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4.竜の嘴




 僕は町長の孫娘のアイリスに連れられて、この町に二つしかない食事処の片方、竜の嘴亭に来ていた。外観は普通の酒場といった風体だが、なんといっても店名がよくよく見ると奇抜だ。


「ここは私の行きつけなんですよ!」


 と笑顔で言いながら両開きの扉を押し開ける。


 ん? ここは酒場だよな? この子まだ成人してないよな? この大陸ではどの国でも成人年齢が16歳だ。がんばればギリギリ届いてるかもしれないけど、どうなんだろうか。女の子が一人で酒場に行くと聞くと外聞が悪いというのはここまで田舎な土地だと通用しないのか。


「こんにちは! マスター!」


「んー、おお、アイリスちゃんじゃないかー」


 カウンターの奥から間延びした声が返る。

 現れたのはガタイのいいおっさん、ではなく不健康的な痩躯の中年だった。似合わない。


「アイリスちゃんの隣にいる男はアイリスちゃんの男―?」


「ちっ、違いますよ!」


「そこの男はあれだな、似合わねえなこのおっさんっていう顔してるな」


「え……?」


「はは、冗談だよ」


 図星だった。


「しょ、紹介しますね! 最近ここに引っ越して来た鍛冶師のラインさんです!」


「どうも、はじめまして」


 紹介されたので握手を求めて手を出しておく。


「某は竜の嘴亭の亭主、パラセリ・アヴァーンでござる。ニンニン」


「それは一体どういう?」


「ラインさん、マスターの口調はいつも変なので気にしないで大丈夫ですよ」


「変とは失敬な。由緒正しいどこかの国の間者の口調なんだよ。まー談笑するならまずは座りなさいな。こんな半端な時間だし他に客もいないから酒でも飲みながら語らおうや」


 僕は店内を見渡す。古木の丸テーブルと椅子が並ぶ中、カウンター席には人影があった。彼は客じゃないのか? あ、寝てるみたいだ。寝ている人間は客として数えられていないのかもしれないな。


 アイリスはそそくさとカウンター席に座り、僕もならって隣に腰をおろす。二つ隣に突っ伏す男。気になりすぎる。


「ほい、アイリスちゃんにはいつものアップルエールねー」


「ありがとうございます!」


「あんちゃんは何にする?」


「……おすすめでお願いします」


 考えてみたがこの店一押しのものを頼んだ方が間違いがないと思ってマスターの采配に任せた。


「どうぞ」


「あ、どうも。これはなんですかね?」


「水だよ」


「水?」


「酒なんて体に悪いだけだよ」


「ええっ!?」


 仰天びっくりした。思わずわけのわからない倒置法を使っちゃうくらいに。





「改めて自己紹介しておこうか。此方の名はパラセリ・フィーブン。ルートレイに行き着いて二十余年。細々と酒場を営んでいる冴えない中年男性さ。おい、誰が中年だって?」


 もう面倒くさい。隣を見やるとアイリスが楽しそうにエールを呷っていた。この子も大概かもしれないなと思いつつ僕も杯を呷る。忘れていたが水だった。


「んん? そういえば姓が変わって?」


「実はマスターには家名なんてないんですよねー」


「ねー」


 これがルートレイか。


 驚くべきマイペースさだ。見習うべきか、毛嫌うべきか。

 幸いなことに時間はたんまりとある。急いで結論を出す必要はない。


 今の僕がやるべきことはともかく一つ。


「マスター、ご当地のエール一丁!」





 ご当地エールというのがどうやらアップルエールだったようで、出てきてからアイリスが「お揃いですね」と乾杯した。


 僕はひと息に飲み干し、追加を注文する。

 細々と、なんて言っていたがめちゃめちゃ美味い。甘味と酸味のバランスが絶妙だ。つまみなんて要らないくらいだ。アップルエールを肴にアップルエールを飲めるまである。

 と口に出して絶賛したらパラセリは、


「今日はラインくんのルートレイ引っ越し祝いだ。お代はいらないよ。たーんと飲んでたーんと食べるといい!」


 頼んでないのに料理が目の前に並べられた。肉にパンにスープ。どれも味が深い。絶品しかなかった。

 アイリスもがつがつとその体躯に似合わぬ速度で食す。僕も負けじと食べる。気づいたら食べ物もお酒もすっからかんだった。そして気づかぬうちにお腹もいっぱいになっていた。魔法か。


「ごちそうさまでした。ただの変人かと思ったら料理の腕は神懸っていますね!」


「でしょでしょ! マスターの料理はとってもとっても美味しいんですよ! 変人ですけど!」


「……んだよ、騒がしいなあ」


 這うような低い嗄れ声が僕たちのテンションを鎮めた。来店した時から寝ていた男が起きたようだ。


「こんな時間にオレ以外に一体誰が――ってお嬢!?」


 髪が全方位に跳ねた無精髭の飲んだくれが椅子から勢いよく立ち上がった。


「こんな時間からこんなところにどうしたんです――ってもしやお嬢に男が!?」


「違いますってば!」


 もー、とアイリスは頬を膨らませる。


「ズーエルさんまで同じようなこと言わないでください!」


「こりゃ申し訳ねえ」


 ズーエルと呼ばれた男は頭に手を当て首をすくめた。


「あ、ラインさん、彼はズーエルさん。ズーエルさんはね、ええっと、その……」


「オレは仕事なんざしねえのさ。ビバ、ワークレス!」


 道化のように両手を広げ、アイリスにジト目で見られると体を徐々に竦め始めた。どういう力関係なんだ。


「無職っていえば無職なんだが、実際は村長のところの使用人をやらされてる」


「やらされてる?」


「させていただいてるわけだ」


 そういう力関係だったか。


「そういえば村長の屋敷大きかったし、使用人もいるってことは貴族だったり?」


「ううん。まさか。ズーエルさんはおじいちゃんが気に入って居候させてて、その見返りに使用人っぽいことをしてもらってるだけなんです」


「手厳しいねえお嬢。あ、パラセリ! 水くれ水!」


「あいよ」


 ズーエルは水を飲み干し、口端から零れた水を手の甲で拭う。


「やっぱりルートレイの水は格別だねえ。パラセリ、ほれ」


 懐から出した硬化をカウンターに滑らせて支払う。


 ズーエルはふらふらと僕の方に来て握手をするのかと思いきや手の平をまじまじと観察し始めた。


「ラインっつったっけか。お前さん、剣士だな?」


 そう尋ねる目は先程までの剽軽な態度とは打って変わり、ものを見定める冷たい目をしていた。


「い、いいや、僕は鍛冶師だすよ?」


 滅茶苦茶動揺した。

 それでもなんとか誤魔化そうと真顔でズーエルの目を見返す。


「…………おいおいまじかよ。恥ずかしいなあおい!」


 悪い悪いと軽率に謝ってきた。嘘を吐いた僕も悪いので責められない。


「鍛冶師……そんな手はしてなかったけどな」


 ぼそっと呟いていたのを、僕は気付かなかった。







 竜の嘴亭を出た頃には、日は落ちかけていた。

 竜の嘴亭の名前の意味を聞こうと思っていたのを忘れていた。また今度聞くとしよう。


「さようなら! また明日~」


「今日はありがとね」


 アイリスは見えなくなるまで手を振り続け、応えないのも悪いと思って僕も姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


 帰ってから、唯一掃除が終わった工房に自然と足が向き、当然のように鍛冶の練習をしようと火を焚いたところで槌も何もないのを思い出し、勝手に落胆していた。

 寝具もなく、床で寝るのは固すぎる。


 迷った挙句、僕は庭で夜を越した。







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