プロローグ 『孤独な少年』
暗い部屋の中、少年のすすり泣く声が響く。
人の気配はなく、部屋の外だろう…遠くはないが視界に映らない場所で蛇口から水滴が落ちて弾けるような音が僅かに聞こえる。
少年の鼻孔を擽るのはカビの嫌な臭い。
この場所に監禁されて、何日経つだろう。
ここに連れて来られた時は猿ぐつわもされないまま、声が枯れるまで叫んで、大声で泣いていた少年。
その成果は報われる事なく、今もこうして椅子に縛られている。
普段、人の出入りするような場所ではないのだろう。だからこそ、この場所が選ばれた。少年は絶望で打ちひしがれる。
カビの匂いに慣れる事無く、ずっと吐き気と眩暈に襲われ、食事も水も与えられないまま叫ぶ気力も残ってはいない。
唯一差し込む光は、椅子へと強制的に縛られた少年の足元に伸びる茶色く錆びつき歪んだ扉から差し込む一筋だけ。絶望に駆られた少年はその一筋の光にすら救いを求めた。
「…助けて…パパ…ママ…ッ。」
水分を欲して張り付く喉奥から掠れた声を捻り出す。頬に残った幾筋もの涙の痕が渇いて頬の皮を引っ張る。身体は椅子に縛られ手首を後ろで結わえられて、引き攣る頬を拭う事も出来ない。
挙句、何とか逃げようと暴れた結果、手首に括られたビニール紐が食い込み擦り切れた手首がチリチリと痛む。動く事のない空気は冷たく、少年の身体を蝕むように凍えさせる。
「…怖い…寂しい…誰か…誰か助けてッ…誰か…傍に居て…。」
助けを乞うが、その声は暗闇に溶けるだけ。
気力も尽き、少年は椅子へと力なく座ったまま項垂れる。精神的にも限界が近づき虚ろな目は砂で殆ど見えないコンクリートの床の一点を見つめて動かない。
…ッ…ギィ…ッ
絶望に打ちひしがれる少年の耳に僅かに聞こえる音。
耳を塞ぎたくなるような錆びついて軋む扉から発せられる音と共に、扉から伸びた光の面積が広がるのが視界へと移る。まるで、絶望した少年に希望を与えるように。
しかし、その光は希望を与えるものではなかった。最期の力を振り絞って定まらない視線を扉へと上げた少年の表情は一瞬で恐怖に歪む。
「…お願い…助けて。…家に帰りたい…帰りたいよぉ…。」
扉の光の中心を黒い影が埋める。もう懇願する他にない少年の必死の声をせせら笑うように黒い影は少年に近づき、狂気に満ちたその殺意であっけなくその命を奪った。
少年の遺体は、ゴミ置き場の袋から野良犬に引っ張りだされゴミを捨てに来た主婦の劈くような悲鳴と共に、見るも無残な姿で発見される事になる。
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