第5話 オン・ユア・マーク
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「違う銀河どころか異次元から来てるのかもしれない知的生命体たちが滑走路上のワームホールからわんさかやってる来る。それらを検査・管理するのが入国・貨物管理局なんだが...」
イノウエはオフィスで防弾チョッキをスーツの下に着込みながら新人に説明を続けた。
「滑走路以外にも小さなワームホールが開くことがあるんだ。大体は感知できるんだけど、たまに密輸入に使われることがある」
未知の世界とつながるワームホール。凶暴な生命体や地球の侵略を狙う種族。人智を超えた危険な存在たち...ゾッとしながらリェンは質問をする。
「どんなモノが違法にやってくるんですか?」
「そうだな...」
イノウエはメガネ外して拭きながら、てらいも無く答えた。
「漢方が多いな」
「え?」
「中国の方だとユニコーンの角とかがめちゃくちゃ高価らしいからね」
メガネを掛け直しながら説明するイノウエ。
「人魚の肉とかドラゴンの心臓の琴線とかも人気だよなぁー」
AJも横から口を挟む。
「まぁ、ホンモノかどうかは怪しいけど…。」
「そ、そんな感じなんですか...」
「いくらこの空港の周辺一帯が特異点とは言え、新しいワームホールを開くのって難しいんだよ。高位の魔術師が入念に準備して、たぶん直径10㎝とかが関の山かな。異世界の動植物を乾燥させた漢方が軽くて少量でも稼げるから人気みたいだね」
「では地球からは何を持ち込むんですか?異世界ではこちらの貨幣はほとんど価値がないと聞きました」
「なんだと思う?」
イノウエは目を輝かせてリェンへ尋ねる。出来のいい生徒を持った塾講師のようだ。
「えーっと、金や銀などの貴金属か、もしかして違法な薬物などですか?」
「確かに、異世界空港黎明期はそういった取引が少なくなかったらしい。でもね、ここは地球でも太平洋上に浮かぶ人工島で、そもそもこの空港自体に運び込もうとしても海路・空路ともチェックが厳しい。そこで流行しているのが」
デスクの引き出しを開け、イノウエが取り出したのは押収品袋に入ったSDカードだった。
「これは?」
「今季アニメの海賊版」
「え?」
「ワームホールを通じた電波通信は未だ成功していない。けど、こちらの文化に触れた異世界住民たちは、地元の世界に帰っても、新作アニメやら韓流ドラマやらアイドルの新曲なんかが欲しくてたまらないらしい。特に、こちらの世界にわたってくる異世界人たちは、知識階級や貴族、冒険家なんかが多くてね、好奇心旺盛でお金も持ってる」
「それでSDカードにアニメを入れて」
「そう。エルフの貴族なんて自分の家で飼ってるユニコーンの角を削って『け〇おん!』の海賊版と交換することが流行ったくらいだ」
「え、、、そうなんですか」
「正規ルートからはギブソンのギターの輸出が増えたんだってさ」
あんな上品な感じなのに。庭園でお茶とか飲んでそうなのに。エルフが暗い部屋の中、PCで海賊版アニメを見ている姿を想像してげんなりする。
AJはリスのように両手で持っていたエナジードリンクの缶を飲み干して、こっちを見やる。
「なぁ、イノウエ、座学はそんなもんでいいか?」
「肝心な話にはまだ入ってないんだけど」
「お前の話は脱線が多いんだよ。それに、習うより慣れろって言うだろ!そろそろ行くぞ!」
AJがリェンの背中を叩く。
「ひゃっ!えっどちらに行くんですか?」
「南エリアの地下にあるチャイニーズマフィアのアジト」
「え?」
聞き間違いかな、そうリェンが思った時にはAJは目の前から消えていた。
あたりを見回すとイノウエまで消える。
驚いた瞬間、浮遊感がリェンを襲った。浮いてる、そう思ったのも束の間、自由落下が始まる。
エレベーターで下の階に降りた時のように、フロアの風景が上へと消えていった。さっきまであったはずのオフィスの床が、抜けたように無くなったのだ。
しかし実際に無くなったわけではない。
AJが出勤の時に見せたワープ能力だ。そのゲートとなる光の輪が、リェンの足元に開いていた。
リェンは声もあげられないまま、強制的にワープゲートへ落とされていった。
4/1 11:00
突然、ワープゲートへ落とされたリェンだったが、実際に落ちていた時間は1秒にも満たない時間だった。
ドスンと尻餅をつき、衝撃に涙目になるリェン。見上げると二人の先輩捜査官の顔が見えてホッとする。
かなり暗い。どこかの室内だ。壁には大小のパイプが無数に走っており、メーターのついた機械が並ぶ。
「いつまで座ってるんだよ、新人」
AJの声にハッとする。
「と、突然なんなんですか!」
「初めてのワープでそんだけ元気が出れば上出来だ。さっさと立てよ」
「大丈夫かい?」
そう言って手を差し出してくれたのはイノウエだ。
「ここはどこなんですか?」
起き上がりながら先輩捜査官に尋ねる。
「ここか?ここは最前線の鉄火場だよ、新人」
イノウエ捜査官に聞いたつもりだったのに、答えたのはいまだに得体の知れない指導係だった。
「空港が海の上に作られた巨大な人工島なのは知ってるね?ここはその基礎部分にあたる海底の施設だよ。いかに広いとはいえ、地上部分は管理が行き届いているからね。不法集団はこういった海底施設を根城にすることが多いんだ。ほら」
イノウエが指し示した先には、自動小銃を持った男が3人ほど立っていた。男たちの奥には鉄製のドアがそびえて居る。どうやら無法者のアジトの入口のようだ。
リェンは制服の上から着させられた分厚い防弾チョッキを握りしめた。
「あれがマフィアのアジトってことですか?」
「そうだ。そしてこれから、カチ込むんだよ!」
AJは、暗闇の中、目を爛々と光らせている。
「こういうのって、事前にブリーフィングとかを重ねて、治安部隊と合同で突入したりするものじゃ…」
パニックになりかけた頭を必死で働かせて、先輩捜査官たちに問いかける。
「そういうときもある。今回は、違う」
AJは事も無げに言った。
リェンは救いを求めるようにイノウエの方を見るが、イノウエも肩をすくめるだけだった。
「もうすぐランチだ。さっさとしねーと、ディノッゾの店のピザが売り切れちまう。二日酔いにはマルゲが一番なんだよな」
「むしろ悪化しそうだけど」
先輩たちの軽口を、理解できないと言った様子で見ることしかできないリェン。
「まぁ、リェンさんは、とりあえずここで隠れてればいいから」
「そーそー、戦力としては期待してない。ただ、ここから離れず、見学してろ。命令だ。」
見学だけでしたら、オフィスに帰ってもいいでしょうか?リェンはそう思いながらも、命令された手前、口に出せない。しゃがんで頭を抱える。
そんなリェンの様子を無視してAJが合図をする。
「さーて、作戦開始だ」
火花のようなワープゲートを開けて、AJとイノウエは飛び込んだ。