5.勇者なき勇者パーティーの軌跡Ⅰ
実力不足の勇者を追放した勇者パーティーの五人は魔王軍の幹部、六欲天が第四天、兜率天のジェミラルニルナルと対峙していた。
〈重戦士・超級〉ドゥーン・アスケイク。
〈賢者・超級〉ハーネス・リブラ。
〈神官・聖級〉ティルフィ・セイキット。
〈格闘家・超級〉アドン・バース。
〈盗賊・超級〉テナ・フィング。
ドゥーンは全身を鎧に固めた上に両腕に合わせることも分離することもできる大盾を構え、ハーネスは杖を構え長々とした詠唱を諳んじ、ティルフィは両手を組んで祈祷を捧げ、アドンは籠手を纏った手を拳にして先陣を切り、テナはジェミラルニルナルの取り巻きを一人で暗器を用いて処理している。
「アドン! 先行しすぎだ!」
「貴様が後ろから守ればいいのだよ!」
「無茶苦茶を言うな!」
「脳筋に指示しようとしたって無駄ですって」
ドゥーンの指示をガン無視するアドンと呆れるハーネス。
パーティーの連帯感は絶無だが、対魔王軍の最前線で戦い続ける勇者パーティーは個々の能力は極めて高い。並の魔族相手なら一騎当千とまではいかずとも一騎当百くらいの力を持っている。〈勇者〉のスキルの所有者がおらずとも人類の希望としてあり続けている事実を見れば明白だろう。
「第二天のバグライェーアを下したからといって我輩を舐めてくれるなよ、ニンゲン」
不自然に胴体が大きく、腕や脚もところどころ隆起しているし、手足は途中で奇妙に枝分かれしている。顔面も意味不明な配置がなされており、特に目や口が多い。ジェミラルニルナルの身体はまったく整合性がない。シルエットだけは生物的だが。
「ワハハ」
「キシシ」
「クフフ」
複数の口から耳障りな哄笑。
「先手必勝!」
ジェミラルニルナルに肉迫したアドンが歪な肉体に拳を叩き込む。
「ゼアアアアアアアア!」
「効かぬわ!」
枝分かれした腕の一つ、刀剣のような腕で羽虫を追い払うように薙ぎ払う。アドンは手を交差させ、籠手で受け、しかし受け切れず吹き飛ばされる。
「――悠久なる輝きの穿孔、聖光束砲!」
ハーネスの紡いだ魔術が杖の先端の宝珠で増幅され、光の奔流が束になって放たれる。
「グヌウウウウウうううぅぅぅぅぅう!?」
ジェミラルニルナルに直撃し、青い肌が焼ける。
「聖属性の攻撃は堪えるな」
だが、ハーネスの持つ最大火力の魔術を防御態勢を一切取らず食らい、見事に受け切った。
「私の魔術を受けてあの程度の傷!? バグライェーアの片腕を奪った一撃ですよ!?」
「言ったであろう。バグライェーア如きと同列に語るなと。して、まだ魔術を放つ輩がいるようだが?」
受けて立つと言わんばかりに腕を広げる。その威厳、威容、威圧感に勇者パーティーは一瞬怯む。
「神よ、小さきものの小さき願いを聞き届け給え」
聖職者の扱う魔術は法術として区別される。
ティルフィは神の礼讃を終え、彼女の周囲に十以上の光の球体が現出。その球から先程のハーネスの魔術に似た光線が十数本伸びる。
「神への祈りなぞ塵芥よ!」
腕の一振りでかき消される。
「フハハハハハハハハ! 我輩こそが魔王様に仕えし六欲天が第四天、兜率天のジェミラルニルナルである! 征くぞ、我らに仇名す愚か者どもよ!」
獰猛な声で名乗りを上げ、動き出す。この戦いが始まって初めて歩き出した。
ドゥーンがジェミラルニルナルの前に立ち塞がり、腰を落として攻撃に備える。
枝分かれした奇怪な腕が持ち上げられ、このパーティーのタンクに向かい振り下ろす。ただ歩いていただけなのに突如として攻撃されたが、ここまで勇者なしで来ただけのことはある。
「ぬんっ!」
左右の大盾を合体させ、受ける。
「ぬるいわ!」
化物の腕が爆裂。
炎の中からドゥーンが吹き飛び、遥か後方へと消えていった。今の衝撃で盾の片方が破損したようで、破片が吹き飛ぶ軌道上に舞っていた。
「ドゥーン!」
勇者パーティーで無敵とも呼べる絶対的な盾が予備動作がほとんどない一撃のもとに倒れ伏した。かつて戦った第一天とも第二天とも違う、圧倒的な火力と硬さ。何故第三天が出てこなかったのか僅かに疑問に思っていた彼らだが、魔王が本格的に潰しにかかってきたということだろう。
「弱い、弱いな! この程度で魔王様を打倒しようなどとは、思い上がりも甚だしい」
「効かぬのなら、効くまで攻めるのみ!」
アドンは燃え上がる闘志をもって果敢に吶喊する。
「彼我の戦力差も見極められぬ脆弱者が!」
「ゆえにこそ闘争心が滾るというもの!」
装着者の力を何倍にも増幅させ、かつ自身に結界の膜を張る骨董品のような籠手――アブーシュケリオス。効能は特別優れたものではないかもしれないが、純粋に拳を交えんとするアドンには相性抜群の代物だ。
〈格闘家〉のスキルで増幅された腕力をさらに増幅し、鋼鉄をも砕く拳をもって敵を殴る。と思いきやジェミラルニルナルの足元の地面を叩き、土煙で煙幕を張った。
「ハーネス! ティルフィ!」
頭に血が上った脳筋かと思いきや、おそらくはパーティーで最も冷静に判断ができる男だ。
魔術と法術を紡ぎ上げる二人を尻目に、
「猪口才な」
ジェミラルニルナルは目もくれず、アドンを前に無数の口を大きく開く。
「貴様が勇者か。よかろう。受けて立とうではないか」
盛大な勘違いを向こうはしており、アドンは強敵が自らを敵と認めてくれたことに高揚していた。
「我輩の猛攻、せいぜい耐え凌ぐがいい」
十分が経過した。勇者パーティーの面々は揃って無様に倒れ、それをジェミラルニルナルは凍てつく目で見下ろしている。
「この程度の輩にバグライェーアとハイペラシューヒリが敗れたとは俄かに信じがたいが。して、何かまだ隠してはいるまいな?」
「……」
ジェミラルニルナルには疲労した様子も傷もまったくなく、落胆してさえいた。
「勇者は近くにいるだけで魔族を著しく弱体化させると聞いてそのための対策をわざわざしてきたわけであるが、どれも発動した形跡がない。となるとどういうことだ? 勇者パーティーでありながら真なる勇者がいない、と?」
だがそんな馬鹿なことがあり得るのか? とジェミラルニルナルは導き出した結論に頭をさらに悩ませる。もしかしたら今し方の戦闘以上に体力を使っているかもしれない。
「それでも真なる勇者はいるはずだ。現に六欲天の二人は討たれた。この程度の雑兵が勇者の手助けなしに斯様なことはできぬはずだ。このことは魔王様に奏上しなければなるまいて」
ジェミラルニルナルはやや急いだ様子で立ち去っていった。
残された五人は苦悶の声を上げながら、不毛の地に転がっていた。
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