皆さんを都合のいい過去へと案内します。
本当は長編にするつもりでしたが、短編に変更しました。よって、あらかじめ考えていた物語とは大きく変わってしまいました。今後時間があれば、長編にして本来やりたかった物語を書くかもしれません。
「あ...ありがとう.....」
女は感激のあまり両出で俺の右手を握りしめてくる。
俺を神様かなんかだと勘違いしているらしい。
こういう輩は苦手なんだよな。早々に終わらせよう。
俺は自由な左手を使って女の服を掴むと、バレないように袖を引く。
この時、力まないよう自然体でやるのがコツだ。
ドサッ
女は重力に逆らわず、地面に倒れた。
◇
「ねぇ、聞いた聞いた?」
「いきなり何よ?」
「例の事件だよ! 知らないの?」
「はあ?」
「おい! 聞いたかあの話」
「あぁ、もうこれで6人目だよな」
「次は俺らかも....」
「被害者が全員幸せな顔をして倒れてたんだよな」
「暴れた形跡もなしだってよ」
「年齢層も境遇もバラバラだよな」
「しかも遺書みたいなの残してたんだろ」
「捜査の必要なしって書かれてて、警察は手も足も出ないらしいぞ」
「それヤバくね」
「今のところ植物人間になって、目覚めた人いないらしいよ」
「こっわ~い」
「あんた鈍いとこあるからね
気を付けなさいよ」
どうしてこうも学校という場所は退屈なんだろう。
誰も彼もが、最近話題のニュースについて話している。
もう少しバラエティーに富んだ話は出来ないのだろうか。
まぁ、俺も似たようなものか。
「よっ~す、起きてるかー」
「見てわかんないのか」
「スマンスマンって、そんなことより聞いたかアレ」
「なんだよ唐突に」
「今巷をにぎわせている怪奇事件の話だよ」
「その話か・・・」
「なんだよウンザリした顔して
今ホットな話題と言ったらこれしかねーだろ!」
俺は面倒になって適当な相槌だけうつ。
ヤツは流行に敏感なんだかんだ言っていたが、単に周囲に流されやすいだけだろ。
「ぉぃ、ぉい!聞いてんのかよっ!」
「聞いてる聞いてる」
「ぜってー、聞いてね―だろ」
何気鋭い。いや、俺が分かりやすすぎただけか。
まあいい、とりあえずこの話題から離れよう。
「そんなことより大丈夫か?
数学のワーク、今日までだっただろ」
「・・・・・・」
ヤツは顔を真っ青にして、自分の席へ戻っていく。
わかりやすく、扱いやすい奴だ。
周りからは心配されすぎて、逆にかまわれるタイプだろう。
ほら、すぐに救いの手を見つけている。
愛嬌があるやつは、人生トクだな。
...別に羨ましくなんてないからな。
キーンコーンカーンコーン
ふぅ、今日も無事に一日が終わった。
依頼もないし、後は帰るだけなんだが「お~い!一緒に帰ろうぜ!」ヤツに捕まってしまった。
仕方なくヤツの方を振り返る。
無駄にキラキラした目をしている、嫌な予感がする。
こういう時の感は外れたことがない。
「なぁなぁ、これから例の怪奇事件を解決しに行こうぜ」
くそっ。ヤツは朝の会話を忘れていなかった。ワザと聞き流していたというのに・・・仕方ない。
適当に付き合って、適当に切り上げるか。
「解決って、これからどうするつもりなんだ?」
「えっ⁉」
「え?」
「いや~、頭脳戦はお前が得意だろ
だから」
「何も考えていなかったと」
「はい・・・」
筋金入りのバカだな。だが助かった。これなら、俺の正体がバレることもないだろう。
俺は手っ取り早く聞き込み調査を提案する。
「聞き込みか」
「何よりもまずは情報だろ」
「そうだな!じゃあ、俺は学校から西側を調査するから」
「東側をやればいいんだな」
「おう!任せたぜ相棒」
手で拳を作ると俺の拳とぶつけ合わせ、じゃあなと学校の東側へ走っていく。
ヤツは西側を調査するのではなかったのか?
