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私立養成学園(凍結中)  作者: 森尾友彬
中原巴編
12/21

取手雪乃先輩

 六月一週。


 先輩たちがそわそわしている。俺達も別の意味でそわそわとしていた。


 監督が名前と背番号を読み上げていく。


「さっきからそわそわしてどうしたんだ? 俺達は呼ばれるわけないのに」


 湯村に耳打ちをするとちらりと先輩たちの方に目を遣った。


「そんな事は今はいいんだ。いずれチャンスは巡ってくる。それよりも、同室の先輩の方が重要だよ。中村キャプテンはいいとして、問題は喜多岡先輩だよ。背番号貰えるかどうか怪しいラインだし……」


 言いたい事は何となく理解できた。背番号を貰えなかったら間違いなく喜多岡先輩は荒れるだろう。そして、その矛先は間違いなく俺達だ。


「あぁ、嫌な気分になる」


 二十人呼ばれて、喜多岡先輩の名は呼ばれなかった。その後は授業が入っていたので、それは良かったが、午後の練習後が憂鬱だ。


「どうした? あまり顔色が優れない様だが」


 並んで机に突っ伏していた俺と多分、湯村にも声が掛かっているだろう。


「あ、あぁ。ちょっとな」


 顔を上げると膝を屈めた姿勢の五十住が居た。


「何かあれば相談に乗りたいが、俺より適任も居るし……」


 適任? 取手先輩の事だろうか?


「取手先輩の事か?」


 聞くと頷いた。それと同じ位のタイミングで湯村も顔を寄せて来た。


「女の先輩か?」


「あまり大きな声を出すな。知っている人間が少ない方が都合がいい。それにこれが監督生にでもばれてみろ。こんな場所も機会も無くなる」


 湯村に対し五十住はきつめの口調で言う。俺も五十住の言葉に同意しかない。


「わ、分かった。で、場所は?」


「保健室だ」


「俺の方からいつ来るか聞いておこうか? それとも、授業後に顔を出してみるか?」


「今日行ってみるよ。僕、待ちきれないし」


 話は纏まった。授業に保健室を覗いてみるか。


          ***


 授業後。


「失礼します」


 湯村が先陣を切って保健室に入った。


 中から薬品の混じった様な風が廊下に流れると保健室に来たのだなと感じる。


「おや、三人ですか? 何かありましたか?」


 保険医の会田先生が俺達の顔を順繰りに眺めた。


「いえ、雪乃先輩が居ればと思ったのですが」


 会田先生はやや不思議な顔をしたが、


「もうそろそろ来る時間でしょう。少し待ってみては? それと五十住君、あれから何か変わった事は?」


 会田先生の興味は五十住に移る。


「少し体が熱っぽく感じる事があったくらいですかね。それ以外気になる事はありませんね」


「そうですか。何かあれば直ぐに私に知らせてください。私個人も興味がありますし」


 白いカーテンが膨らんで萎むを数回繰り返した所で、帰ろうかと椅子を立った。


「流石にあんまり遅くなるのは」


「そうだね。五十住君、話をしておいてもらっても?」


 五十住が答えようとしたら扉を叩く音がした。


「失礼します」


 聞き覚えのある女の子の声がした。


 扉が開き、入って来たのは黒く長い髪が風に靡いている取手先輩がやって来た。


「あ、雪乃先輩」


 取手先輩の視線が声の主である五十住に移り、その後やや驚いた顔で俺を見て、最後に首を傾げながら湯村を見た。


「は、初めまして。僕、湯村一明と言います。よろしくお願いします」


 取手先輩は少し困惑した表情で五十住に視線を送った。


「え、えぇ。取手雪乃、と申します。それで、葵君。今日は、何か、あったの?」


 取手先輩は五十住と親しい様でやや心配そうに声を掛けた。


「すいません。二人が何かあったようなんですけど、俺じゃ相談に乗れそうになくて。そこで、雪乃先輩を紹介したんです」


 取手先輩は少しホッとした様な顔をしてから、保健室の奥の扉に目を向けた。


「会田先生、奥の、部屋を、借りて、も、よろしい、でしょう、か?」


 会田先生も頷いて答えとした。


「じゃあ、最初、は、どちら、から?」


 湯村が元気いっぱいに手を挙げた。


「はい、ハーイ! 先輩、よろしくお願いします」


 湯村は取手先輩の後に続いて隣の部屋に移動した。


「そう言えば彼女、以前に五十住君を占った時にスランプに陥っていませんでしたか?」


 扉が閉まったのを確認してから会田先生が五十住に問いかけた。


「カードの声が聞こえなくなったという話ですか? クラスで占ったらまた声が聞こえたって嬉しそうに話してくれましたよ? 二度目の占いをお願いしたら、ダメでしたけど」


 俺を置き去りにして話が進んでいく。


「ん? 少しおかしいですね。体調が悪くて能力が使えなかったのかと思いましたが……。なるほどそういう事ですか」


 会田先生は一人何かに納得したかの様に手を一つ打つ。五十住もその意味が分からずに首を傾げている。俺も同じ気持ちだ。そもそも、能力とはなんだ?


「断言はできませんが、五十住君は珍しいタイプの能力でしょうね。物語の主人公としては異質ですが、好きな人は好きかもしれませんね。支社の方には連絡しておきます」


「あのー、能力って何でしょう?」


 思わず口に出してしまっていた。


「そう言えば貴方が居たのを忘れていました。太田君は超能力を信じますか?」


 超能力? あれば便利だし、カッコイイ程度に考えた事はある。けど、流石に現実には存在しないだろう。


「信じてはいないのですね。それも当然と言えますね。この世界では科学だけでは証明できない事もあるのです。私はその手の研究者です。見せてみろと言われても難しいですが。この事を他人に話してもいいですよ。頭のおかしな奴と思われるでしょうが」


 直に目にしていない物は流石に信じられない、よな?


「何なんだ。あの女は。占いと称して説教をかましやがって。何が今のままではどちらも失敗する。仮に上手くいっても女運は無いって」


 湯村がカンカンで部屋から出て来た。


「おいおい。ただの占いじゃないか。良い所だけ聞いて、悪いとこは忘れろよ」


「それもそうだな。うん」


 続いて取手先輩も出て来た。湯村と対照的にテンションが結構低い。


「えっと、太田、君、だっけ。次、は、君の番」


 続くように部屋に入ると机が二つ向かい合う様に並べられている。室内は外の明かりと蛍光灯によって明るく照らされている。机には布が被せられ、先輩の座る方に縦長のカードが置かれている。


「水晶かクリスタル髑髏でもあるかと思ってた?」


 取手先輩の話し方に少し違和感があった。


「あぁ、この話し方? いつもはこっちよ。どうしても初めてだったり、慣れない人と話す時はね」


 取手先輩は向かいに座る様に促し、俺もそれに従った。


「私の得意なのはタロット占い。私自身が占っていると言うよりも、カードが力を貸してくれているの」


 タロットは知っている。カードを使った占いの中で有名な物。


「別に気になる事とか、相談したい事は終わってからね。雑念というわけでは無いけど、私が迷ってしまうから」


「取手先輩はカードの声が聞こえるんですか?」


 先輩は一瞬驚いたような表情をしたが、頷いた。


「えぇ。少し抽象的ですが、声が聞こえます。それが私の超能力なのかもしれませんね。あ、今、笑ったでしょ」


 先輩が目尻を下げて微笑んだ。その一瞬の仕草にドキリとさせられ、顔が熱くなるのを感じて目を逸らした。


「さ、始めましょうか」

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