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私立養成学園(凍結中)  作者: 森尾友彬
中原巴編
19/21

トモとハル

 七月三週、週末。


 夏の日差しが一層厳しくなる前に寮を飛び出した。周囲が木々に囲まれているために朝からセミの鳴き声がやかましい。


「あ、せんせ。おはようございます」


 ジャージを着て朝のトレーニングに出掛けようと思ったら先生に出くわした。


「あら、中原さん。おはようございます。もうちょっとその言葉、何とかなりませんの?」


 あー、また小言か?


 ドーベルマンの唸りの様な音が聞こえた。この時間にドーベルマンが庭を監視していても、仕事をしている事はあり得ない。だとしたら、彼が来ているのだろうか?


「あ、せんせ。すんません。用事を思い出しましたわ」


 急ぎ先生の横を走り抜ける。背後、先生の声が聞こえるが今は振り返らない。


 後でお小言やろなー。ま、いっか。


 背の低い茂みをハードルを飛び越える要領で抜けるとドーベルマン達が離れて行く気配を感じる。


「なんや、太田君。偶然やね」


(何が偶然だよ。こっちの様子に気が付いて見に来たくせに)


 茂みの隙間からドーベルマンがこっちを睨んでいる。


 追い払うためにキッと目に力を入れて追い払う。


          ***


「ん? どうしたんだ、中原さん」


「なぁ、太田君。ウチの事は中原さんやなくて、トモって呼んでくれへんか? どうにも苗字で呼ばれると落ち着かへんねや」


 何を言いだすかと思えば。だが、今の俺にとってそう呼ぶにはハードルが高い気がした。そもそも今まで女子との接点と言えばプリント回す時やフォークダンス程度しか無かった。それをいきなり名前で呼ぶなど……。


「トモ、これでいいか? だけど、こっちも名前で呼んでもらっていいか?」


 思っていた以上にすんなりと言葉に出来た。言ってしまえば、彼女はどこか昔からの友人であった様な気さえしていた。それも彼女が俺よりもやや背が高かったせいかもしれなかった。


 少しを間を置いてから、トモは今までに俺が見た事の無いような屈託ない笑顔を見せた。それに不覚にも目を奪われた。


「んーでも。太田君もトモやね? じゃあ、ウチは太田君の事をハル君って呼ぶわ」


 同じように呼ばせようとちょっと意地悪のつもりだが、実際に呼ばれると嬉しさと恥ずかしさがせめぎ合う。だが、心地のよさが胸の内に広がった。


 潮の香りの混じる風が森を抜けた。湿気を伴うそれは汗をかいた俺にとって清涼を与えてくれている。


「潮の香りやね。この学園の立ち入り禁止エリアに海を望める崖があるの知ってる? そこから朝日や夕暮れを見ると綺麗なんやけど」


「崖は知らないな。海が近いのは校舎から見える事もあって知っているけど」


 ただ、そういう場所がある事を不思議に思う事は無い。砂浜が見えないのならそういう場所があるだろう事は経験上知っていた。それだけだ。


「そこは見回りきつくてな。誰も行かないんよ」


 セミの鳴き声に混じって人の声も聞こえ始める。そろそろ戻る時間が近づいてきている。


「そろそろお別れの時間やね。早いうちに戻らへんと同室の子に怪しまれるわ」


 同室の子と聞いて少し気になった。それを気取られたのかトモは首を横に振る。


「あかん、あかん。紹介はでけへん。朱梨はウチと違ってかわええし」


 言いだす前に先手を打たれてしまった。


「じゃ、しゃーないな。またな、トモ」


「また、ね」

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