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31.戦況②


ラウザント、ランギュムント、キルナーマフマスら最前列組より一列後ろに配置され、最前列組の取りこぼしを処理する部隊は、パラセリの後列より多くの魔獣の対処にあたっていた。

その部隊は氷猫種のミュクスをメインに、魔導師のマーズと付与術士のユオリの三名で構成されている。

ユオリが後方支援部隊ではなく中列に配置されているのは、最も強力なバフをかけられるためである。距離が遠ければ遠いほど効力が少なくなったり、そもそも付与ができなくなったりするからだ。


「皆さんに付与術をかけ直しましたわ」

「無事にかかってるわね!もうひと踏ん張りよ」


先端に宝玉を頂く杖を掲げながら氷の魔術を放っているのはマーズだ。彼女は水系統の魔術より火系統の魔術の方が得意なのだが、あえて氷の魔術を使用しているのはともに戦っているミュクスと周囲への被害を鑑みた結果だ。火系統の魔術を使えばより簡易に魔術を一掃できるものの、木々に燃え移れば最悪ルートレイが炎上しかねない。


「グルぉぉぉぉお!」


ミュクスは氷の大爪を両手両足に纏い、三体の魔獣と対峙している。

俊敏な動作で獣を翻弄し、凍てつく爪で一体の首を掻っ切った。


「っと、危ない。助かったマーズ」

「お安い御用さ」


魔獣の一体がミュクスの死角から突進をしかけてきたが、マーズの氷柱が突き刺さった。


「お見事」

「ユオリの強化がなけりゃアタシの腕じゃここまでできないさ」


残った一体もミュクスとの睨み合いの末、凍りついて絶命した。


「一丁上がりっと。これでひと休憩さね」

「そうですね。ミュクスさん、マーズさん、今のうちに食事を」


ユオリは先ほどウィンケルから届けられた糧食をそれぞれに手渡した。


「ありがたい」

「いただくわ」


ミュクスもマーズも早速かじりつき、咀嚼する。


「わたくしはラウザントさんとランギュムントさんとキルナーマフマスさんへの付与をかけ直しますわ」


ユオリが付与術を再発動しようと準備を始めたその時。

奥から忙しない音と息切れの吐息が聞こえた。


「キルナーマフマスさん?」


その発信源は下半身が大蛇のラミア、キルナーマフマスであった。

顔面は蒼白としており、危機迫った様子が伺えた。

最前線で何か問題が生じたことは明白だった。


「はぁ、はぁ……まずいまずいまずい!最悪の事態だ!報告通り、迷企羅のアミュタユスが出た!」

「迷企羅のアミュタユス……魔王軍の幹部クラスか。しかしなぜこんな僻地に」


一瞬で平らげたミュクスが口の端を拭いながら問うが、誰がわかるはずもない。


「ラウザントとランギュムントがワタシに伝令を託してヤツと戦っている……!戦っえはいるが、あのラウザントですら厳しいだろう」

「迷企羅のアミュタユスとはそれほどなのか」

「魔王軍の幹部級、十二夜叉大将の一人ともなればB級冒険者が二人いたとしても相手にもならないだろうね。といっても受け売りだけど」


マーズは冷静に言うが、内心は穏やかでなかった。


「パラセリを呼んでくれと。パラセリがいればルートレイは持ちこたえられるはずだ」

「だがいまパラセリを持ち場から離れさせればルートレイに魔獣がなだれ込む」


アミュタユスに対するルートレイ側の現状の切り札はパラセリしかいない。しかし、そのパラセリを動かせばルートレイは崩壊する。


「キュリアスの冒険者たちはまだ到着しないか」

ミュクスは頭を掻く。増援は近くまできているがまだルートレイにはいない。

「ワレらがいくしかない、か」

「アタシたちがいったところで焼け石に水ね。ミュクス、世の中にはどうにもならない化け物がいるのよ」

「じゃあ何か、ラウザントとランギュムントを見殺しにすると!?アイツらに死ねと言うのか!?」


今にも掴みかかりそうな気迫のミュクスに対し、


「ミュクスさん、落ち着きなさい。マーズさんの言い方も褒められたものではなかったですけれど、わたくしたちが力添えしたところで死体が増えるだけでしょう。それが本当に迷企羅のアミュタユスであるならば」

