~想い出 6~
一ノ瀬さんと恋人になり、動画作成も更に楽しくなった。
でも、二つ変わったことがある。
それはデートをすることと、一ノ瀬さんを下の名前で呼ぶことだ。
動画作成を程ほどにして、自分たちだけの時間も大切にすること。
そう決めてからは、動画投稿の頻度を減らして二人だけの時間を過ごした。
もうすぐ期末試験があるから、それが終わったらデートしよう、と約束していた。
後は、一ノ瀬さんが「付き合ってるのに、ずっと名字で呼ばれるのは嫌だ!下の名前で呼んで欲しい!」とせがまれ……顔から火が出るほど恥ずかしかった僕だけど、気付いたら慣れていた。
テスト期間中は、分からないところをお互いに教え合ったり、一緒に考えたりした。
ピアノは、テスト勉強の気分転換に少ししたぐらいで、ほとんど弾いていなかった。
そして期末試験が終わり、答案用紙が返却された。
自分にしては頑張った方だと思うし、点数も悪くなかった。
実は僕と妃奈が付き合っていることは、クラスには内緒にしている。
妃奈は気にしない!と言ってくれたけど、僕が気にするから学校では、いつも通りにしようと言うと渋々だけど、約束してくれた。
僕は密かに幸せを感じる方が合っている。
こうして、プライベートで会って小さな幸せを噛み締めている方が、独り占めしている方が……僕は良い。
地味で目立たない方が、僕は安心する。
僕は期末試験が終わってから、妃奈に内緒でオリジナル曲を作っていた。
勿論、妃奈に伝える為だ。
こんな僕に、声を掛けてくれてありがとう。
僕に、ピアノの演奏を褒めてくれてありがとう。
そして、YouTubeを勧めてくれて一緒に活動してくれて、ありがとう。
僕と付き合ってくれて、隣で一緒に居てくれて……本当にありがとう。
これからも、よろしくね。
この、オリジナル曲には妃奈への感謝の気持ちが、たくさん詰まっている。
それを伝えたくて、期末試験の答案用紙の返却が終わった今日、妃奈に「サプライズがある」とだけ言って、僕の部屋に来てもらった。
「サプライズって、なーに!?」
「まぁまぁまぁ。あんまり、期待しないでよ」
「やだよーー!大一がサプライズだなんて、期待しかないよ!?」
妃奈は、すごく嬉しそうに椅子に座って待っている。
妃奈の前で改まって弾くのは何だか緊張するけど、それよりも伝えたい方が強かったから僕は今、何だかワクワクしている。
深呼吸をして、気持ちを落ち着かせて───
始めよう。
僕に出来る方法で、妃奈に伝えよう。
演奏が終わり、妃奈を見ると泣いていた。
「ぅわっ!」
「うぅ~!すごい良かった~!!」
「そ、そんな泣かないでよ」
「だって、素敵なんだも~ん!やっぱり、大一のピアノが一番だよっ!」
「そ、そうかな……?」
「うん!実は他の人が演奏してる動画を、観たり聴いたりしてたんだけど……やっぱり、大一のピアノが一番だなって!」
「……あっ、ありがとう」
「なによ?照れちゃって!」
「うん……何か、照れるね」
妃奈への感謝の気持ちも、伝わって良かった。
これからも、もっと妃奈に僕のオリジナル曲を聴かせるんだ。
次はいつ、何のオリジナル曲を作ろうか。
誕生日?記念日?夏祭りとか、クリスマスとかのイベント?
即興で、いきなり弾いてもいいな。
僕は次のピアノサプライズで、しばらく頭がいっぱいだった。
そして、初めてデートをしようと決めた、あの日。
僕は事故で、死んだんだ。




