7.仲間集め 後編
次に来たのはこじんまりとした住居が並んでいる区画だった。アイリス曰く、ルートレイで人口密度が一番高いのはここだという。といっても住宅は十三戸しかないし、そもそもルートレイの人口は百人いかないくらいだそうで。あと、もう一つの食事処もここにあるらしい。
「アテってのはここにあるの?」
「はい! とってもいい子たちなんですよ。でも気に入らないでくださいね?」
「お、おう」
なんか怖かったので頷いておいた。
ここには住宅の他にもお店があり、薬屋と万事屋なんてものもある。ルートレイには月に三度ほど商人が訪れ、必要なものはそこで買い付けていると聞いた。
僕とアイリスが家々の前のそれなりに整備された道を通ると、子どもたちが一つの大き目の家から喜色満面に飛び出してきた。
「アイリスおねえちゃんだ~!」
「遊んで遊んで~」
その数ざっと十六人。すごい慕わられていた。子どもたちはあっという間にアイリスを包囲すると、服の袖やら手やらを引っ張り始めた。襟の部分も袖の引っ張りに応じて伸び、豊かなものがこぼれそうだった。本人はまったくそれを気にしておらず、微笑みながら子どもたちの頭を撫でている。天使だった。
「でもごめんね。今日は遊んであげられないの」
「えー」
「やだぁ」
「その男の人がいるから?」
「ええっ!? な、どうしてそう思ったの?」
上ずった声で反応し、その問いをした十歳くらいの少女がしたり顔で周りの子どもたちに言う。
「おねえちゃん今日はあの人とデートするからダメなんだって~」
「もう! ノルンったら!」
「アイリスおねえちゃんはぼくの!」
「行かないでよ~」
泣き出す子まで出てきて収拾がつかなくなり出した。
「ほらほら、アイリスちゃんを困らせるんじゃないよ!」
大声でアイリスを擁護したのはふくよかな体系の中年女性だった。人を見た目で判断していいというのであれば、彼女は間違いなく優しい。
「先生!」
「先生だ~」
アイリスに群がっていた子どもたちは涙を拭いて女性のもとに駆け寄る。先生、ということは子どもに何かを教えたりしているんだろうか。
「いつもありがとうございます。ミライエ先生」
「なあに、それはこっちの台詞だよぉ。まったく、アイリスちゃんを見たらすぐに出て行くもんだから」
ありがとうね、とミライエはアイリスの肩を労うように叩いた。
「あら、アイリスちゃんったら! ごめんなさいね気が付かなくて。ほらみんな、寺子屋に戻るわよ!」
そそくさとミライエは子どもたちを室内に戻し、意味ありげにアイリスにウィンクを寄越してドアを閉めていった。
「みんなして~」
もう、と頬を膨らませるアイリス。またこの流れかと苦笑する僕。
「さっき言ってたいい子たちって今の子どもたち?」
ぶんぶんと首を横に振り、
「三つ先のお家です」
コンコン。
「ごめんくださーい。アイリスでーす!」
「アイ姉!」
「アイ姉!」
ハモった声がドアの向こう側から届き、開けられる。
現れたのは頭一つ小さい二人の少女。
癖の強い淡い白銀の髪に、頭頂部から覗く獣の耳。アイリスの登場に満面の笑みになった二人の口からちらりと見える歯は牙。そして目もよくよく観察すると瞳孔が縦になっている。
獣人だ。
比較的最近まで、獣人は各国で亜人と同列の扱いを人間はしており、各国でも彼らは奴隷として存在していた。しかし、金獅種のアビリャンタという獣人の英雄が獣人の権利を認めさせるべく蜂起。十五年にわたる戦いは多くの国々を巻き込み、数多くの獣人奴隷が反乱を起こし、ようやく獣人は人間と同類であると認められた。
そういう経緯があって、実は魔王軍には獣人が多く在籍している。人間を憎む獣人が多いのは当然といえよう。
僕も獣人を相手に剣を振るったことがある。だが逆に、獣人を人里で見かけたことは今までなかった。
しかも僕が驚いたのはそれだけじゃなかった。
「同じ顔?」
「ミアだにゃ」
「ミウだにゃ」
元気よくそれぞれ手を上げながら名乗った。それにしても似ている。違いがさっぱりわからない。声も同じだし、どこで区別すればいいんだろうか。
「この子たちが助っ人です」
「助っ人だにゃ」
「なんのことかわからないけど助っ人だにゃ」
アイリスが双子の頭を撫で、双子は気持ちよさそうに目を瞑り喉をごろごろ鳴らす。微笑ましい。
「髪の毛が柔らかい方がミアで体温が低い方がミウなんです。ラインさんも触って確かめてみます?」
うーん、やってみよう。
アイリスとバトンタッチして。
さて、柔らかいのがミアで冷たい方がミウ、っと。比較できるポイントが二つあるんだ。落ち着けばきっと判別できるはず!
