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私立養成学園(凍結中)  作者: 森尾友彬
中原巴編
10/21

一年対テスト(共通)

 五月三週。


 午前練習を終えると一年生を集めた。


「お前達も聞いた事があるか? 競争に勝つよりも世界に一人になればいい。あんな戯言、俺から言わせてもらえば、これほどまでに愚かな発想はない。いいか。そいつだけの個性ってのはな、他人が認めなきゃ、己だけが知っているだけでは何の価値も無いのだ。価値を認めさせるには競争に勝てばいい。それに勝つ方法ってのは一つだけじゃねぇ。俺がこれからお前達に教えてやる」


 俺達の多くがその言葉を理解しかねた。そもそも、内容が頭に入ってこないのだ。


「なに、間の抜けた面をしてやがる。もっと分かりやすく教えてやる。お前らの野球へのやる気ってのを俺や先輩達に見せてみろ。そうしたら、お前達にも野球の練習をさせてやる。言ったついでにお前達の実力をみせてもらう」


「本当は一年同士でフリー打撃をやってもらうつもりだったが、打撃にはマシンを使う。それじゃ、持って来い。それから、投手志望はブルペンに来い。二年か三年で受けてやるという奴もブルペンに来い」


 昼飯休憩の合間に思いがけず実力をアピールする機会を得た。


「さて、一人十球な。正確に言えば十スイングでどれだけ打てるかみたい。マシンの設定は一三〇だ。さぁ、見せてみろ」


 俺の順番は六番目。投手希望が四人で野手希望が十一人。


 この高校になる前では昔に甲子園に行ったそうだが、養成学園高校はほぼ新説高校と言っても差支えが無い。因みにこの高校の出資社はサンクティオ社である。


「次!」


 監督は名前を呼ばない。名前と実力を結び付けるのではなく、実力と顔を結び付けて、最後に顔も覚えるのだろうか。


 打席に入る前に三回、軽くスイングして打席に入る。入るのは左打席。


「太田智春、お願いします」


 ヘルメットのつば先に触れて、補助の人と監督に挨拶。


 右腕を伸ばした時にやや下げる。ユニフォーム肩口を触って軽く持ち上げて、息を吐く。ここまでがいつものルーチン?


 ボールをマシンに入れる係が右手を挙げる。


 シュッ、とボールの放たれる音。白球が真ん中低めに飛んできた。


 息を軽く吐きながらボールを捉える。


 キーンと音が響くと打球はライト方向へ。


 ボールはセカンドとライトの間に落ちた。


「今年の一年は思ったより悪くない。うん、楽しみだ」


 終わってみれば十スイングでヒット性の当たりは五本に空振りが二つ。残りはファール。


「軟式上がりって聞いてたからもっと悪いのかと思ってた」


 昼食休憩に入った所で山岡が声かけて来た。山岡は柵越えが二本と鋭い当たりを飛ばしていた。


「柵越えが二本か。山岡が同じ一年で良かった」


 山岡が首を傾げる。


「目標と言うか、同じ高校にライバルが居るというか。いい意味で刺激を受ける」


「あぁ、そうか。外ばかり、中ばかり見ていたらダメと言う事か」


 一人で何か納得しているのが不思議だった。何より頭の良い奴は何を考えているのか分からない。


          ***


 五月三週。


「試験結果どうだった?」


 湯村と五十住に問いかけた。二人ともあまり反応は良くない。


「成績が悪くても卒業できるみたいだけど、流石にこれは……」


 三人で答案用紙を広げて見せ合う。


「湯村、この裏切り者め」


 湯村の表情は驚きに満ちていた。俺の表情はきっと五十住の顔と一緒だろう。何せ、点数が近いのだ。


「僕、今まで馬鹿の方だったのに。まさか普通の部類に入れるとは」


 補習は無いらしい。それにこの学校では文化部は殆どない。運動部が多いので、それを邪魔する様な補習は無し、だそうだ。


「他の科目も同じだろうけど、俺は野球を頑張るからいいや」


「運動部はいいな。打ち込めるものがあって」


 五十住が呟いた。けれど、この学園では全員が部活、主に運動部に入ると言うのが決まりだったはず。


「五十住君は部活に入っていない?」


 湯村の言葉に五十住はハッとした顔をした。


「う、うん。得意な事とか、今までスポーツに打ち込んだとか無いから」


 少し言葉を濁すような言い方にそれ以上の会話は終わりな様だ。


「あ、気にするな。俺は何もやってないわけでもないし、学園生活はやっぱり楽しい」


 やっぱり言い方に妙を覚える。ただ、それは何かまでは分からない。


「ちょっといいか? 五十住」


 五十住の手を掴むと廊下に出る様に促す。同時に湯村を手で制すると連れ立った。


「こないだ保健室に居たけど、取手先輩って知っているか?」


 五十住は目を逸らした。それが答えだった。けど、知っているだけで目を逸らすのは何故だ?