「何もしなければどの道ルートレイは迷企羅のアミュタユスに蹂躙される。なら、ワレは戦う」

「お子さんはどうするのです?」

「氷猫種ならば、その誇りにかけて友を見捨てたりは決してしない。ましてや友に背を向けて逃げ出すなど」


そう言い残して、ミュクスはラウザントとランギュムントの持ち場の方に走り去ってしまった。


「ワタシはこのまま他のところにも伝えに行く」

「ならばその前に付与をかけ直しましょう」

「ありがたい」


ユオリはキルナーマフマスにかけていた強化をし直す。

完了すると、キルナーマフマスは補給基地へと疾走していった。


「どうする、ユオリ」

「わたくしたちは役目をまっとうしましょう」


魔獣がなだれ込めば、迷企羅のアミュタユスなど関係なくルートレイが跡形もなくなってしまう。ゆえに二人は持ち場に留まり、通り抜けようとする魔獣を阻止する本来の役割を担い続けた。





僕とズーエルは切り株に腰掛け、焚き火を囲っていた。

傍らにはズーエルの仕留めたクラッター・ボアの死骸が転がっている。その体には無数の切り傷が痛ましく残っていた。


「なあ、鍛冶師の小僧、そろそろやる気になったか?」


ズーエルが剣についた血をボロ切れで拭いながら問うてくる。

僕らはパラセリの後列の配置だ。

聞くところによるとパラセリのスキルはこんなところにいるのがおかしいくらいには強力らしい。果たして僕が言えることなのかは置いておいて。

そして、そのパラセリの後ろ後列非常に少ないがパラセリの包囲網で捕らえきれなかった魔獣を処理するのが主な役目だ。


しかし既にパレードの始まりから三日が経っているが、一日に三体程度しかここには来ない。そして今のところすべてをズーエルが始末している。


「過去に何があったのか詮索するつもりはねえよ。ルートレイに外から来るやつなんざワケありしかいないからな。といっても犯罪者は町長が入れねえから、大抵がお貴族の逆鱗に触れただとか、仲間に裏切られて嫌気が差しただのだ」


だとすれば、だからこそルートレイの人々は温かいのだろうか。


「けどな、そんなことはどうでもいいんだ。肝心なのは今だ。そうだろ?」

「それはそうかもしれないけど、誰でも簡単に割り切れるものじゃないよ」

「けっ。だからお前は小僧で十分なんだ。一人で勝手にのたれ死ぬ分には知ったこっちゃねえが、アイリスちゃんを泣かせてみろ、オレがぶちのめしに行くからな」

「……そんなことはさせないさ」


彼女を泣かせるような真似がどうしてできるか。ズーエルもそれがわかって言っているんだろうけど。


「ったく、子守りなんざ町のガキどもで手一杯だ。こんなデカいガキのお守りをさせられる身にもなってみろ」


ズーエルはボロ布を横に置き、剣を鞘に収めた。明らかに面倒くさがっている表情をしている。


「次こそは頼んだぞ。オレは手を貸さないからな」


そんなことを言って、ズーエルは先程も代わりに対応してくれていた。


僕は事ここに来てなおも剣を振るう決心がついていなかった。

試しに柄に手をかけたが、指先が頼りなく震えていた。


こんな体たらくで。

こんな有様で勇者だなんてとんだお笑い種だ。

情けなさすぎて泣けてくるくらいだ。


それでも、もしも目の前でアイリスが危険に晒されるようなことがあれば、その時は剣を抜けるだろうか。即答できる自信がない。


あるいは僕は戦いから逃げることはできないのかもしれない。


そうなのだとしたら。

それが〈勇者〉の定めなのだとしたら、


僕は――――。






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