第1話 キューティーブロンド
カクヨムにて20話・6万字ほど書いていた作品をリメイクしています。ストックが尽きるまで毎日更新を心がけます。
3/31 16:00
パイプと質素なデスクが置かれただけの小部屋。無機質な壁には大きな鏡が不自然に嵌め込まれている。
そこに小柄で可憐な少女と、鬼のような風貌をした大柄な男が向かい合って座っていた。
鬼のような、という表現は大袈裟でない。事実、下顎からは牙が伸び、額には角のような突起物が2本はえていた。
男は人間族に比べ遥かに強大な膂力を持つ大鬼族だ。向かい合っている少女がヒト族の中でも一際小柄ということもあり、殊更に巨大に見えた。
「テメェー!!デマカセばかりだと捻り潰すぞコラァー!!」
拳を振り上げ捜査官が力まかせにデスクを叩くと、デスクどころか部屋の壁まで震えた。ここは「空港」の入国管理局取調室。現地の法律に則り、違法入国者を検査し、取り調べるための部屋だ。
向かい合った二人は、捜査官と被疑者の関係である。
大声で脅された被疑者は、すっかり縮こまりって、か細い声で弁明する。
「わ、わたしは、この世界に来たばかりで、何がダメか全くしらなくて...」
「知らなかったじゃ済まされねぇんだよ!テメェ、ブタ箱にぶち込まれたくなきゃ、さっさと全部吐くんだな!テメェは生物兵器を持ち込んだ!そうだろ!?」
「ちがいます!あのドラゴンは家族、いや、えっと、こっちの世界で言うとペットなんです!」
「嘘つけ!あんな凶暴なもんペットにするなんてテメェはプリンセス・テンコーか?ムツゴロウか?ああ?」
「プリンセス?ムツゴロ?とにかく!ホントなんですってば!」
「ウルセェー!シラ切りやがって!しまいにゃぶち殺すぞ!!」
激昂して、被疑者の首元に掴みかかる捜査官。今にも絞め殺してしまいそうな剣幕だ。
扉が勢いよく開き、2m近い身長のスーツ姿の大男が飛び込んできた。隣の部屋にいた捜査官の上司が、慌てて止めに入ったのだ。
「そこまでだAJ!!」
止めに入った上司、ゼイン統括捜査官は、オーガにも負けないような、その大きな体を二人の間に割り込ませて、部下の首根っこを掴み引き離した。
ゼイン統括捜査官は中年のアフリカ系アメリカ人だった。サイドが刈り上げられた白髪混じりの髪。切り揃えられた口元の髭。分厚い胸板に細い女性のウエストほどありそうな上腕、そして年相応に出てきた腹部を三つ揃えのスーツで覆っている。いかにも歴戦の強者といった威容で街中のチンピラなど裸足で逃げ出してしまいそうだ。オーガすら圧倒しそうな鬼の形相で部下を睨む。
このAJと呼ばれた捜査官が被疑者に暴力行為を働いたのは今月で5回目。ゼイン統括捜査官は現場の責任者として、何か問題が起きないように隣の部屋からマジックミラー越しに見張っていたのだ。
今回は被疑者が気弱そうなので掴みかかる程度済んでいるが、以前取り調べを担当した好戦的な蜥蜴族の男を相手にした時などは、AJはゼインが目を離した一瞬の隙にリザードマンの尻尾を切り刻んでしまった前科があった。
「部下が大変失礼しました。ただ、我が方と致しましても、貴方が言う『家族』を『空港外』に持ち出すことは出来ません」
「そんなぁ...」
「当たり前だ、タコ!」
部下のAJが口を挟む
「黙れ!貴様が常識を語るな!」
ゼインは部下を叱責した後、被疑者に向き直った。
「ただ、現行法に則り、空港内の施設でお預かりすることはできます。お客様の『ペット』をお預かりする施設もあります。もっとも、あのドラゴンのように大きいと、自由に飛び回ることができる、とまでは行きませんが...」
「い、いえ、一緒に入国出来ないのは残念ですが、しょうがないです...」
「ご了承いただけたようで。でしたらこの書類にサインをいただけないでしょうか?」
ゼインはそのコワモテに似つかわしくない笑顔で書類を差し出すのだった。
3/31 17:30
ひと仕事終えたAJは屋上の喫煙スペースで一服するのが日課だ。
ビルの周囲は空港の滑走路で、ひっきりなしに飛行機が離着陸している。滑走路の向こうには南太平洋が広がっていて、カモメが潮風にのって優雅に滑空していた。
「やりすぎだ」
階段の扉を開け放つなり、上司は不機嫌そう声をかけた。
「ボス、あれぐらいやった方がいいんですってー。ナメられないで済む」
「一歩間違えたら外交問題だったんだぞ!貴様は分かっているのか!?」
「でも、アタシが脅したお陰で、向こうもすんなり納得した。でしょ?むしろ、甘やかして、向こうに権利を主張されたほうが面倒だったんじゃー?」
「やれやれ」
ゼインはこめかみを押さえて俯く。部下が言っていることも一理あるのだ。