「それに会田先生に薬を勧められたよ。才能を開花させるって。俺は怖くて断ったけど」


 五十住の顔が俺の方に向き直る。


「そりゃそうだ。普通は断る。それが正しいよ」


 言葉にやっぱり引っ掛かりがある。


「それと先輩が言ってたんだけど、五十住は飲んだのか?」


 五十住は眉尻を下げた顔で俺を見ている。それがきっと答えなのだろう。


「これ以上、この話は詮索するな。知れば戻れないし、甲子園どころか……」


 少し悲しそうにだけどきつい表情で俺を見ている。


「あぁ、そうだ。雪乃先輩は占いが出来るから何かに立ち止まった時や引っ掛かる事があるなら占ってもらうと良い。じゃ」


 何かに打ち込んだことが無い? 多分、嘘、なのだろう。でなければ一言も言葉を発せないというこの状況に納得できない。


 それとは別に取手先輩の占いが気になった。占いそのものよりも女子の先輩という言葉に惹かれている気がしないでもないが。

 

         ***


 週末。


 聖王高校を学園に迎えての練習試合だ。


「一人幼い奴が居るな」


 幼いというのはそのままの意味では無く、周りに比べてという意味だ。


「一年生、かな」


 試合が始まる前に今日試合に出る選手たちがベンチ前に集合した。相手のベンチ前にあいつが居た。しかも、キャッチャーと話している所を見ると期待の選手なのだろう。


 試合が始まると養成学園側のベンチが静まり返る。


 放たれるストレートは一五〇を超えているのではと思えるほど速い。更にミットに収まった時の快音も見ている分には心地よい。


「か、監督。あんな速い奴が居るなんて聞いてません。それも左でですよ」


 先頭バッターの先輩が完全な振り遅れの三振で帰って来た時に大きな声で訴える。


「あいつ、シニア時代に見た事がある。草刈だ。あいつ、聖王に行っていたのか。俺達、甲子園行くの無理じゃないか」


 小野道が手を挙げる。


「俺、シニア時代にあいつからホームラン打ったぞ」


 シニア出身の部員が一瞬声を上げたが、直ぐに何人かが黙り込む。


 俺の隣に居た山岡が耳打ちをした。


「あいつの言葉は信じるだけ無駄だ。どうにも虚言癖? があるみたいだ」


 前半だけ理解できた。後半は似たような物だろう。


 中村キャプテンが打席に入った。


 初球、インハイのストレート。腰が引けている。ベンチを見る余裕すら無くなっている。


「だめだ。先輩、打てそうにないな」


 続く二球目、三球目は外角のストレートで三球三振。


 ベンチ前では監督の呆れた様な声が聞こえるのみだ。


「これで一年とか、俺達が三年になったら勝てない……」


 弱気な雰囲気が養成学園高校側に流れる。それが俺には気に入らなかった。見ているだけで絶対に打てないとか、勝手に決めつけて落ち込んでいる。


「馬鹿野郎!」


 思わず大声を出していた。周りの同級生達はびくりと僅かに肩を震わせて俺の方を見た。半分以上の奴が呆れた様な視線。


「相手は同じ一年だろ。ただ、玉が速いからとか凄い奴だからと簡単に諦められるのか! お前たちにとって甲子園って気軽に目指せるものなのかッ!」


 黙って聞いている奴、何を偉そうにと目で語る奴。


「これではっきりした。俺と同じ気持ちの奴が居るんだってな。どちらにせよ甲子園で優勝するためにはいずれああいう奴を打ち崩したり、抑えなきゃ駄目だからな。足を引っ張る奴は居ない方がましだ。それなら野球好きな奴が出ていた方がいい」


 山岡が感心した様にぽかぽかと頭を触って来た。湯村は少し複雑な表情を見せてから俺から距離を取った。


「オイ、てめぇら。一年坊主にやられて悔しくねぇのか?」


 試合が終わってみれば、五対〇。完封負けを喫した。


 俺は試合が終わってからも応援席から草刈を見つめ続けた。

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