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ユーフォリア  作者: ノーマッド
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序段 "冒険者、借金を背負う"

 松明の火が揺れる。微かに風が吹いているのだ。

掲げるように持ち上げて火の揺れる方向を確認すると、天井から黒い影が飛び降りてくる。

「ちっ!この……っ。」

 咄嗟に松明を下げ、腰にさげた剣を影に叩きつける。一瞬均衡するも予想以上の重さで逆に跳ね飛ばれた。

手を離れた松明が不運にも床の水溜りに落ちて消える。暗闇に包まれて襲撃者の姿すら見えなくなった。しかし、相手には関係ないのか真っ直ぐこちらへと飛んでくる風切り音が響く。

 その時、青年の背後から見知った気配がした。

「"来たれ、来たれ、火の精霊よ…"」

 精霊言語によって喚び出された火の精霊が現れて周囲を照らす。瞬間、青年の前に大きな蝙蝠が見えた。

「これでも――喰らえっ!」

 両手で持った剣をその飛び出た鼻先に叩きつける。一瞬均衡と先程とは真逆の結果。十分に力の籠もった一撃が大蝙蝠を撃ち落とした。

「すまない、遅れた!」

 装飾の多いが身軽な服を纏い、楽器を持った冒険者がその手に持ったリュートを奏でる。朗々と歌われるは英雄の歌、その歌を聞いた冒険者たちの力を強化する雄々しい歌だ。

「いいや助かる…。もう一匹っ!」

 金切り声を上げながら飛び交う大蝙蝠の内の一匹がまた床の上に落ちる。だが、まだまだいる上に空を飛んでいる。剣では届かないし、今火の精霊を帰してしまうと明かりがなくなる。

 ちょうど、青年の隣でゴソゴソする音が聞こえた。

「はぁい。お・ま・た・せ♡

松明の配達で~す!」

 そう言って小柄な少女が大きな袋の中から松明を取り出して手渡してくる。ほとんど鎧としての意味を成さない短パンにヘソを出した服装。だが軽快かつ細々しい盗賊特有の動きに攻撃を当てられるものはほとんどいないだろう。

「お代は百万ゴール「いいからお前も、戦え!」ちぇ、は~い。」

 大きな袋の中から短弓を取り出した少女が大蝙蝠を一匹、また一匹と撃ち落としていく。

「一発五十ゴールド…大蝙蝠は七十ゴールド…一発なら二十ゴールドの黒字!黒字!」

「あれが我が仲間か…。」

 げんなりとした顔の召喚士の元へ行き、松明に火を点ける。

「頼りにはなるだろ?」

 本気か?という目を片目だけ向けられた。ぱっちりと開いた蒼い瞳、もう片方の目は革の眼帯に塞がれている。その目に力強い笑顔で答えると、深い溜め息で返された。

 そして、火の精霊を送還し、今度は光る指先で中空に法陣を描く。

「"我が怒りを示せ…邪炎!"」

 法陣から迸る漆黒の炎が天井近くを嘗める。まともに食らったモノは落ち、掠っただけでも消えることのない呪われた炎に全身を包まれて落ちる。ボトボトと落ちていく大蝙蝠を見て、盗賊の少女は悲鳴を上げた。

「ああああああああ!!!か、皮が焦げたら価値が下がるのにぃいいいいいいい!!!!!」

 膝から崩れ落ちる少女に召喚士は付き合いきれんとでも言うように肩を竦め、青年と詩人はいつものことだ、と笑う。

 此処は地の底、深き大迷宮の一角だった。


 遡ること、しばらく。

青年は困惑しきった顔で目の前の、自称カミサマを見ていた。

「えぇと、どゆこと…?」

「説明。」

 そう言って指を鳴らすとメイドが一歩前に出て少女と青年の間に立った。

「主の所有する小迷宮への不法侵入に対する罰金、治療のために使用した霊薬の代金及び完治するまでの看護に関わる費用等々。

王国は市民以外に対して補償を行っておりませんので、これらの費用は全てそちらが支払うべきものです。

しかし、調査の結果、そちらには返済可能な資金或いは物品がない。そうですね?」

 青年は頬を掻きながら頷いて答えた。持って来た荷物、資金、そして武器は全て奪われたし辛うじて残っていた鎧もそれほど良いものではない。精々が二束三文といったところだろう。

 メイドは凍りついたような無表情のまま口を開く。

「王国法に基づき、そちらを債務奴隷とし、その負債が完済するまで債権主の管理下に置かれる。以上です。神聖文字が読めない場合は全文を代読いたしますが。」

「大丈夫です。大体分かりました。

……ちなみに俺の借金おいくら?」

 少女が指を一本立てた。

「じ、十万?」

 少女は首を振った。

「まさか…百万…?」

 恐る恐る言った言葉を少女は可愛らしい首を傾げて否定する。

「い、一千万…!?」

「正解!

喜びなさい、今日びお前のような一般人で一千万ゴールドもの価値を――まぁ、負債だが――持つ人なんていないわ。」

 嬉しくもなんともなかった。ユーフォリアに来る前は大体一度ダンジョンに潜って五百ゴールド。そして武器や防具の手入れ、休暇なんかを考えるとダンジョンに潜るには少なくとも三日は開けなければならない。全額貯めるとしても、二万日。

 あまりの長い年月に打ちひしがれかけた青年が、顔を上げる。

「ま、待った!もしかしてなんか労働しろとか…?」

「当たらずといえども遠からず、かな?

お前には私の指示した物を持ってきてもらう……迷宮からね。」

 魔女のようなニヤニヤ笑いで少女は続ける。

「懐かしいでしょう?お前が死に掛けたあの饐えたカビ臭い迷宮にまた戻れるのよ?

言っておくけれど、泣こうが喚こうが、行ってもらうわ。」

 その時、青年の顔に浮かんだのは少女が思っていたような表情ではなかった。

「まだ、迷宮に挑める!」

 震えて喜ぶ青年。少女は毒気の抜けたような顔で唇を尖らせた。

「ふん。

まぁいい。とりあえずは最低限冒険者として装備を整えなさい。後は仲間ね。

期限は……十日。」

 再び、悪意の籠もった笑顔で青年を睨めつける。

「出来なかったらどうなるか……分かるわよねぇ?」

「え!?あ、あー!うん。分かる!それよりさ、俺もう動いても平気か?あとギルドの場所!教えてくれないかな~、俺知らないんだよね!」

 輝く笑顔で質問してくる青年を見て、再び少女は唇を尖らせる。

「迷宮バカ。」

 メイドは誰にも聞こえないほど小さな声でそう呟いた。

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