第3話 ファーストコンタクト
様々な出会いがありますが、仕事の配属の出会いほど、この後、深く密接に関わる出会いもそうありません。
4/1 10:00
居並ぶ自分の班の部下たちを前に、ゼイン統括捜査官は新人を紹介していた。
「リェン・ルロア。フランス系ベトナム人。ソルボンヌ大学を2年で卒業。国連大学の専門過程を半年で修了し、この度、アインシュタイン-ローゼン国際空港 入国・貨物管理局 捜査班に配属となった」
大柄な上司の横に立つ、細っこい新人を、皆が一斉に品定めするように見る。
身長は160センチほど。ライトブラウンの肌に、ふわふわとしたの栗毛のミディアムカット。よく見ると綺麗な顔立ちをしているが、大きな丸メガネが野暮ったい印象を与える。
緊張しているのか、メガネの下の頬は少し紅潮していた。
「よ、よろしくおねがいいたします!」
頭を下げるリェン。拍手がまばらに起こる。
「ルロア、君の面倒を見る指導係を紹介...したいところなのだが...」
ゼイン統括捜査官はこめかみに手を当て、言いづらそうに切り出した。
「その指導係が、遅刻をしていてな...。フレイア、AJが来るまでオフィスを案内してやれ」
フレイアと呼ばれたローブ姿の女性がデスクから立ち上がり、微笑んだ。
「かしこまりました」
美しい。リェンは思わず息をのんだ。同性からしても魅惑されてしまいそうなくらい美しい女性だった。
蛍光灯の下でも煌めく白銀のロングヘアは、後ろで丁寧に編み込まれ、眼は大きく、瞳は髪色に映える碧色。小さな顔はまるで人形のようだが、胸部は豊かにふくらみ、柔らかなボディラインをしていた。
「よろしくお願いしますね?リェンさん」
小首を傾げた時にちらりと見える耳は先が少し尖っている。
「はい、よろしくおねがいします!」
リェンは研修中にいくつかの異世界種族に会ったことがあるが、エルフは初めてだった。研修では、長命でなかなか子をなさないので、人口がかなり少ないと習っている。そしてエルフ族の多くが魔法に熟練した魔術師である、とも。
「早速、このオフィスを案内しますね」
リェンは天にも昇る心地で捜査官としての初日をスタートした。
4/1 10:20
異なる宇宙と繋がっているワームホールを管理するアインシュタイン・ローゼン空港、通称・異世界空港。
ここではいつも一般常識では推し量れない事象に遭遇する。
リェンの場合、指導係が出勤した時がそうだった。
一般的にアジア系は若く見られる。リェンも半分はフランス人の血が入っているとはいえ、その素朴な顔の作りで、21歳になっても初対面の人間にはティーンエイジャーだと誤解されることもしばしばだ。
しかし、そんなリェンよりもっと幼く見える少女がフロアに現れ、リェンは驚いた。
入国管理局に少女の存在は似つかわしくないが、誰かの子供か、もしくは社会科見学の学生、事件に巻き込まれ保護された観光客の子女ということもあり得る。子供が紛れ込んだとしても、まったくありえないことではないだろう。
驚いたのはその現れ方だ。オフィスの扉を開けてきたのではない。
突然、フロアの空間に金色の火花の紐が現れ、円形になったかと思うと、内側に煉瓦造りの壁が現れたのだ。
その円を跨ぐようにして、空間移動をしてきたのが、その少女である。能力と呼ばれる異能の力、その中でも空間移動はかなり珍しい固有能力だ。
「AJ!相変わらずの社長出勤だな」
メガネをかけた捜査官が声をかける。
「テメーは相変わらず、社畜っぷりが染み付いてるなー、イノウエ」
AJと呼ばれたリェンより小柄で、リェンより幼く見える少女は、定時である9:00より1時間以上遅れてきた。
「空間移動能力者が遅刻とは何をやっているんだ!!」
と言うゼインの叱責を一通り聞き流し、「はぁーい、きをつけやーす」と気の抜けた返事を返す。そしてデスクに突っ伏し、寝始めた。
緊張より驚きの方が勝ったのか、リェンは案内役を務めていたフレイヤへ思わず問いかける。
「え!フレイヤさん、あの子、寝ちゃいましたけど!」
いつものことなのかフレイヤをはじめとした他の捜査官たちは驚いた素ぶりもない。
「あらあら、困りましたねぇ」
リェンの方を向き直り、本当に困った様子でフレイヤは言った。
「指導係が出勤したというのに、あの様子ではリェンさんの研修もままなりませんわ」
「え??」
すぐには言葉を理解できない。
あんな、お酒の匂いを漂わせた、少女?が指導係?
「......えええええ!!!」
リェンは今日1番の驚きを見せるのだった。
新入社員1年目の、配属の挨拶を思い出します。から回ってたなぁ。すべってたなぁ。