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23.忍び寄る脅威


「今回はまずいかもしれぬ」


 重い空気の中、町長が吐き捨てるように言った。


魔獣行進パレードの規模が既に過去最大級のものになっているとの伝令を昨日ミーシアが受けた。なんでも先週に東の山を越えてここまで来ようとしていた王都でも有力な商人の一団と連絡が途絶え、その捜索のために遣わされた部隊も消息不明となったらしい」


 ミーシアが今ここにいないのは、マクリリム本国からの伝令の処理に忙殺されているからか。


「その後、諜報部を使って何が起きているのか情報を集めた結果、現在東の山脈に多くの魔獣が集結していて、その数およそ千」


 当然どよめいた。


 過去最大の魔獣行進が千二百。平均が三百から四百というのだから、その規模の巨大さは言うまでもない。


「しかもどうやら山以外にもまだいるらしい。おかげで他の都市では魔獣被害が最近ほとんどねえらしいが、とんでもねえしわ寄せだな」


 超然と言い放ったラウザントは耳をポリポリと掻いた。


「農者と子どもはただちにルートレイから避難せよ」


「そりゃないぜイワリフさん!」

「そうだそうだ!」

「おれたちだって少しは役に立つ!」


「雑魚を庇いながら戦える数じゃねえ。大人しく荷物まとめて行きやがれ」


 農夫たちはなおも食い下がったが、ラウザントはイラついたように睥睨した。


「ガキと女を殺したいのか?魔獣に食われるくらいならオレが介錯してやろう」


 ラウザントの覚悟と町長の表情を見て諦めた。


「おいおい、なんて顔してんだ。イワリフさん、あんたも避難するんだよ」


「なんだと」


「年寄りも邪魔だ。老兵はただ去るのみだぜ」


 意味が違うが、突っ込む人はいなかった。


「避難する方がリーダーが必要だろうよ。耄碌したか?」


「いつまで経っても口の減らぬ小僧だ」





 こうして戦う力を持たない――といっても彼らはD、C級冒険者相当の実力があるのだが――彼らは食糧やらをまとめ、西にある最寄りの都市への避難を開始した。


 僕は避難するグループに入ろうと思ったが、ラウザントに引き留められた。


「どういう了見だ?ええ?」


 なんならキレていた。


「僕は剣を握るつもりは……」


「んな悠長なことほざいてる場合か。剣を握れねえなら槍を、槍を握れねえなら弓を持て。それがだめなら素手でやれ」


 僕だけ逃げるなんてことが許されないのはわかっている。だが、僕はもう……。


「てめえの工房もパァだ」


 工房が消えるというのには心を動かされたが、次の言葉で僕の身の振り方は決まった。


「アイリスも戦うぞ。女に任せる気か?」


「……僕も、残るよ」


 ラウザントは湿っぽい笑みを湛えた。最初から勝ち目のない口論だった。切り札が強すぎる。


「推測だが、魔獣行進はもう三日後には起こるだろう。三日あれば問題ないな?」


「ブランクがあるんだが?」


「なんだ、剣を握る気になったのか」


「戦闘そのものだよ。もう三ヶ月もしてない」


「三ヶ月ごときで泣き言言うなよ。体が覚えてるもんだ」


 話はおしまいだとラウザントは背を向け、自宅へと戻っていった。


 ふと、アイリスが視界の端に映った。向こうも同じタイミングで気づいたらしく、手を振ってきた。


「ラインさん、頑張りましょうね!」


「あ、ああ」


 普段通りな反応すぎて僕が不自然になってしまった。


「安心してください!私こう見えても結構強いんです!」


 ふん、と力こぶを作って見せるが、華奢な女の子の腕だ。


「ラインさんに怪我はさせません!」


「そうくるか」


 そんなの、やらないなんて言って逃げられないじゃないか。


 スキルの伸びしろがなく、結局本当に<勇者>のスキルなのかも疑問視しながら戦い続け、戦力外通告を受けてからはもう諦めた。最初はまだ意志があったのだが、段々とそれも消え、戦いそのものに嫌気がさすほどになってしまった。


 剣を握れないんじゃない。握りたくないだけだ。わかってるさ。わかってはいるんだ。


「無理はしなくてもいいんですよ?」


「はは、さすがに千体も魔獣が来るなら無理しないとな」


 ここはアイリスも避難しなよと言うべきところなのは理解しているが、意地でもルートレイに残って戦うと言ってテコでも動かないのがなんとなく想像できた。


 それでも僕は結局言った。


「アイリスも避難しなよ」


「ラインさんこそしたらどうですかー」


 危機的状況にもかかわらず、小悪魔的な笑顔のアイリス。意外と肝が据わってるな。


「ここは私にとってとっても大事なところなので守ってみせます!」


 だろうな、と思うと同時に彼女にとってルートレイがどんな場所なのか、僕は改めて尋ねてみた。


「大事な居場所です……」


 曖昧に答えたアイリスの顔がどこか儚げだったのは、見間違いではなかったはずだ。





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