と思っていた時期が僕にもありました。髪の毛の柔らかさの微妙な違いなんてわからないし、どっちの体温が低いのかなんて誤差だ。
目を細めて悩んでいたら隣のアイリスがくすくすと笑いを堪え切れない様子で喋り出した。
「ごめんなさい。嘘です」
ぺろっと舌を少し出しての謝罪。可愛かった。
「目元にホクロがあるのがミアで口元にホクロがあるのがミウでした~」
それなら見分けられそうだ。見てみれば確かに片方には目元に、もう片方には口元にホクロがあった。
「でもいいの? 掃除を手伝ってもらって?」
「困った時はお互い様なのにゃ」
「遠慮しなくていいにゃ」
本当にいい子たちだ。感動で涙が出そうだ。思わず抱きしめたくなる。とか考えていたらアイリスに一瞬睨まれたような感じがしたので自粛。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「甘えるといいにゃ」
「いいにゃー」
にゃー。
僕はアイリスと双子の助っ人と飲んだくれを率いて自宅に戻ってきた。
掃除道具は町長の家から色々拝借し、準備は万端だ。
ふと、ズーエルが疑問に思ったことを言った。
「水はどうするんだ? 川から汲んでくるか?」
工房を掃除した時は桶の水を五回くらい交換した。しかもその桶も結構な大きさだったので地味に骨が折れた。
「誰か水系統の魔術を使える?」
大賢者アーガインの魔術大全をはじめとして世界的に魔術は広く知られるようになった。それと同時にスキルによらない魔術行使の手法も広まり、適性がある者なら生活に便利な簡易魔術を使える。僕は適性皆無で、アイリスも使えないと言っていた。
「悪いが俺は火系統しか使えねえ」
「使えるにゃ!」
「使えるにゃ!」
「おお! まじか! って、ファルとシアのとこの双子か。じゃあ納得だな」
「どうして納得なんだ?」
わからないのは僕だけのようだ。
「こいつらは氷猫種だ。獣人が魔装と呼ばれる魔術的なモンを扱うのは知ってるよな?」
獣人は才能がないものを除いたほぼすべてが魔装という身体強化を扱う。たとえば有名な英雄アビリャンタは金獅種で、その魔装は燃え盛る光を纏い、触れるものを消滅させる別名神の火。ちなみに金獅種は個体数が極めて少なく、目撃情報もないことから過去アビリャンタ以外には存在しないのではないかと疑う者もいるくらいだ。アビリャンタ出現以前は神話で少し出てくる程度だったらしい。
魔装というのは先に述べた通り身体強化がベースである以上、水を生成するといったことはできないと思うのだが……。僕の認識が間違っていたのか?
「ボクたちの魔装は氷を纏うにゃ」
「魔装を解くと氷が解けて水になるにゃ。でもそれは消えないにゃ」
それは賢い! 本当に強力な助っ人じゃないか。
「僕の家を掃除するのに手を貸してくれてありがとう! がんばるぞ!」
「おー!」
「おーにゃ!」
「おーにゃ!」
「…………おう」
五人もいれば遅くとも明日には終わるだろう。
さあ、開戦だ!
面白い、続きが読みたいと思っていただけたら下から評価やブクマをしてもらえると嬉しいです。