まぁ、どちらでもいいか。どうせ調査などしないで帰るつもりだったし、集合場所も何も決めていない。
明日ヤツに何の成果もあげらそうになかったから、早めに切り上げたとでも言えばいい。
ふあ~と大きなあくびをして俺は帰ろうとした。
ピピッ
スマホが鳴る。仕事の依頼がきてしまったか。
はー、今日こそゆっくり眠れると思ったのに。
愚痴をこぼしながら依頼内容を確認する。
依頼者はこの高校の女子生徒か。
東側にある有名ハンバーガーチェーン店の脇、建物と建物の間にある路地で待ち合わせ。
報酬は、うん、申し分ないな。
俺は頭の中の地図と、依頼内容が指し示す待ち合わせ場所を照らし合わせる。
場所も検討がついたし、問題はない。
不安があるとすれば、ヤツのことだけだろう。
なぜ、ヤツは東側に行ったんだ...。
もっと早くこの依頼を知っていれば、体を張ってでも止めたというのに...過ぎたことはしょうがないか。
はぁ~、気が進まないが行くしかない。こうなったらさっさと終わらせようと俺は目的地まで走り出した。
「あなたが過去に連れてってくれる案内人?」
「連れていくという表現は正しくないが、まぁそう呼ばれているな」
「そう、別に何でもいいわ
このつらい現実から目をそらせるなら」
この女子生徒のことは知っていた。
朝くだらなそうに同級生から怪奇事件について教えてもらっていた。
この手の話を信じるタイプには見えないが、人は見た目によらないということか。
それに、この短時間でここまで調べ上げるとは・・・只者ではないな。
「やってくれるんでしょ?」
「あぁ、報酬をちゃんと払ってくれるのなら」
「いいわ、はやくやって」
これまでにないほど、やりやすいお客だ。
いつもこうだと仕事が楽なんだがな。年を取るほど、過去へのあこがれが強くなる。
そして、その分やたら俺に感謝の言葉を伝えてくる。本当、厄介だ。
今日はツイてるかもなと、早速俺は制服の裾を掴ませてもらう。
そして、いつも通り引こうと「あー!相棒何さぼってんだよ」したが、残念ながら今日はツイてても疫病神の方だったようだ。
ヤツの声に驚いた俺は、そのまま女子の服の袖を引いてしまった。
ドサッ
女子が今までの客と同じように幸せそうな顔をして目の前で倒れた。
その一部始終をバッチリ目にしていたヤツが、俺のすぐ隣にいる。
ヤツは目を見開いたまま固まっている。
今の現状を飲み込もうとして、無理だと頭の方が悟ったのだろう。フリーズして動き出す気配がない。
仕方ない、バカでも見られてしまったからには誤魔化しは利かないだろう。
居心地よかったんだがな~。
俺はヤツの制服の袖を引っ張った。
♢
「俺らのクラスの男子2人も被害にあったんだってよ」
「あ~、あの厄災コンビ」
「やたらオカルトチックな事件いつも追いかけてたもんな~」
「まぁ、目覚めたんだろ?」
「よかったよな~」
「なぁ、聞いたか」
「おう、植物状態の人が目覚めたんだろ」
「そうなの⁈」
「今警察が込み入って事情聴取してるんだってよ」
「動き出すの遅すぎじゃね」
「でもみんなバラバラな証言してるらしいよ」
「どういうこと?」
「なんか植物人間だった人同士が、この人にやられたって言ってるの」
「植物人間が植物人間を生み出してたってこと?」
「そこまではよく...あっ!でも一番最初の被害者だけは、タヌキみたいな動物に服の袖を引っ張られたって」
「この都会でタヌキ」
「難しすぎてわかんな~い」
「あんたはお気楽そうで羨ましいわ」
「そんなことないも~ん」
「ねぇ、聞いた聞いた?」
「今度は何」
「植物状態だった人、目覚めたらしいよ!」
「うっそ! マジで」
「うん
しかもみんなバラバラな証言してるんだって」
「へ~」
「変な事件だよね
最後に合った相手は覚えているのに、その前のこととか遺書のこと、何をされたのかはサッパリ覚えてないなんて
だから、その相手が何かしたんじゃないかって被害者同士で揉めてるんだって
...って何で笑ってるの?」
「えっ! 笑ってた?」
「うん
珍しいね、このての話興味ないんだと思ってた」
「ちょっとね
また何かわかったら教えてほしいかな」
「! いいよっ!!」
危ない危ない、口の端がいつの間にか上がっていた。気を付けないとな。
でも、目の前の女子生徒とは、以前この体の持ち主であった女性との関係よりも仲良くなれたようだし、人間万事塞翁が馬とはこのことだな。意味合ってるよな? 人間の言葉は難しい。
あぁ、それにしてもやっぱりここは退屈だ。
男でも女でも話している内容は大して変わらない。
所詮みんな同じ穴(教室)の狢でしかないのだ。
はぁ~、今日こそ早く家に帰りたい。
ピピッ
チッ。仕事の依頼だ。思わず舌打ちをしてしまったではないか。
目の前の女子も何事かと目を見開いている。とりあえずトイレとでも言ってひきこもるか。
女子はこういう時便利だと思う。それに噂話も大好物らしいしな。
ふぅ~、やっと個室にたどり着けた。まさかあんなに並んでいるとは。
休み時間も残り少ない。急いで依頼を確認してしまおう。
うん? 今回は依頼主と過去の夢を見たい人が別なのか。
依頼主は不明。
ターゲットは...この小説を読んでいる皆様?
ふーん、不特定多数ってことか。差し詰め俺への挑戦状ってところだな。
ふむ、なかなか面白そうだ。
今回は娯楽を提供してくれたかわりに報酬なしで受けてやろう。
それにしても依頼主は思い切ったことをするな。
これで読者がほとんどいなかったら、どうする気だ?
まぁ、あんまり読者数がなければ俺の仕事も楽だ。
・・・少しつまらないがな。
そうだ! 俺が満足できなかったら、この依頼主の体を乗っ取ればいい。
フフフッ、ターゲットの方が本当は依頼主の命運を握っているなんて、なかなかにスリリングな展開じゃないか。
せいぜい楽しませてくれよ読者諸君─────
最後まで読んでいただきありがとうございました。