さよなら ~時刻が過ぎ~
時刻は15時30分。
妃奈が30分も遅刻だなんて珍しい。
どうしたんだろう。
もしかして、本気で嫌われたのだろうか僕は。
でも、あの時の妃奈の台詞が僕の頭の中をぐるぐ る回っている。
「言わなきゃ、一緒に居られるんでしょ?それな ら、言わなくていい!」
まさか、そんなことを言われると思ってなかった から、僕は頭が真っ白で何も言えなかった。
だけど、真っ白な頭の中を無理やり動かして今日 のことを言うことが出来た。
どんな結果になったって構わない。
もし閉店までに来なかったら、その時は店員さんに、この手紙を託そう。
逢えなかったとしても手紙で文字で伝えられるなら、それでいいと思う。
けれど出来ることなら直接、逢って渡したいし、伝えたい。
“もう、僕のことは忘れて欲しい”と───
時刻は16時30分。
あれから1時間も経ったけれど、未だに来る気配いがない。
本当に、来ないつもりなのだろうか。
もう僕は、本当に今日で居なくなるというのに。
嘘じゃないのに、信じてもらえていないのかな。
いや、そんなことを考えるのはよそう。
今日は、このカフェが閉店するまで待っていると決めたし、あの時も妃奈にそう伝えたんだ。
だから、待とう。
きっと、妃奈は来てくれる。
僕は信じてるから。
時刻は17時30分。
また、あれから1時間が経ったけれど妃奈が来る気配はない。
10分、30分が1時間、2時間に感じる。
今なら、たった1分でさえも長く感じる。
彼女が来るのをじっと待っている僕を、店員さんは気の毒だなと思っているのだろうか。
まぁ、僕は今日で消え去るんだから気にも留めていないんだけど。
どうして来てくれないんだろう。
本当に僕のことが嫌になった、とか……?
だとしたら、今日はもう来ないのかな。
あぁ、ネガティブでマイナス思考の僕が頭の中を占領していく。
そもそも僕は、この世に生き返らせるべき人間ではなかったんだ。
不慮の事故とはいえ、彼女に伝えられなかったんだから大人しく、死後の世界で生きていけば良かったんだ。
妃奈には、綺麗な想い出のままの方が良かったんだ。
神様に生き返らせてもらったからって、現れるべきじゃなかったんだ。
どんどんどんどん、マイナスな考えが溢れてしまう。
これは、自己満足にしか過ぎなかったんだ。
僕は自分のことしか考えていなかった。
反対の立場だったら?
それでも僕は彼女に逢えたことが嬉しくて、例え騙されたとしても喜んで逢いに行ったと思う。
そして、最後の言葉を一音も逃さず、聴いていたと思う。
これは、僕と妃奈の温度差なのだろうか。
分からない。
時刻は18時30分。
ここのカフェは、22時まで営業しているが神様との約束は20時まで。
どうしても、とお願いしたのだが譲れないと言われて、僕が折れた。
最後の最後に、一目でもいいから妃奈に逢えたら僕は思い残すことはない。




