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私立養成学園(凍結中)  作者: 森尾友彬
共通編
3/21

プロローグ その3

 四月三週。


 授業は八時半から始まり、三時には終わるらしい。


「フッフッフ。聞いた?」


 湯村がにんまりとした顔で座っていた俺を見下ろしている。


「湯村、何かあったのか?」


 相変わらずのにやけ顔が張り付いているのがやや気になったが、湯村の持って来た話は気になる。


「中央の森、抜けた先には何があるか」


 学園の案内図を見た時には女子校舎だったが。


「女子校舎だろ?」


 湯村はチッチッチと人差し指を腹立たしい動きで振っている。


「違うんだよな。地図には女子校舎とあるんだけど、噂によると女子寮らしい。こんな誤った情報を流しているのだから、間違いなくセキュリティは甘いはずだ」


 拳を振るって熱弁する湯村に同意するわけでは無いが、同じ敷地に同年代の女子が居るのに会うどころか見る事すら出来ないのにはちょっとした憤りを感じる。だけど、湯村の考える事は既に先輩達も考えて、実行してきたことだろう。


「で、行ったのか?」


 湯村は首を振る。


「いや、これから行こうと思う。太田君も行くか?」


 問いに対して首を横に振って答える。一緒に行くより単独で行った方が良いという判断だが、これで良かったのだろうか。


「そっか。じゃあ、僕は女子を見て来るよ」


          ***


 四月三週、週末。


 練習が休みになったので、学園内をうろつこうと決めていた。


 昼過ぎにグラウンド方向に向かって歩く。グラウンドを覆う様に走る道、みどり道だっけ? を通りながら森の中に向かって道を逸れてゆく。


「確かこの森を突き抜けた先に女子寮があるんだっけ?」


 数分ほど歩くと見覚えのある顔と出会った。白銀の毛が混じった髪型の五十住だ。


「あれ? 五十住じゃないか。女子を見に来たのか?」


 五十住は表情を変えることなく、


「ん? あぁ。学園がどんな感じか見ておこうと思ってな。女子寮に向かうのは勧めないな」


「どうして? 湯村は警備が薄いとか言ってたけど」


 五十住の顔がやや険しくなる。


「湯村の姿は見たのか?」


 午前の事を思い出すと湯村の姿を見てはいない。首を振ると一言「そうか」と呟いた。


「止めはしない。それに俺はこれから用事があるからな」


 前から思っていたが、五十住には何か他の人とは違うものを感じる。いつも張り詰めた雰囲気ながらも俺や湯村と話している時はそれを感じさせない様に振る舞っている様な。


「ん? どうした。難しい顔をして」


 いつの間にか五十住が俺の近くに来ていた。


「悪く言うわけでは無いけど、五十住は何か今までの友達とは雰囲気が違うなって」


 五十住は困惑した様な表情を浮かべる。


「いつも緊張している様な。能天気に野球をやっている俺とは違う。まだまだ、俺は五十住の事はよく分からないけど、いい友人になれそうだなって。あの時の勘は正しかったって」


 五十住は瞳を丸くして少し照れたように笑う。


「そんな事言われたのは初めてだ。今度からは葵と呼んでくれ。俺は葵の響きが好きだからな」


 どうして葵と呼ばせるのだろうか? そう思ったのは響きが好きだという言葉を使ったからだろう。ま、いいか。考えるのは昔から苦手だ。


「分かった、葵。また、クラスでな」


「あ、あぁ。またな」


 葵と別れると少し開けた場所に出た。木々と開けた場所の境界には他の木よりもひと際大きな大樹、そしてその手前には三人掛けの木製ベンチ。ベンチは手入れが行き届いており、綺麗なまま。


 一つ大きく息を吸い込む。春のさわやかな陽気を吸い込むと周囲を見渡す。


「獣道? それにしては、人が二人並んで歩ける程に広い」


 舗装されてはいないが、踏み固められている。誰かがここと奥を往復しているのだろう。


「ワンワンッ」


 静かな森に犬の鳴き声が響き渡る。同時に木々から鳥が一斉に飛び出した。


 回れ右。


 確認するより先に走り出す。背後からは何匹だか分からないが犬が追いかけてきている。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 力の限り走る。追い付かれれば、どうなるか分かったものじゃない。


「あっ」


 木の根に躓いた。勢いよく転がるが止まるわけにはいかない。転がる視界の中、両手でバランスを取りながら飛び上がる様に再度走る姿勢を取る。


 腕に枝による擦過傷が出来ただろうが今は気にしない。気にならない程に興奮しているのだろう。


 森を抜けてみどり道に戻った後も全力で野球部寮に向かって駆け抜けた。


 寮の前まで来たところで足を緩める。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 振り返ってみると流石にここまでは犬が追っては来ていない事にホッと胸を撫でおろす。


「さ、流石にここまでは追ってこない様だな」


 膝に手を押し当て肩で息をする。呼吸が落ち着いてきた所で寮の脇にある水道で喉に水を勢い良く流し込むと、むせた。


「グッ、ゴホッ、ゴハッ」


 咳によって生きている事を実感した。大袈裟な言い方だったかもしれないが、犬に追いかけられると恐怖で心臓が押しつぶされそうになる。


 同時に疑問も浮上する。それは葵の事だ。彼はあの獣道の先に行ったのだろう。だったら、犬に追い掛け回されていたはずだ。なのに傷どころか、息一つ乱してはいなかった。


 部屋に戻ろうとした所で、湯村とばったりと会った。彼の眼鏡のレンズが片方割れており、フレームの奥にはやや小さな目がちんまりとしている。


「行った?」


 開口一番に湯村は俺に問いかけた。俺も湯村の意図が分からぬほど馬鹿では無いと思いたく、


「あぁ」


 短く答えた。


 湯村は眼鏡を俺の方に向き直り手を伸ばす。俺もその動きに応えるべく手を伸ばす。


「親友よ《ともよ》」


 固く握手をすると寮の部屋に向かった。

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