~想い出~
僕は、ある物を買ってネットカフェに行った。
ネットカフェの鍵付きの個室ブースに入り、パソコンのキーボードを退かし、買ってきたレターセットを取り出して下書きをしながら、僕は想い出に浸っていた。
「僕はキミのことを忘れたことは一度もなかった。僕は毎日、キミのことを考えて想っていたんだ……」
だって僕にとって、キミは初めての彼女だったから。
キミは僕に無いものをたくさん持っている。
明るくて、その場に居れば華やいで和ませる、本当に素敵な女性だ。
そんな素敵なキミに惹かれた僕は、気付けばキミを目で追う日々を送っていた。
僕みたいな人間が、キミを目で追うことは許してもらえるだろうか。
でも、気付かれたら……気持ち悪がられるだろうな。
それでも僕は今日も、こっそりとキミを目で追っていた。
すると……
キミと目が合って、バレたんだ。
すごく、気まずかったのを覚えているよ。
でも、僕はキミを目で追うことをやめられなかった。
好きになっていたから。
キミを目に焼き付けておきたかったから。
そして、とうとうキミから
「私のこと、見てるよね」って言われたんだ。
僕は怖くて「ごめんなさい……」しか言えなかった。
きっと、文句か何か言われるだろうなって思ってたから、ずっと俯いてた。
すると、キミは
「実は、私もキミのこと見てたよ」って───
嘘だと思った。
だって、こんな……取り柄のない僕を見るようなことなんて、無い。有り得ない。
「う……嘘だ」
「どうして?」
「えっ」
「どうして嘘だと言えるの?」
「だ、だって……こんな、取り柄も何もない僕のこと……見るわけない」
「取り柄なら、あるよ」
「えっ?」
「キミは優しいよ。だってこないだ、困ってたお婆さんを助けてたじゃない!」
「いや、それは道を聞かれて、たまたま知ってるとこだったからで……」
「それに放課後、誰も居ないことを確認してから音楽室で、ピアノを弾いてるよね」
「え、なんで……!?」
僕は幼稚園から小学校3年生ぐらいまで、ピアノを習っていた。
しかし、周りから「なんで男の子なのに、ピアノ?」って偏見が強く、僕の弾くピアノだけ先生に厳しく言われる。
僕だけ嫌がらせをしてくるのが、本当に嫌だった。
ピアノを習っている他の生徒からも次第に嫌味を言われるようになり、僕は誰にも助けてもらえなくなった。
そして、精神的にも辛くなった僕は……ピアノに行くフリをして、初めてサボって無断で休んだ。
家に帰ると、ピアノの先生から母に電話があったらしく即効でバレた。
僕は勇気を出して、母さんに言った。
ピアノの先生から嫌がらせを受けていること。
生徒たちからも嫌味を言われて、誰も助けてはくれないと。
最初は信じてくれなかった母さんだったけど、僕がピアノ教室に行くことを頑なに拒否し続けたから、折れてくれて僕はそのピアノ教室を辞めることが出来た。
というか、ピアノ教室に近付くと具合が悪くなって、その場から動けなくなるぐらいにまで心身共に蝕まれていた。
後から同じピアノ教室に通っていた友達から聞いた話だと、僕が奏でる音色に才能を見出だした先生や他の生徒たちが羨ましがって妬んでいたらしい。
本当に酷い人間たちだった。
それから僕は心身共に少しずつ回復し、好きな時に好きなだけピアノを弾くところまできた。
コンクールとか競うのは好きじゃないから、一人でこっそり弾かせてもらっている。
音楽の先生とは仲良しで、僕のことを理解してくれているから、放課後の誰も居ない音楽室で好きなようにピアノを弾いていた。
でも、独学で自分の想うままに弾いているから正しくはない。
けれど、まさか僕がピアノを弾いていることを知ってるなんて……
「みっ、見たの……?」
「こっそり扉、開けて。あそこ引き戸になってるでしょ?」
「……」
不覚だった。確かに引き戸だと、こっそり開けるとバレない。
僕はそれすらも気付かずに、気分良くピアノを弾いていたのか……!
「あっ、えと……ごめんなさい」
「あ、いや……別に。気付かなかった僕も悪かったし……」
「えっ?」
「へっ?」
「何でキミが謝るの……?」
「や、何か……ピアノ弾いてたから?うるさかったのかなって……」
「ううん!その逆だよ!!」
「えっと……」
「すごいなって思って!もっと聴いていたいなって思ったよ。だから、邪魔しないようにバレないように、こっそり覗いてたの」
「えっ!?」
の、覗いてた!?嘘だろ……僕がピアノを弾いてるのを!?
「てっきり、気付いてると思ってたの……こっち、よく見てるし。最初は私の勘違いかなーっ
て思ってたんだけど、そうじゃなかった。これは明らかに私を見てる。ってことは、つまり……」
「つまり……?」
「私が放課後、こっそり音楽室を覗いてるのがバレちゃったのかな~って」
「あっ、だから僕を呼び出したの?」
「そう!もし、バレてたらちゃんと謝ってたよ」
「そうだったんだ……」
「でも違った。なんで私のこと見てたの?」
「なんでって……」
「私、何かした?嫌なことしちゃってた?キミに不愉快な思い、させてた?」
「あっ、いや……それは違う」
「本当に……?」
「うん、本当」
キミは一度、僕を助けてくれた女神だった。
やんちゃしてる派手めなグループの一人にぶつかって……
ぶつかってというより、向こうがぶつかって来たんだけど……何か、僕が悪いような言い方で突っかかって来たから、脳内パニックになっていた時に、キミはそいつらに向かって
「あんたがぶつかったんでしょ!?私、見たんだからあんたが謝んなさいよ!」
って、強気ではっきり言ってくれたお陰で
「わ、悪かったな……てか、お前もちゃんと前、見て歩けよな」って言われただけで、何もされずに済んだ。
「あの……」
「あ、大丈夫?怪我とかしてない?」
「あ、うん。大丈夫」
「良かったぁ!でも、酷いよね。自分からぶつかってきたのに」
「いや。僕も下ら辺、見ながら歩いてて気付かなかったから悪かったよ」
「そんなことない!」って、キミは僕をことをトコトン庇ってくれたね。
その時だったんだよ、僕がキミに惚れたのは。
それからというもの、僕は気付いたらキミを捜しては目で追っていた。




