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3.強敵と相対す




 まずは掃除だ!


 やる気満々で始めようと思ったのだが、そもそも掃除用具がなかった。いや、あるにはあるんだけど、柄が折れて埃を被ってカビとキノコが生えた箒くらいしかない。掃除用具というよりゴミでしかなかった。あとで焼却処分しよう。


 どうしよう。箒とかはたきを買って、他所からぼろ布でも頂いて雑巾にするか。


 僕は半年くらい前まで勇者パーティーで勇者をやっていたが、出自は田舎の農村だ。掃除をするのは久し振りだが、なに、時間はたっぷりある。


 時間がたっぷりあるといったら、生活が落ち着いたら両親に会いに行くというのも悪くないかもしれない。


 埃まみれで木材の隙間から雑草が伸びている家の中で今からすることとか今後の予定とか色々考えてぼーっとしていると、腐っているのかと勘違いしそうになるドアをノックする音が聞こえた。


「ごめんくださーい! 新入りさんいますかー?」


「!? はい!」


 びっくりして反射的に返事をしてしまった。


 返事をしたからには出ないわけにもいかない。別に出るのを渋る理由もないしいいか。

 素直に出ることに決め、開扉。


「はじめまして、新入りさん!」


 花のように満面の笑みを浮かべる少女がそこにはいた。淡い金色の長髪と大きな青い瞳。髪から覗く耳はほんの少し尖っているように見える。

 それに人懐っこい美貌が相まってなんとも魅力的な少女だ。

 この子はだいたい16、17歳くらいだろう。顔だけを見たら15歳程度にも見えなくもないが、体がそれにしてはやけに発達しているなあ、と。


 いかんいかん。初対面でなんてことを考えているんだ。


「私は町長の孫のアイリス。これからよろしく!」


 こんな辺鄙な町にも貴族とかっているんだろうかと思わせるような上等な服に身を包んだ少女アイリスが手をこちらに差し出した。


「あ、ああ。よろしく。僕はラインハ……ライン、ただのラインだ」


 握手を交わす。


 勇者ラインハルト・リューネルは死んだ。ならばもうラインハルトと律儀に名乗らなくともいいだろう。変に勘繰られるかもしれないし。


「タダノラインさん?」


「違う! 家名がないってこと」


「えへへ、わかってますよー」


 んー、ペースが掴みにくい子だ。


「私はただのアイリスじゃないんです」


「だろうね」


 町長にはルートレイに足を踏み入れた時に会っていくらか話した。町長はその時ユリヌス・キューファビエと言っていた。ということは、


「アイリス・キューファビエ」


「正解!」


 本当によく笑う子だ。この笑顔、守りたい。


「ラインさん、上がってもいいですか?」


「あ、いや、それは……」


「お邪魔しまーす!」


 渋ったワケを説明しようと思ったら、アイリスは聞く耳もたず入ってきた。時すでに遅し。


「え……」


 絶句していた。この町に住んでいるならこの惨状も理解していそうなものだが。


「ラインさんラインさん、これは……」


「掃除しようと思っていたところなんだけど、道具がなくて」


 頭を掻きながら年下の少女を前にうな垂れる憐れな男の姿がここにはあった。


「うん、うん。よし!」


 小声で何かアイリスが言っていた。


「わかりました! 不肖この私、お力添えいたしましょう!」


「……いいの?」


 猫の手も借りたいくらいだからありがたさしかない。天使か。


「はい! そもそもここに来たのはおじいちゃんがきっと困ってるだろうから助けに行ってあげなさいって言ったからなんです。だから助けちゃいます!」


 なんて温かいんだ。神に祈りを捧げたくなった。無宗派だけど。無神論者ではないから悪くはないかな。


「じゃあ掃除用具持ってきますね! ちょっと待っててください!」


 素晴らしきかな、人生。









 アイリスが箒やら何やらを大量に抱えて再び来訪した。その華奢――華奢というか結構グラマラスな感じがなくもないが腕や脚は細いし華奢と表現しても差し支えはないしごにょごにょ――な体格でよくそんなに大量の荷物を抱えられるなと感心した。どこにそんな力があるんだ。


「ではやりましょう!」


 意気揚々に箒を掲げる。最初にドアを叩いた時の可愛らしい装いとは違い、そこそこ使った跡が見える割烹着姿だった。これもこれでなかなか……。


「ラインさんもはいっ!」


 アイリスが僕に雑巾を渡してくれた。服はもうけっこう汚れてるしこのままでいいか。終わったら新調しよう。


「まずはどこからお掃除しましょうか?」


 上目遣いで僕の顔を覗き込むように尋ねる。理性が素晴らしい働きをした。


 僕は迷わず答えた。


「工房だね」







 煤まみれの炉が存在感を放つ。周囲に金属を鍛える時に使う台やら何やらが乱雑に置かれている。よく見ると槌やら桶やら、さらには剣や盾といった武具まで散らかっているが、驚くほど錆びているし埃を被っている。槌も桶も使えやしないだろう。金属は表面を削れば練習用くらいにはなる。


「ラインさんってそういえば鍛冶師なんでしたっけ?」


「ああ。まだまだ駆け出しのひよっこだけどね」


「男の子だったらこう、剣を持って戦いたいとか思うものじゃないんですか?」


「……誰もが英雄を夢見る少年じゃないってことかな」


「現実ばかり見すぎてもつまらないですよ!」


 戦いです! と箒を掲揚していたずらっぽく笑った。


「何にせよ、ある意味戦場よりきつい戦いになりそうだな」


「腕が鳴ります!」


 ふんす、とアイリスは鼻をぴくぴくさせ、埃まみれの戦場に勇み足で踏み込んでいった。

 僕は先陣を切らず、少女の背を追った。









「終わったー」


「終わりましたー」


 アイリスはだいぶ綺麗になった床にぺたりと座り込み、僕は壁にもたれかかっていた。達成感がすごかった。強敵だったが倒し切った。僕たちの勝利だ。


 とんでもなくしつこい汚れとかは残念ながら落とすころができなかったが、それは今後どうしても気になったらなんとかする。元の惨状から考えればまっとうと呼べる水準にまで達したので重畳だろう。


「まさか六時間もかかるとは思いませんでしたよぅ」


 もうへとへとです、と倒れ込む。割烹着越しにもわかる暴力的な胸部がことさらに強調される。目のやり場に困ると普段通りなら思いそうなものだが、僕も想像以上に疲れている。


「お腹も空きましたし、何か食べに行きましょう!」


 勢いよく起き上がり、


「善は急げです!」


 と掃除用具をほっぽって僕の手を引く。


「ちょ」


「……? あっ! ごめんなさい!」


 アイリスが頬を紅潮させながら慌てて手を離した。まだ結構元気残ってるな。


「たっ、他意があったわけではなくてですね? その、あの!」


「一旦落ち着こう? ね? 深呼吸深呼吸」


 吸って、吐いて、吸って、吐いて。


「落ち着きました~」


 それはよかった。


 にしてもたしかにお腹が空いたな。


「食事処への案内をお願いしても?」


「もちろんです!」


 笑顔が咲く。


 ほのぼのとしていて実にいい。これからこんな生活が続くのだと夢想すると晴れやかな気持ちになる。


 今から始まる僕のスローライフに乾杯!





評価及びブクマありがとうございます。続きを読みたいと思っていただけたら是非とも評価をお願いします!誤字脱字等のご指摘もお待ちしております笑

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