24.勇者なき勇者パーティーの軌跡Ⅴ
「つまり、第四天の兜率天ジェミラルニルナルを相手に、パーティーの一人を戦えぬ体にされた上で敗走してきた、というわけですな」
荒野の民の長のスーザンが確認のために復唱する。聞くドゥーンは苦々しい表情のまま頷くしかなかった。
荒野の民は褐色の肌に大海のような瞳を有する。そして慣習で刺青を体に入れ、これの有無で一人前か否かが判断できるという。
また、刺青の量はそのまま強さを示し、多ければ多いほどこの集落で力を持っているということになる。腕っぷしに限らないらしいが。
スーザンは全身に呪術めいた刺青が駆け巡っており、長は代々この刺青を継承し、来るべき時に然るべきものが発動するという口伝がある。
刺青は剥き出しの足から綺麗に剃った頭部まで余すところなく施され、目玉や舌にまで見受けられる。もはやその姿は僧侶のようですらある。
荒野の民はアカリレ教のみを正統な宗教として認めてはいるが、信仰はしていないという不思議な民族だ。彼らは宗教を否定こそしないが無宗教である。
強いていえば勇者を神聖視しているくらいだろうか。
荒野の民は合理主義で、夢想をしない。
現実に足をつけて生きている。
先代勇者パーティーから荒野の民の話を聞いた学者が「世界で最も先を行く人類」と手放しに称賛するほどであった。
哲学や芸術にも優れ、今二人がいる部屋にも絵画が飾ってある。無彩色だけで描かれたそれは人間の喜びと恐れを同時に想起させるような代物だ。
「たしかにあなた方は勇者なのかもしれませんが、やはり<勇者>ではなかったようですね」
「それはどういう?」
「なに、単純な話です。魔王軍を滅ぼすには<勇者>がいなければ不可能なのですよ」
ドゥーンは眉間に皺を寄せた。
「まさかご存知ないとは。これは参りましたね。想定外です」
齢六十はいっているであろうスーザンはその柔らかな物腰をそのままに失望したような眼差しをドゥーンに向ける。
「まずこの話をしなくてはならないようですね。<勇者>スキルの能力を」
§
アドン・バースは格闘家である。
それはスキル<格闘家・超級>を持っていることとは関係なく、生粋の格闘家なのだ。
アドンは流浪の旅人の父のもとで育った。母親の顔は知らない。
アドンの父は大道芸人だった。
大道芸人、とは彼の父が自称していただけで、日銭は冒険者稼業で稼いでいた。
アドンは冒険者としての父のことを尊敬していた反面、大道芸人としての父をひどく軽蔑していた。
アドンの父親、アレックスはアドンに耳にタコができるほど繰り返し言っていたことがある。
「いいかアドン、争いの絶えない世界だからこそ、人々を笑わせるんだ」
アドンはそう言われるごとにムッとして、
「父さんは人を笑わせてるんじゃない、笑われてるんだ」
と子どもながらに反論し、アレックスは面白いこと言うなあと笑っていた。
父親は冒険者をやっている人間にしては稀有な温厚な人物だった。
そんな人柄でありながら戦い方は武器を一切使わず、苛烈に攻めるという戦闘スタイル。得物を使用しない冒険者は温厚な冒険者よりさらに珍しい。
それでありながら実力はB級と一流。
鬼拳のアレックスといえば、長年冒険者をやっているものであれば誰でも知っているほどだ。
そんな父のもとで育った堅物のアドンは父と旅をしながら格闘術を習った。
圧倒的な才能と教え上手な父親のおかげで、十五歳になる頃には父と比肩するほどの力をつけていた。
アドンはしかし、なおも力を求めた。
父のポリシーには一度として賛同することなく、我が道を往くことを決めたのはそれからわずか一年後のことであった。
次の都市に移動する道中で野宿をすると決め、火を熾している時に述懐した。
「そうか。それがお前の選択か」
それ以上何も言わず、言葉の代わりにあるものを餞別として渡した。
それはアドンが今もなお愛用している、装備者に結界を付与する籠手だ。
アドンはそれを見て驚愕した。
勇者パーティーに属する人間の装備品としては心もとないが、一冒険者からすれば並大抵の代物ではない。
「今のお前なら驕ることはないだろう」
翌朝、目覚めたアドンのもとにアレックスはいなかった。最低限の荷物だけを持ち、残りをすべてアドンに任せて。
その中にお金がなかったのは、アドンがこの時のために密かに貯金していたのを知っていたからか。
それからアドンは研鑽に研鑽を重ねた。
彼は一ヶ所に留まることはなく、強者を求めて各地を回った。
時には敗れることもあった。
大陸最東端にある独自の文化を築く島国出身の剣豪トゥーマ・マラサイ。
南方の小国の奴隷闘技場で無敗の狂戦士レーダス。
アカリレ教と信者を二分するプシュカー聖王国の姫騎士メリトリア・ミュー・プシュカー。
ケヤソーム皇国の城壁と称えられるドゥーン・アスケイク。
敗北を知ったアドンは腐ることなく、慢心することもなく邁進し続けた。
毎年開催されるユステナス闘技大祭で七連覇という快挙を成し遂げた彼にかけられた声は、魔王を倒すべく結成される勇者パーティーに手を貸してほしいという内容だった。
アドンは二つ返事で了承した。
己の力を磨き、さらなる高みへと至るために。




