さよなら ~当日~
僕はあの日、妃奈にこのカフェに来るよう、一方的に頼んだ。
約束の時間は15時だと告げた。けれど僕は今、14時30分……このカフェに居る。
今日は夜になるまで、カフェの閉店時間まで居続けるつもりだ。
あれから逢ってないけど……妃奈は、来てくれるだろうか。
僕には自信がない。
僕たちは出逢って数ヶ月しか一緒に過ごしていないし、喧嘩だってしたか、してないか覚えていない。
それに、付き合ってるというよりも“友達”の方がしっくりくるというか……
僕の片想いなのかなって錯覚することもあった。
でも、時々「大一のピアノ、好きだな」って恥ずかしがりながら言ってくれるところに愛を感じるし、ちゃんと“両想いなんだな”って改めて思うんだ。
僕に恋愛なんて……って思っていたけれど、妃奈は僕を暗い沼から引っ張り出してくれた。
明るくて眩しい世界へ、僕を連れ出してくれた。
妃奈と一緒に居るだけで楽しい、嬉しい、幸せだ。
ピアノの音色も、僅かだけど違って聴こえるようになった。
僕は今まで灰色だった人生が一瞬にして、彩り豊かな色彩の人生へと変わった。
そう言うと、人は「大袈裟だな」と言うかも知れない。
けれど、僕にとってそれほどのことだ。
それに、妃奈は僕のピアノを見つけてくれた。
静かに、音楽室でピアノを弾いていた僕を。
妃奈には、たくさんの幸せをもらった。
僕は、あんまり喜怒哀楽が豊かな方じゃないけれど、喜びと笑顔をたくさん引き出してくれた。
僕は淡々と生きていた日常から抜け出して、希望を持つことが出来た。
たくさんの“ありがとう”を手紙にしたためた。
僕の想いが伝わるといいな。
妃奈との想い出や、手紙に込めた想い……
妃奈は来てくれるのだろうか、と不安になる時もあれば「いや、大丈夫だ」と、何故か自信が湧いてくる……これの繰り返しでかれこれ30分は経った。
時刻は丁度、15時だ。
人が来る気配が、ない。
僕は注文していたハーブティーを飲んで、心を落ち着かせていた。
少し遅れるかも知れない。
きっと、大丈夫。




