があるらしいし、切れるものの大きさにも制限があるんだけど、理論上、その物体の硬度を無視して切断できるから無敵だよね」
「す、凄いですね...」
リェンが驚いていると、居眠りをしていたAJがガバッと起き上がる。
「すごいんだぞーアタシ」
そういってすぐにまた突っ伏す。
「うちの部署には他に二人、固有能力持ちがいるよ。モハメド、あいつもそうだし。地球人の捜査官は全員なんらかの能力を持ってる」
「他の種族の方もいるんですよね?」
「うん。リェンさんもご存じのハイエルフの魔法分析官であるフレイヤとか」
遠くでにこやかに手を振るフレイヤ。
「こういう部署だから、分析官であるフレイヤと、ゼイン統括捜査官以外は外出していることが多いんだけど...」
確かに、朝リェンが配属の挨拶したときから、大幅に捜査官が減った。
「ほかに捜査官で、獣人族が2人とオークが1人、鬼人が1人。あとエルフの騎士が1人いる」
「騎士ですか!?」
ファンタジーな用語が飛び出し、リェンは思わず聞き返す。
「そう。向こうの世界にあるエルフの王国からの駐在武官だよ。能力は地球人にしか使えないんだけど、まぁ他の種族は魔法とか身体能力とか能力無しでも十分凄いから。その騎士様なんて魔法と剣術の組み合わせでもう、凄いのなんのって」
イノウエは手にした書類を丸めてブンブンと振り回し、剣術の真似をする。
「そ、そうなんですね...」
「うん。ごめんごめん。基本的には捜査が俺らの仕事だから、物騒な能力を持ってる人ばっかって訳でもない。戦闘は治安部隊だって、なんならアメリカ軍だっているしね」
「異世界空港黎明期はアメリカ軍と日本政府が管理してたって研修で聞いたのですが」
シブヤの国連大学で受けた授業をリェンは思い出していた。そこで授業を受け持っていた痩せた禿頭の講師は、各国が力を合わせて異世界空港を建設したので新時代の国際協調の象徴だの、いかにもなお題目を並べていた。
「そうだよ。太平洋のちっぽけな島の周りに4つもワームホールが開いたもんだから、当初はアメリカの太平洋艦隊とNASA、あと手伝うような形でJAXAとか日本政府が管理してたんだけどね。まぁ手に余ったのか、密約があったのか、異世界空港公社が発足して、国連加盟国が共同で運営している。今も米軍は駐留してるし、日本の法律が適用されてるから、日米の影響力がかなり強いんだけど、空港建設時にアメリカ以外にもEU・中国・ロシアがそれぞれ東西南北のエリア建設に出張ってきてね。今日行ったサウスエリア地下のアジトみたいに、図面上には描かれてない施設がゴロゴロあるわけよ。そこを舞台に、お互いに諜報員を忍ばせ合って水面下の情報戦が日夜繰り広げられてるんだ」
国際協調の象徴どころか、とんでもない魔窟だ。
「それでも異世界空港公社は結構まともで、俺たち入国・貨物管理局をはじめ、検疫局とか外務局が連携して、厄介なもめごとを解決して回ってるわけ」
イノウエはひとしきり説明を終えると、オフィスにあるコーヒーメーカーまで行き、紙コップを二つ携えて帰ってきた。
リェンはお礼を言うと紙コップに少し口を付け、座りなおしたイノウエに聞いた。
「入国・貨物管理局の普段の捜査班の仕事ってどんなことなんですか?」
「まぁ、色々あるけど、貨物検査で引っかかった怪しい荷物を調べたり、密輸犯や密入国者を取り締まったり。一番多いのは――」
「なぁ、イノウエ、座学はそんなもんでいいか?」
一息ついて更に説明がノッてきたイノウエを遮り、AJは朝と全く同じことを言った。
突っ伏して居眠りしていたからか、顔にはファイルの跡が付いている。口元にはよだれも少し垂れていた。手には携帯を持っている。どうやら電話が来て起こされたらしい。
「なんか検疫の連中が呼んでてな。いつもの通り翻訳作業があるらしいから、新人連れて行ってくるわ」
「まさにその話をしようとしてたんだよAJ。ちょうどいい、実際にやった方が分かりやすいからね」
「そゆこと。行くぞー、新人んー。」
またもやいきなり現場に連れていかれることになり、慌てふためくリェン。イノウエは座ってコーヒーを飲んでいる。今回はついてきてくれないんですかイノウエさん。
まだ、AJさんと二人きりは怖いんですけど――そう目線で訴えるが、イノウエは優しい目線を向けるばかりだ。『かわいい子には旅をさせよ』と言わんばかりの表情で。