29.仕掛け人
思ったより久々の投稿で見ていただけたなあということで筆が乗ったので連日投下します。
キュリアス最強の冒険者、ルーファス・エルエスが金獅子の二つ名で呼ばれるのは彼の輝く金の頭髪と、二本の光剣を牙に見立ててその麗しい見た目とは裏腹に苛烈な様が獅子に見えることから名付けられた。
だが、それは皮肉というか、彼の根源を的確に言い表した呼称であった。
キュリアス唯一のA級冒険者、金獅子のルーファス・エルエスはかの獣人の英傑、金獅種のアビリャンタを祖父に持つ。四分の一が獣人であるクォーターである。
二本の光剣はスキルではなく纏爪牙で、それがたまたまそれっぽく見えないというだけだ。
ルーファスは祖父の獣人としての卓越した能力を母より色濃く受け継いでいた。
たとえば嗅覚もそうだ。
「魔獣の気配が多すぎる……」
彼は道に残された魔獣の足跡から憂慮していたわけではない。ルートレイに近づくにつれ濃厚になる魔獣の臭いから警鐘を鳴らしていた。
かつてしのぎを削り合った戦友、ラウザントを思う。
ラウザントはキュリアスで唯一ルーファスと手合わせのできる相手だった。
とはいえ彼は長らく前線を離れ、年に一回起こるスタンピードの時のみ愛刀を振るう。
だから年々腕が衰えているはずだ。
そんな中例外的なスタンピードが発生したとなると、ラウザントでも対処し切れるだろうか。
ルーファスですら魔獣をいっぺんに相手するのは良くて百体が限界の限界だ。
現時点で三百体近い魔獣の臭いを嗅ぎ取っているルーファスには、バンスの慰めは無意味だった。
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ラウザントは三日間、ほとんど休憩をすることなく最前線を張り続けていた。
既に百近い数の魔獣を、握り続けている刀で屠っている。
いまも獣の血を浴びながら刀を振るっていた。
「クソ!いくらなんでも多すぎだろ!」
もう何度吐いたかわからない悪態をつく。
いつも通りであればとっくに終わっていただろう。
「なにのんびりしてやがんだルーファスの野郎」
ラウザントの刀は燃えるような真紅だ。それは返り血で赤く染まったわけではない。
魔刀コペルニクス。
世にも珍しい魔性の武具であり、刀は血を啜り、所有者を回復させる。
ゆえに、ラウザントがキュリアスで冒険者をしていた頃は血狂いという恐ろしい異名で呼ばれていた。
彼がほとんど不眠不休で戦い続けられるのは魔刀によるところが大きい。ただし、肉体が回復するといっても、メンタルは戻らない。三日も戦い続けるのは尋常ではないのだ。
彼が倒れれば前線は崩壊し、ルートレイごとおさらばだろう。
「ふざけやがって……あ?」
森の奥の方からふと、ただの魔獣のものとは思えない強烈なプレッシャーがラウザントにかかった。
「これが、つまり、迷企羅のアミュタユスか?」
常軌を逸した圧迫感は並大抵のものではなかった。
魔王軍の十二夜叉大将の一人であると言われれば納得せざるをえない存在感が闇の中にはあった。
ラウザントの近くでともに前線を張っているリザードマンのランギュムントとラミアのキルナーマフマスの手も一瞬止まった。
「なんだこのただならぬ威圧感は……」
「ただの魔獣じゃあないわね」
「ご明察」
「ケダモノごときと一緒にされては堪らんよ」
真っ暗な木々の間から姿を現したのは成人男性の半分ほどの背丈しかない奇妙な人影。人間的なパーツこそあるものの、シルエットが不気味であった。
頭は二つ、螺旋を描くひとつの首から生えている。肩から腕と足が伸び、胴体が二つ交差している。そしてそれは浮いている。
「お前たちに用はない」
「邪魔をするな」
耳障りな声を出しながらアミュタユスはふわふわと移動する。見た目は気味が悪いだけで強大な力を持っているようには見えない。だがラウザントたち三人の経験に裏打ちされた感覚は離脱を強く警告していた。
「こ、ここを通すわけにはいかねえなあ、化け物。それとも何か、このラウザントを英雄さんにでもしてくれるつもりか?」
動けないランキングとキルナーマフマスをよそに、ラウザントは中段に刀を構える。
「まったくニンゲンとは愚かな生き物だ」
「勝てる道理のないものを相手に逃げぬとは」
アミュタユスが耳障りな甲高い指笛を鳴らす。それは耳を塞がなければ聴力を一時的に失うほどの大音声だった。
森の奥から数多の魔獣がアミュタユスの元に駆け寄る。
従順な獣たちはアミュタユスの継ぎ接ぎの手で捕まれる。すると、魔獣は手のひら大のボールに変形した。何体かを変形させただろうか。そうするとボール同士を混ぜ合わせ始める。
「行け、ケルベロッタ」
「あのニンゲンどもを食え」
アミュタユスの手から投げられたボールは、その手を離れると徐々に形を変え、肥大化していく。
そうしてラウザントたちの前に出現したのは五つの首と二十本の足を持つ狼。首が並んで生えている以外の配置はめちゃくちゃだ。
「な、んだこりゃ」
「なんとおぞましい」
「狂ってるわ」
異口同音に錬成された狼の異容を見て絶望する。
見た目もさることながら、それが虚仮威しでないことを認めざるを得ない迫力がある。
「おい、ランギュムント、行けるか?」
「拙者を誰だと思っている?リザードマンには守るべきものを背に退くような臆病者はいない」
「だろうな。キルナーマフマス!お前は誰でもいい、誰かに伝えろ」
「ワタシにここで退けと?」
キルナーマフマスはそう言うが、それが虚勢であることは自分が一番理解していた。
「パラセリが来れば戦線は保てる。安心しろ、パラセリが来るまでは倒れねえさ」
普段はだらけているラウザントの覚悟を認めたキルナーマフマスは蛇の尾で三度地面を叩くと、颯爽と駆け出した。
「さあて、やるぞ」
「負ける気がせん」
ランギュムントも無骨な大剣を構える。
ケルベロッタのギョロりとした血走った目は今にもこぼれ落ちそうだ。噛み合わせの狂った口からはとめどなく涎が溢れている。
五頭狼が三本の前足を同時に動かすと、一息で二人の前に迫った。
背中から生える五本の足がまとめて襲いかかる。
ラウザントは卓越した剣技で捌き切るが、己の身を守るので手一杯だった。
「ぐぬぅ」
ランギュムントは薙ぎ払われた一本の足の爪をその身に受ける。強固な皮膚で守られているリザードマンの肩に一閃。
「雑兵よりはマシな程度ではありそうだ」
「いい素材になりそうだ」
アミュタユスは死んだ表情のまま笑っていた。
書き溜めはしていないので力尽きたら何日か置きの投稿になるかと思います(さすがにもう4年は置かないはず……)
評価もブクマもしていただけると安直にやる気に繋がるので、
続き書けと思ってもらえていれば是非に。




