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9.小さな宴

18時頃にもう1話投稿する予定です。




 僕の家には部屋が九つもあり、それに追加して工房がある。一階が四部屋プラス工房。二階に五部屋。正直言って僕一人で住むにはどう考えても広すぎだし、なんなら二階は要らないくらいだ。掃除する手間もなかなかだし。


 でもここの一階部分は元々お店だったと購入する際にちらりと聞いた。庭にモード武器屋と彫られた木の看板が落ちていた。店と住まいを兼ねているのであればまだ得心がいくんだが。


 生憎と僕は店を開く気はないし、開くとしても当分先になる。将来を見越して二階で生活するか。いちいち二階まで上がるのも面倒だよなあ。


 生活スペースは一階で決まりだな。ということで、僕たちは一階を今日中に綺麗にすることを最大の目標にして掃除に勤しんだ。


 玄関からすぐのところにある広い応接間はおそらく武器屋時代に店のメインの場所だったと思われる。棚や台座の残骸があり、売れ残ったのか失敗作なのか錆びた武具も転がっていた。


 応接間の隣には台所が併設されたリビング。台所といっても規模は小さく、しかしリビングの広さは十分にある。


 あとの二部屋は何のためなのか用途不明の、換言すれば何にでも使える部屋だ。片方には金属の塊が埃を被って積み上げられていたので工房に保管しきれない分の金属をここに置いていたのであろうか。


 ちなみに、裏手の庭には枯れているのかも判別不能な井戸と他と比べればだいぶ汚くないトイレが設置されている。そう、庭も広いのだ。雑草生え放題でもはや森と化しているが。



 庭の整備は後からやるとして、あれもこれもと言っていては進むものも進まないので一階の掃除を全力でやった。


 皆、ルートレイの気風はマイペースだなどと口を揃えてはいたが、誰もがやる時はやる。アイリスの働きぶりは言うまでもなく、人間の年齢を基準にして考えると十三、十四歳くらいに見える可愛らしい双子の猫の獣人――獣人は種族によっては見た目と年齢が合致しないものもいる――もその有り余った元気をフル活用して床を磨き、水を生み出す。


 ズーエルでさえやる前までぼやいたり溜息を吐いたりしていたが、始まってからは文句一つ言わずアイリスの指示通りてきぱきと動いている。なんなら僕よりもこの家を綺麗にするのに貢献してるんじゃないか? と思ったらなんだか複雑な気持ちになったので負けじと精を出した。



 途中、アイリスが手作りしたという野菜と肉がたっぷり入った昼食を摂った。これがなかなかに絶品で、お店も開けるよと本心から言ったらとても喜んでくれて何よりだった。


 そこまで言うならここの台所で作ってあげますね、と提案され、僕は至極当然といった面持ちで頷いた。思い返してみると誘導されたような気がしないでもないが、まあきっと気のせいだろう。


 そうして日が傾き出し、空が茜色になった時分、今日の目標である一階の清掃が完了したのであった。






 掃除用具とか大量のゴミの処分は明日やることにして、僕らは労いも兼ねての夕餉を食すべく竜の嘴亭に繰り出していた。


 ミアとミウがいるから酒場に行ってもいいのかと疑問を呈したけど、アイリスもズーエルも気にしなくていいと言っていたのであまり気にしないことにした。まあルートレイに住んでいる人はみんな顔見知りなんだろう。それに彼女らは賢明だ。出会って一日目だが信頼に足る。


「へいらっしゃい」


 カウンターの奥から竜の嘴亭のマスター、パラセリの声。


「ってアイリスちゃんかー。男と来るようなところじゃないとあれほど……」


 やれやれといった雰囲気を醸し出しながら酒を客に提供していた。


 座席を見ればぽつぽつと埋まっている。六人もいた。全員バラバラの席についていたが、その状態で喋っていた様子だった。


「ほらほら、テーブル席開けて」


「あいよ。久し振りだねアイリスちゃん。元気そうで何よりだよ」


「三日振りですよ、ファーチェさん」


「いつもより元気ってとこは否定しないんだね」


 くすくすと肩で笑いながら、アイリスの頭をぽんぽんと叩く。いかにも農夫といった風体の三十路と思しき男性は隣のテーブルに移ってくれた。


「こんな冴えないおっさんとじゃなくてアイリスちゃんみたいな別嬪さんと相席したかったぜ」


 ファーチェが移動したテーブルに元からいた二十半ばの細身の男。軟派な性格をしてそうな言動だ。


「残念だったな、てめえの飲み相手はオレだよ」


 他の四人がどっと湧いた。


「おいおい、ズーエルもいたんか」


「まーたアイリスちゃんにこき使われたわけだ。使用人が板に付いてきたんじゃねえかー?」


 酒を呷りながら興味の矛先がズーエルに向く。酔いどれの絡みはいつでも面倒だ。僕が標的にならないことを祈りつつ席に着いた。


 頼むものは決まり切っている。


「アップルエール!」


「アップルエールを!」


 僕とアイリスの注文が被る。互いに見合わせて笑い合った。


「アップルジュースにゃ」

「アップルジュースにゃ」


 よかった、と安堵した。これでエールを頼んだらどうしようかと実は少しハラハラしていた。


 林檎が特産でアップルエールが美味いのなら、当然アップルジュースも美味しいに違いない。


 その注文を予想していたのか、パラセリは注文から一分そこらでトレイにグラスを載せてやって来た。


「お待ちしていた」


 普通は言葉が逆だと思うんだ。相変わらず変な人で自然と笑みがこぼれる。ルートレイに来てから心の底から笑ってばかりで楽しい。刺激がない環境という刺激。ルートレイという町が心地いい。


「今日は手伝ってくれて本当の本当に助かったよ。ありがとう。みんなも困ったことがあったら言ってほしい。僕にできることならなんでもやろう! 手を貸してくれたアイリスとミアとミウとズーエル、そして僕の引っ越しとルートレイに乾杯!」


「乾杯!」


 アイリスが僕の杯とコツンと合わせる。


「乾杯にゃ」

「乾杯にゃ」


 双子はまず二人で乾杯してから、僕とアイリスとズーエルと続けて乾杯をした。


「乾杯……ってまた水じゃねえか!」


 若干名、注文に不手際があったようだ。しかしまあそれもご愛嬌。


 僕たちは竜の嘴亭にいた初対面の先客たちも交えて夜が更け込むまで酒を飲み、語らった。楽しさのあまりミアとミウをお家に帰さなきゃいけないことが頭からすっぽ抜けていたが、家が隣だという農夫のバスラが双子を送ってくれた。



 夜が深まり、星々が揚々と輝く頃、僕たちは杯を片手にテーブルに突っ伏し、幸せそうに寝息を立てて夢の世界にいたとかいないとか。



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