新米守護霊~交渉成立~
「妃奈の守護霊にならせてください」───
僕がそう言うと、妃奈は気恥ずかしそうな気まずそうな顔をして俯いてしまった。
何か変なことでも言っただろうか。いや、至って普通のことを言ったと思う。
守護霊にならせて欲しいと言っただけなんだけど、何か問題でもあるのだろうか。
もしかして、彼氏が出来た……とか?
どうしようかと頭を回転させて考えるが、何って思い付かない。
しばらくの沈黙の後に妃奈は、こう言った。
「あの……守護霊ってことは、お風呂とかトイレまで付いてくるの……?」
そこで僕は妃奈の様子の意味を、やっと気付いた。しかし、僕にとってそれは皆無だった。
何故なら、僕は妃奈の守護霊になりたいということだけを想っていたから。
「見られたくないことがあるなら、言ってくれたら僕はどこかで時間を潰すよ。そこまでして、付いて回らないし」
「それなら……お願いします」
急に改まって言われると、何だかむず痒いような感じかした。
妃奈は「じゃあ私、自分の部屋で今書いてる残りの小説、書き上げたいから」と言って、自室に行った。
リビングに残された僕は、部屋を散策することにした。
勿論、妃奈には許可を取っている。
だけど何だか変に緊張してしまって、ソワソワしながら散策した。
女の人の家……高校生の頃、僕は妃奈の部屋に行ったことがなかった。
僕のピアノ動画で僕の家にばかり来ていたから。
だから、とても新鮮だった。
これからは一緒に居られる。この部屋で過ごすことが増える。それは僕にとって幸せであり、喜びでもある。
僕は一通り、妃奈の家の散策をして妃奈の自室へと向かった。
仕事の邪魔をしないようにそろり、そろりと入ったつもりが(幽霊なので意味ない)妃奈にバレた。
「もしかして妃奈、霊感あるの……?」
「ううん、元から無いよ。だけど、大一が守護霊だからかな?何か、視線を感じるんだよね。“誰かに見られてる”って」
「そうなんだ……」
なるほど。守護霊と契約すると、その人は守護霊が見えたり、感じることが出来るのか。
「じゃあ、これは……?」
そう言って、僕は妃奈の手を握った。
「ほんのりだけど、温かい。何か冷めかけのカイロ?みたいな感じ」
「そうなんだ!」
勿論、僕は幽霊だから生身の人間に触れることは出来ない。だから手を握るというよりも、妃奈の手に僕の手を重ねるような感じ。
触れることは出来なくても“ここに居るよ”という合図が送られるのは、今日イチの発見だ。
僕は妃奈が小説を書き上げるまでの間、既に出版されている小説を読ませてもらった。
妃奈が書いている小説は、主に恋愛モノだった。どれを読んでも温かい気持ちになるし、悲しい話になったとしても最終的にはハッピーエンドで終わった。
僕は妃奈の小説を読んでいる間、まるでその世界に居るような不思議な感覚に陥った。
小説は漫画と違って、想像の仕方が人それぞれだから如何様にも想像出来る。
逆に漫画は、小説や言葉では表せない場面や話を絵を通して、読み手に伝わるように描かれている。
僕は妃奈の小説や、本棚にある小説を読み耽っていた。
何故なのかは分からないけど、集中すれば物は掴めるらしい。
人には触れられないけれど、物は場合による。
幸い、小説が読めたので暇をもて余すことはなかった。
「ヨシ、できた~っ!」
妃奈が背伸びをしながら、今書いている小説を完結させた。
「お疲れ様」
「うん、ありがとう!」
その小説も書籍化したら、読ませてもらおう。
「妃奈の小説、とても良いと思う」
「ホント!?」
「うん。読んでいて、何だか温かい気持ちになった」
「そっか~、良かった!」
優しく微笑んだ妃奈は、とても綺麗で顔つきが大人になったなぁと、改めて実感した。
僕は二度目の一目惚れをした。
一度目は、高校生の妃奈に。
二度目は、大人になった今の妃奈に。