今回の事案は、異世界の渡航者がドラゴンを持ち込んだことが原因だった。先方の当局からは特に申し送りもなく、それどころかドラゴンは一般渡航客としてご丁寧に航空券まで用意されていた。
異世界との条約では、知的生命体は、その姿形にかかわらず、基本的人権が付与され、尊重されなければならないと定められている。
近年、ドラゴン、特に古龍と呼ばれる存在はヒトすら超越した知能を有してることが確認されており、もし、ドラゴンを知的生命体として認定するよう要請されていたら、かなり揉めただろう。
今回のドラゴンは高度な知能を有した古龍ではなく、異世界では一般的で、地球で言う馬と同じように用いられる飛竜種だったのだが、知能を推し量る術がない。
もしドラゴンに観光ビザを発給して国内滞在を認めることとなったら、異世界の観光客に人気のアキハバラやハラジュクのタケシタストリートなどをドラゴンが闊歩することになる。パニック間違いなしだ。
異文化の尊重だか、異世界の知的存在との交流だか政治家の掲げるお題目は知らないが、苦労するのは現場なのだ。
「しかし、サインを拒まれたらどうするつもりだったんだ?」
「そこも抜かりはないですよー。書類上、あのドラゴンは荷物じゃない、旅行客だ。だから自発的に入国ゲートを通る必要がある。だけどもあのドラゴンは列に並んでもいない。今なんて、ホラ。駐機スペースに手綱で繋がれて、ビーフジャーキーでも食べてますよー」
ゼインがフェンス越しに滑走路を見下ろすと、赤いドラゴンが羽根を折り畳み、犬のように大人しく伏せていた。
「つまり我々としては、お客様から申請がない以上、トランジット客と変わらない、ということか」
「まぁ、あのドラゴン、5mはありますから、通れる入国ゲートなんてありゃしませんがね。それにボス。飼い主、まぁ書類上は保護者だが、あの泣き虫にサインさせてた書類、託児施設の利用願に、保護者代理申請もありましたよね」
目聡い部下に見抜かれていたことを知り、ゼインはあっけなく白状する。
「実際、知能は5〜6歳児並みらしいしな。どうせヒト扱いするなら、幼児扱いってことにしてこっちで保護・監督したほうがやりやすい」
「抜かりないですね。まぁー、保育士のバイトちゃんたちにしたら地獄だろうが」
「本当に託児所には預けんよ。検疫局の異世界生物担当の連中に任せるさ」
「動物園の飼育員でも呼び寄せたほうが良さそうですけどー。まぁー、もうこっちの手は離れたわけでしょ?今日は上がらせてもらいますわー」
そう言ってAJはタバコの火をブーツの裏で消した。
「待て、生物兵器扱いして騒ぎを大きくしたのと暴力沙汰に関しては話が済んでない」
ゼインが引き止めようとすると、AJは拗ねて口を尖らせた。
「えー、いいじゃないですか。うまくいったんだしー。アメとムチっすよ」
そして満面の笑みを浮かべる。
「むしろ...ボーナスとか、出ねぇですか?」
先ほどの取調室の様子とは打って変わった、屈託のない笑顔。
それも、AJの見た目はまだ中学生と言われたら信じてしまうくらい、華奢で小柄で可憐な少女なのだ。
自分の3倍はあろうかという大鬼族の男を厳しく問い詰め、首根っこを掴んで脅していたかと思うと、まるで好成績だったテストを褒めて欲しがる少女のような笑みを浮かべる。
「まったく...」
やってることと見た目のギャップにゼインは追及する気をなくした。
「いつもながら、貴様、狙っているだろ」
「てへっ」
舌を出して小首を傾げたAJの頭を、ゼインは軽く小突いた。
AJは涙目になって頭を擦る。上目遣いをして見せるが、もはやゼインには効果がないことを確認すると、ジャケットを脱いで肩にかけフェンスに向かい歩き出した。
「それじゃ、お先にあがらせてもらいまーす」
滑走路越しに太平洋へ夕日が沈んでいる。風にたなびいたAJの黄金色の髪が、夕日に照らされ星のように煌めいていた。
AJがオレンジ色の光に染まった手を虚空に突き出すと大きなレンズが現れたように楕円形に空間が歪む。その楕円には金色の火花が縁取っていた。ちょうど小柄な人間なら通れそうな大きさだった。
「お疲れ様でしたー」
自分で作り出したワープゲートに足を踏み入れながら、こともなげに言うと、やがて姿形も消え失せる。
異世界との交流が始まって以来、特定の人間に発現した能力だ。
高い身体能力をもつ獣人や魔法を用いるエルフや魔族を相手にしても、対抗を可能とする人類の武器。AJは能力保持者として地球と異世界の均衡を保つべくその力を行使する捜査官だった。
「明日は遅刻するなよ!」
消え去る光の輪とそこから見える小さな背中に向かって、ゼインは呟いた。
MIBとコップクラフトと血界戦線を混ぜたようなストーリーに、翠星のガルガンティアの船団や学園都市やロアナプラの要素をぶち込んでごった煮した「異世界空港」が舞台になります。よろしくお願いいたします。