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私立養成学園(凍結中)  作者: 森尾友彬
共通編
1/21

プロローグ その1

 春。出会いと別れの季節だ。この季節を明るい気持ちで迎えられた事に俺は安堵している。


 野球一筋で小学校から中学まで過ごしてきた。それはそれは楽しい時間だった。しかし、置き去りにしてきた勉学が一瞬で俺の並び、そして大きな壁として立ちはだかったのだ。


『高校に全部落ちたあんたでも行ける高校があったわよ。それに野球も出来るわ』


 この言葉で入学を決めた。野球が出来るそれだけで俺は飛びついた。


「養成学園高校」


 全寮制の共学と聞いていたが、おかしい?


「おかしい。これはおかしすぎる」


 全寮制の高校へ向かうバスに揺られていると隣に座った男が声を上げた。すると、周囲はさざ波さえ起こさぬようにしんと静まり返る。


「養成学園高校。共学なはず。ならば、何故に女子生徒を見ないのか?」


 思い返してみれば多くの生徒が集められた養成学園高校行き臨時バス停には男子ばかりで女子は居なかった。


「きっと、男女別で高校に向かうだけだよ。きっと」


 隣で座席から立ち上がった眼鏡の同級生を宥める様に声を掛けた。


 男子生徒は眼鏡の奥を光らせると俺の手を掴み、上下にゆっさゆっさと揺らした。


「そ、そうだよな。うん」


 先ほどまでの低いテンションから一転して明るい声で応える。


「俺は太田智春。君は?」


 同じ高校に通う同級生に対し、自ら名乗って相手の事を尋ねてみた。


「あぁ、僕? 僕の名前は湯村一明。と、言うよりも初対面じゃないよね?」


 俺は首を傾げると湯村はほらと話を続ける。


「小学生の時に公式戦で試合をしたでしょ」


 眼鏡面は何人も見た事はあるが、いまいち見分けが付かない。


「あぁ、そうだね。そうそう。試合したよね?」


 湯村の眼鏡奥の瞳が合点がいったとばかりに光を放った、気がした。


「はー、その調子だと覚えていないと。仕方ないか。こっちが負けたし」


 脇の下から冷汗が垂れるのを感じて目を逸らした。


 やば。本当に覚えていないのだ。


「まぁ、いいよ。これからはチームメイト。そうだろ?」


「そ、そうだな」


 その場を取り繕う様に声を張り上げた。それを見た湯村は呆れながらも俺を見つめる。


「あれ? お前達、知らないのか?」


 不意に背後、それも頭上から声が注がれる。


 首を反対側に回すとやや銀髪の混じった男が上から見下ろしている。


「あぁ、俺の名前は五十住葵。よろしくな」


 妙に馴れ馴れしい男だが、五十住からはピリピリと肌をひりつかせる様なオーラみたいな物を感じた。


「あおい? 男か女か分かりにくい名前だな。本人は狼みたい」


 湯村の言葉に俺は喉の詰まる感覚を得、体が硬直する。


「そうかもな。けど、名前は俺が決めた物では無いし」


 やや困った様にけれど、それがからかいというのも気付かない様な返答に湯村と顔を見合わせる。


「あぁ、いや。俺自身も名前を気に入っているのか、どうかも分からないんだ」


 湯村は俺に目配せの様な事をすると、


「五十住君、だっけ? このバスに女子生徒が居ない理由を知っているのか?」


 五十住はあぁと頷いた。


「そうだったな。少し話が逸れた。養成学園高校の資料には目を通したか?」


 五十住は俺と湯村の反応を見る。


「み、見てない」


 俺がそう答えると五十住は何も言わずに話を続ける。


「養成学園高校の校舎は左右対称に造られている。片側を男子校舎、もう片方は女子校舎という風になっているんだ。そう言う事だから、入学式ですら女子生徒を見る事は無いだろう」


 湯村が俺を見ると、


「さ、詐欺だ。共学って聞いていたのに、これは無いよ」


「俺自身、校舎を実際に見ているわけでは無いから何かしらで女子生徒を見る可能性もあるかもよ?」


 五十住はやっぱり困惑する様に湯村に言うと、湯村は直ぐに表情を変える。


「そ、そうだよね」


 同意を求めるような声音と瞳に俺と五十住は頷いた。


 湯村は満足すると、


「僕たちは親友だ」


 そう言うと俺の背とシートに腕を押し込み、そのままの流れで肩を組む様に立ち上がる。


「お、おわっ」


 バスの揺れに体がぐらつくも三人で円陣を組む形となった。


 五十住に視線を向けると先ほどまでとは違って戸惑いながらも表情を崩している。


「どうしたんだ?」


 五十住に声を掛けるとまた戸惑った様な表情で俺を見る。何というか、不思議な奴だ。


「俺、こういう事初めてで。ごめん」


「何言ってんだよ。五十住君が話しかけた時から僕たち友達だ。な?」


 見合わせた湯村の表情は笑っている。けれど、俺は何とも言えない不思議を五十住に対して抱いている。それは単に友人が居ないという話ではなく、何となくそう感じた。


 バスは山の中に入っていく。道はしっかりと舗装されており、揺れは酷くはない。全く無いというわけではないが。

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