8.勇者なき勇者パーティーの軌跡Ⅱ
六欲天が第四天、兜率天のジェミラルニルナルとの戦闘の後、魔国と人間の領域の狭間にある不毛の荒野に倒れていた五人はとどめを刺されず放置されていた。
ジェミラルニルナルの慈悲などではない。いるべきはずの勇者がいなかったことに焦り、残存兵をすべて連れて魔王城に引き返したためだ。
継戦不能に早々に陥ったパーティーの要、ドゥーンがゆっくりと起き上がった。ヘルムから血が滴り、鎧はところどころ陥没したり融解している。
「くっ……よくもやってくれたな魔族の分際で……」
まだまだ戦えると言わんばかりに啖呵を切り、壊れた片方の盾を捨てて睨むも、敵の姿はどこにもない。
ドゥーンの精悍な顔が真っ青になり、そして激情か羞恥か真っ赤に染まる。
思い出したのだろう。自分が敵の一撃で沈んだという事実を。
闘志で辛うじて体を支えていたが、それが崩れる。
自分は負けたのだと、彼は悟った。ドゥーンは馬鹿な節があるものの愚かではない。
「だがジェミラルニルナルは明らかに他の二体より強かった……あれほど差があるのか?」
だとしたら第六天はどれほどの強敵なのか。魔王とはどれだけ強大な存在なのか。
ドゥーンは震えた。武者震いだと弁解する気も起こらなかった。
あとの四人が気を取り戻すまで呆然としていた。
皆、小さくない怪我を負っていた。
ハーネスは両腕が使用できないほどの大火傷を負い、指は何本かくっついて奇形になってしまっている。放っておけば壊死もしてしまうだろう。
先行していたアドンは籠手が破壊され、身体中いたるところの骨が折れている。問題は肋骨の1本が肉を突き破って外気に晒されていることだ。
テナは最も酷く、右脚が消失してその根元は焼けている。そのおかげで失血死はしていない。さらに右目と右耳も機能を失い、衣服も焼けて片方の胸があらわになっているが、よもやこのような状況で欲情する輩はいないだろう。
ティルフィは積極的に戦闘に参加していなかったため軽傷で済んでいる。彼女が倒れていたのは法術の使いすぎで気を失ったからだった。
「ティルフィ、回復を頼む」
ドゥーンが頼むが、それは自分のためではなかった。他の重傷を負った三人のためだった。
「ですが法力がほとんど残っておらず……気休め程度になります」
「それでもないよりはマシだろう」
納得したのかティルフィは神への祝詞を諳んじる。
「神よ、小さきものの小さき願いを聞き届け給え」
法術の詠唱は厳密には細かくあるが、利便性を取るとこの一節だけで十分なのだ。肝心なのは祈る時のその心持ちの方になる。
神の御業の極々一端が発現する。鮮やかな輝きが三人を包み、癒す。
次第に苦悶の声が小さくなり、安らかな表情で眠りについた。
「ドゥーンさんはいいのですか?」
「もう法力が残ってないだろう?俺はタンクだから頑丈だ。回復も早い」
そうですか、とティルフィは引く。
「これからどうするべきだ……」
ドゥーンがぼそりと呟いた。
敵は命こそ奪わなかったが、食糧や水、替えの武器やら何やらは強奪していった。
ここから一番近い人里まで引き返すのは馬があれば三日ほどでなんとかなるだろう。しかしそれは全員が健康な状態ならの場合だ。怪我人三人を連れてそもそも動けるか疑問になる。
この面々は仮にも人類の最高水準の猛者だ。本来なら瀕死の怪我でも動くだけならなんとかなるかもしれない。ドゥーンはそんな一抹の希望にかけることにした。
「ドゥーンさん」
普段は何も語らないティルフィが自発的にドゥーンを呼んだ。
「なんだ? 珍しいな」
妙な胸騒ぎがしていた。
「この窮地を抜けたら、パーティーを抜けさせていただきます」
「なっ!?」
惜しむらくは、胸騒ぎは的中した。ドゥーンの直感はよく当たる。
「アカリレ教では嘘をつくのは罪です」
「だがあれには同意していたはずだ!」
ドゥーンは声を荒らげる。何を今更蒸し返す? と今にも胸ぐらに掴みかかりそうな剣幕だった。
「確かに納得はしました。しかし同意はしていません。それゆえにあれは総意ではないのです」
あれ――ラインハルトの追放のことを指している。
ティルフィはラインハルトの追放について納得はしたが同意はしていなかったという。
「詭弁だ! いまさらになってそんな理由で抜けるだと!? 現状を見てみろ!」
「あの時、次の決戦が終わったら、結果に関わらず抜けると決めておりました」
激昴するドゥーンと凪のように静かなティルフィはまさに対極であった。
「ラインハルトさんの追放に同意したのは彼を戦場から離れさせなければならないとの神の啓示があったためです。決して能力不足のためではありません」
「神! ハッ! お前たちは神を前置きにすればなんでも正当化されると思ってるんだろうよ! 嘘が罪だと? 嘘で塗り固めた集団がよく言う!」
ドゥーンは宗教を快く思っていない。それは彼の過去に起因するが、それにしても異常な怒り方なのは単にティルフィの意味不明な述懐ゆえだ。今の精神状態で畳みかけるように言われれば致し方のないことではある。
「いくら止められようと、これは神のお導きなのです」
「頭のイカれた気狂いめ!」
勝手にしろ!と残った左手の盾で地面を殴る。
そうさせていただきます、と物腰柔らかなティルフィは合掌した。ドゥーンはさらにイラついたが、もう何も言わなかった。もはや交わすべき言葉は残されておらず、そもそもなかった信頼関係が完膚なきまでに瓦解した。
そしてドゥーンの胸騒ぎはまだ止まっていなかった。
勇者パーティーは初の大敗北を喫し、崩壊へとひた進む。
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