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異世界空港 入国管理局犯罪捜査班 「ロリ先輩とわたしの異世界M・I・B」  作者: 西野企画
1シーズン ドラゴンはどこへ消えた
8/12

第8話 ランチタイム

4/1 12:50



「はい、お茶ですよ」


 真新しい自分のデスクにぐったりと突っ伏していたリェンの前に、マグカップが差し出される。


 リェンが受け取りながら見上げると、フレイヤが心配そう見つめていた。


「ありがとうございます!」


 先輩捜査官たちに連れていかれたチャイニーズマフィアのアジトへの違法捜査からオフィスに帰ってきた後、ランチに誘われたが胃が何も受け付けないので丁寧に断ってから、自分の席で少し頭を整理していた。


 チャイニーズマフィア、魔法のような能力(スキル)、CIAのスパイ、密輸されているという異世界の生物...ジェットコースターのような展開、多すぎる情報量。


 何も飲み込めぬまま時間は過ぎ、気が付けば昼休みももうすぐ終わる時間になってしまっていた。


 見かねたフレイヤがお茶を注いでくれたようだ。穏やかな微笑に勧められるままカップに口を付ける。


「おいしい!これなんですか?」


「私の故郷のハーブティーを使ってるんです。幸せを呼ぶと言われているんですよ。」


 言われてみれば、飲むたびに落ち着いて、思わずほっこりする。頭がぼーっとして、多幸感に包まれるが、地球では未発見の麻薬成分でも入っていないだろうか。


 隣でにこやかにこちらをみるフレイヤの様子を見てもう一口飲むと、そんな疑念すら溶けてなくなるようだった。


「私、リェンさんとお話したかったんです」


「え?」


「だって大学では、魔法について研究されていたんでしょう?地球の人で魔法陣や術式に詳しい方って珍しいから...」


 フレイヤはそういって柔和に微笑む。


「いえ、私が研究していたのは魔法そのものっていうより、むしろ民俗学の延長線上で魔法がどんな影響を与えていたかってことで。地球の文化との共通点が興味深かったっていうかー」


 ふわふわとした気分に包み込まれ、聞かれてもいないのに色々喋ってしまう。


 エルフのお姉さんとお喋りできて、有頂天になってしまっているのだろうか。


「なるほど。ノームの古代術式も解き明かしたと聞きましたが」


 フレイヤがやや身を乗り出して尋ねる。心なしか目が鋭く光った気がした。でも気のせいだろう。リェンはなんのてらいもなく聞かれたことに答える。


「エルフの術式は無駄がなくって洗練されていて、地球で言う数学とか化学式に近いと思うんですけど、ノームの古代魔術は全く逆でぇ。無駄のない術式とは違って、生活の営みそのものが儀式の一環なんです。だから式っていうより暦とかの方が近い感じ。たまたま私が民俗学的なアプローチだったから解読できたというか」


「いえいえお若いのに凄いですよ。魔法の専門家たるわたしたちエルフでも長年にわたって謎とされていましたから。それで、禁忌とされる古代魔法も解読したんですよね?その古代魔法って――」


 オフィスのドアが勢いよく開き、無邪気にして傍若無人な大声が響いた。


「おーい!新人、お前、本当にランチ要らなかったのか?イノウエのおごりだったのにぃ」


 AJがランチから戻ってきたのだ。リェンはふわふわとした高揚感から引き戻された気がした。


「あれ?この香り。フレイヤ、魅惑のお茶なんか使って、新人をオトそうってのか?その気があるんじゃないかと思っていたけど、まさか両刀バイだったとはねー」

 

 魅惑のお茶と言うフレーズを聞いてリェンはハッとする。この多幸感、意識が曖昧になる感覚、そして聞かれたことを全て話してしまっていた状態。まさか、と思いフレイヤを見るが、にこにこと意図の読めない笑顔で誤魔化している。


「いやだわ、AJ。私はただリェンさんと仲良くなろうと思っただけですよ」


「新人、気を付けろよ。このエルフ、なんやかんや腹黒だから」


「思慮深い、と言ってくださらない?」


「笑顔と爆乳でオトせない相手には、まさか薬を盛るとはねぇ」


 自白薬まがいの謎のハーブティーを飲まされ、尋問されていたのか。そういえばエルフも解けなかった古代魔術の話を根掘り葉掘り聞かれたような気がする。


「あ!おいしいクッキーもあるんですよ。もう一杯お茶はいかが?」


「いりませんよ!」


 思ったよりここの同僚たちはヤバいのかもしれない。このとんでもない職場で、唯一の癒しになると思っていたのに。



4/1 13:00


「食べすぎだろAJ。そんな小さな身体に何枚入ってるんだよ...」


「いやぁ、悪いねイェノウエ。ご馳走様」


 AJがオフィスに到着してからしばらく後、財布を見つめながらうなだれるイノウエと包みを持ったモハメドが入ってきた。


「モハメド、お前には奢らないからな。財布がないっていうから立て替えただけだから」


「ケチケチすんなって。お!新人ちゃん!これお土産」


 そういってモハメドはリェンにテイクアウトしたピザの包みを手渡す。


「俺の金だけどな」


 恨み節のイノウエ。


「イノウエさん、ありがとうございます」


 リェンが立って頭を下げると、イノウエは手をヒラヒラとさせる。


「いいって、いいって。初日早々から危ない目に合わせちゃったし、足りないけどちょっとしたお詫びだよ」


 あ、癒される。癒しの源だと思われていたエルフのお姉さんから壮大な裏切りにあった直後だけに、こういう普通の善意に心をじんわりと温まる。


「それじゃあ、俺、夜勤から通算して20時間くらい働いてるから、そろそろ帰るわ」


 イノウエは鞄を手に取り帰ろうとする。


「待てってイノウエ。いやイノウエ先生」


 AJが呼び止める。


「新人のデブリーフィング、やってくれない?お前は気が利くしダブルの意味でデブリーフィングできるだろ」


 デブリーフィングは軍隊用語においては事後報告の意味だが、医学用語ではストレスケアを意味する。


 イノウエは額に手を当て溜息をつく。鞄をデスクに置き、コートも脱いだ。


「まったく、しょうがないなぁ」


「イノウエさんは頼られるのが大好きなんで、うまく使うといいですよ」


 フレイヤがリェンに耳打ちする。


「フレイヤ、変なこと教えないで」


「あら、イノウエ先生に怒られてしまったので席に戻ります」


「アタシは食後のお昼寝をしまーす」


「俺は午後の祈りの時間でーす」


 フレイヤ、AJ、モハメドが口々に言うと、散るように去って行ってしまった。

残されたイノウエとリェン。


「それじゃ、授業をはじめますか」


 イノウエはメガネを人差し指でクイっと直した。


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