第6話 フルメタルパニック
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3人のチャイニーズマフィアの男たちは、昨日賭場で開かれた違法ポーカーの名勝負を興奮気味に振り返りながらも、注意深く見張りの役割をこなしていた。
「まさかあそこでレッドドラゴンの逆鱗まで賭けてくるとはな」
「あの糞エルフのやつ、よっぽどエヴァのテレビ放映版が欲しかったんだな。しっかしボスも無料なんだからくれてやればいいのに、まさかロイヤルストレートフラッシュで全部巻き上げちまうとは…えげつないぜ」
無駄口を叩きながらも、アジトへとつながる鉄製の扉を背に三方向を見張っている。手には自動小銃。リラックスしているようで隙のない、プロの立ち振る舞いだった。
しかし、事態は一瞬だった。死角である扉の前に火花が散ったかと思うと、AJとイノウエが現れたのだ。
慌てて振り向く男たち。イノウエは素早く一人の男を背後から捉えると、チョークスリーパーで締め付ける。残った二人は銃を構えたが、その瞬間、銃身の真ん中に金色の火花で亀裂が描かれ、真っ二つに切断された。
AJがニヤリと笑う。銃を切断された二人は顔を見合わせた。すると足元にも火花の輪が出来、二人はその中へ落ちていった。
「余裕だな」
得意げなAJ。イノウエが首を絞めている男の方へ向き、睨みを効かせる。
「さぁ、仔猫ちゃん。今、アジトに何人いるか、教えてもらおーか」
バタバタと足掻く見張りの男、より一層力を入れるイノウエ。その瞬間、乾いた発砲音が響いた。
イノウエの腕の中にいる見張りの男が、どこかに隠し持っていた拳銃を発砲したのだ。狙いもつけられず、床や天井に向けて続けざまに引き金を引く。
ダンダンダンと、何度も響く銃声。少し離れた物陰に隠れるリェンの近くにまで跳弾その発砲音はリェンの心臓まで響くようだった。
「ひぇっ」
目をぎゅっとつぶり、伏せるリェン。イノウエは慌てて首を支点に投げを繰り出し、男を無力化する。
「ばかー!イノウエ!何やってんだよー!」
「いやこいつ、首鍛えてるのかな?なかなか落ちなくて」
「使えねぇメガネだぜ。やっぱオマエはデスクワークがお似合いだ」
「デスクワークして帰ろうとしてたとこを引っ張ってきたのAJだろ!」
「うるせー、今日のランチおごれよ、オフィス全員分」
ギャーギャー言い争っていると、扉の向こうに複数の怒号が響く。
「あちらさん、臨戦態勢みたいだけど、どうする?」
一応、AJに尋ねるイノウエ。
「決まってんだろ。中央突破だ」
「撤収て言う選択肢は?」
「ケツまくって逃げ出せってのか?チンピラ相手に?」
「あー、AJに限って、ないよな。聞いただけ」
「よっしゃ、行くぞ?そら!」
AJが掛け声と同時に手を鉄製のドアへかざす。ドアの表面に金色の火花で網目状の切れ目が浮き上がった。
「レディファーストだろ?入るぞ」
AJは細っこい足でドアを蹴破る。切れ目から切断されたドアはまるでジェンガが倒れる時のようにバラバラと崩れ落ち、その後ろに隠れていたであろう男たちを巻き込んだ。
何十人ものマフィアが待ち構える部屋へ勢いよく突っ込むAJ。イノウエも後に続きながら叫ぶ。
「入国管理局だ!」
飛び交う怒声に負けない、よく通る声だった。
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リェンはマフィアのアジトへ突入する先輩捜査官の背中を、ただ眺めることしか出来なかった。
AJが能力で切断した両開きの鉄のドアはパズルのブロックのように散らばり、その奥で先輩捜査官たちが華麗にチャイニーズマフィアと渡り合っていた。
能力を使い絶え間なく空間移動を繰り返し、空間を飛ぶように立ち回っているのはAJだ。紺色のロングコートを棚引かせて、空中を踊るように移動している。
素早く敵が持っている銃器や刃物を、ドアを細切れにしたのと同じ方法で切断して無力化。その後、足元にゲートを開いて敵をどこかへワープさせている。
イノウエは背負っていたショットガンを構えて、そのフォローをしている。マフィアたちの腹部めがけて的確に引き金を引く。打たれた者から血が出てないことから、低殺傷弾なのだろう。
AJのような移動手段がないからか、部屋の中にあるキャビネットやソファー等を盾にしながらも、流れるように前進していく。
じわじわと迫ってくるイノウエと、あざ笑うかのように背後や頭上に突然現れるAJ。マフィアの男たちはまともに対抗することも出来ず、明後日の方向に銃を乱射していたが、やがて一つ、また一つと銃声が消えていき、ものの数分で2~30人はいた男たちが一掃されてしまった。
そんな様子を物陰から見ていたリェン。鳴り響いていた発砲音がおさまってきて安堵したのも束の間、後ろから何者かに肩を叩かれる。
「うひゃあ!!すみません」
慌てふためき降参のポーズするリェン。
「捜査官が簡単に降参してんじゃねぇよ」
声をかけてきたのは目の前でマフィアたちと戦いを繰り広げていたAJその人だった。リェンのすぐ後ろにゲートを開き、そのゲート越しに声をかけたのだ。
「こんな外野席じゃつまんねぇだろ。バックネット裏の特等席があるからよ、こっち来い」
「え、いや、ちょっと」
リェンの言葉にならない返事を聞くことなく、AJは手を引っ張りリェンをゲートに通す。今まさに戦闘が繰り広げられていたばかりのアジトの中だ。
あちこちに弾痕があき、ガラスや家具の破片が地面に散らばっている。焦げ臭いにおいとうめき声。数人の男たちが拘束されていたが、ほとんどの男たちはAJによってどこかに飛ばされたようだ。
リェンはびくびくしながら辺りを見回す。いつ物陰から男が飛び出して銃を乱射してこないとも限らない。
「ビビッてんじゃねー、行くぞ」
へっぴり腰の後輩を見ながら、AJは部屋の奥にある廊下へと進む。
「ボス戦前だぜ?セーブしとけよ」