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私立養成学園(凍結中)  作者: 森尾友彬
中原巴編
9/21

才能を開花させる薬(共通)

 五月二週。


「ボール行ったぞー」


 三か所のゲージの内、一つのボールを投げていると不意に声が飛び込む。


 油断していた。


 ゴン。


「あぁ、太田君。大丈夫か?」


 倒れる前にボールが見えた。それを躱そうとしたのが良かった。軽く頭にボールが当たった程度で、「大丈夫」と立ち上がろうしたら軽い眩暈に襲われた。


 そのまま保健室に連れて来られると見知った顔が一つ。


「太田か? どうしたんだ?」


 五十住が保険医の会田先生と向かい合う様に座っていたのだ。


「練習中にボールが頭に当たって。それより五十住の方は?」


 五十住は少し困ったような顔をした。様に見えただけかもしれない。


「俺は会田先生に用があって。別に怪我をしたとか病気じゃない」


「そうか。なら良かった」


 五十住は座っていた丸椅子を空けると座る様に勧めてくれ、俺も椅子に座ると会田先生は五十住に一言言って保健室を出て行かせた。


「それで太田君だったかな。ボールを頭にぶつけたとか」


 帽子を脱ぐとボールの当たった箇所を先生に差し出す。直ぐに冷たい指先が頭皮に直に触れる様に指の腹を押し当てられた。


「そこまで念入りに調べる必要は無いですよ。だって、俺ピンピンしてますし」


 頭上でため息の様な物を吐く音が聞こえ、先生の言葉が続く。


「私としてはあまり人に興味はありませんが、君の様に能天気だと少し心配になりますね。いいですか? 君は野球部ですよね。野球のボールと言うのは場合によっては時速二〇〇キロに達するとも言います。一つ間違えば死ぬこともあるんです」


 先生は椅子に座り直しながら説明をしてくれた。それからと前置きする。


「それから、怪我と言うのは外から見るだけでは分からない物です。まぁ、それは人間も同じなのですが。怪我は気にする必要は無いです」


 礼を述べて保健室を出ようとした所で先生に声を掛けられる。


「太田君、少しいいですか?」


 別段急ぐ理由も無いので振り返って立ち止まると先生は小さな小瓶を机に一つ置いた。


「隠れた才能を開花させることが出来る薬があると言ったら君はどうしますか?」


 ちょっとした問答の様に聞こえる質問だが、先生の目は冗談か本気かよく分からない。


「人間と言うのは本来の能力の凡そ半分程度しか使えないのです。ですが、この薬を飲めば新たな扉を開けられるかもしれません。それにこの薬はサンクティオ社の新薬です。政府の認可を得るために臨床試験中でもあります。あくまで可能性をより高める物ですが」


 問いに重ねて俺の判断を「飲みます」という言葉に誘導しようとしている様に感じた。


「だったらどうして飲む、飲まないの判断を俺に委ねるんですか? そんな薬だったら知らない間に飲ませればいいじゃないですか? 仮に飲むとして毒とか大丈夫なんですか?」


 質問に質問を返すと先生は意外という顔をした。


「阿呆、では無いのですね」


 普通の人間ならばカチンと来る言葉なのだろうが、俺には縁の深い言葉なのでそこまで気にならなかった。


「気に障ったのなら謝ります。すいません。それと毒に関してですが、自然由来でそのもとになったフロス花にも毒はありません。あぁ、聞き馴染みが無いのも仕方ありません。発見されたのが最近ですからね。それでどうしますか?」


 結構グイグイ来るな、この先生。


「才能の開花とか、本来の能力とか怖いですし。自分の力で甲子園に行きたいので止めておきます」


「そうですか。まぁ、私も断るでしょうね。実はこの薬を作ったのは私なんですよ。エキスを抽出して……。あぁ、君には関係ない話でしたね」


 先ほどまでとは違ってあっさりしていたのが拍子抜けだった。けど、自分の薬なのに自分で試さないとか、勧めなければいいのに?


 扉を開くと目の前に女子生徒が立っていた。女子生徒の制服の胸元のリボンの色が違うのは先輩だからだろうか。


「いい、選択を、したわね。君は」


 目が合うと体が動かなくなる感覚に襲われる。


「彼は、飲んで、しまった、けれど。私も」


 あの薬を飲んだのか? しかし、見るからに運動部系では無く、文化部の生徒に見える。だとしたら何のために?


「あの、どういう事ですか? 才能を開花させると言っていましたけど?」


 先輩は長い髪を指先で弄る。その仕草にドキリとさせられた。


「そう、ね。会田、先生は、そういう、けれど。本来、あり得ない、力を、目覚め、させる」


 言葉の一つ一つがぶつ切りだが、不思議と聞き取れる。


「私の、名前は、取手雪乃とりてゆきの。貴方、は?」


「俺の名前は太田智春と言います。話を聞かせて頂いても?」


 取手先輩は首を横に振る。


「今は、ダメ。廊下で、男女が、一緒に、居ると、監督生、と、先生が」


 周りを見ると廊下の窓から外が良く見える。確かに他の人から見られれば校則違反になるだろう。


「あ、俺練習戻りますんで。また」


「えぇ、また」


 本当に不思議な先輩だ。この学校、不思議な女子生徒多いな。

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