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17.勇者なき勇者パーティーの軌跡Ⅳ






 荒野の民の集落は、不毛の大地にありながらかなり高い文明レベルに達している。あるいは不毛の大地ゆえかもしれないが。


 魔獣や乾いた風や砂塵を防ぐために集落外縁にそびえ立つ壁は高さが四コーン(約四メートル)にもなり、さらに内側にはもう一枚壁がある。こちらは二コーンほどだ。


 月に一度ほどしか降らない雨は貴重な水資源であり、貯水のシステムが発達している。

荒野の民という名とは裏腹に、彼らは水系統の魔術を得意とする。


 貯水池と彼らの得意魔術のおかげで、荒んだ地に作られた人里でありながら下手な土地よりも水が豊富だ。


 また、砂から石に変化させる土系統の魔術もお手のもので、ほとんど何もない土地であるにもかかわらず石造りの住居が軒を連ねている。


 さらには外の気候とは異なった環境を作り出すことで農耕を可能にするプラントという施設もある。魔術師の中でも結界師と呼ばれる結界魔術専門の術師たちの手により形成、維持されている結界内部で作物を育てている。


 初めてここを訪れた勇者パーティーも感嘆し、これほどの技術を持ちながら国ではほとんど知られていないのを疑問に思っていた。


 答えは簡単なもので、彼らは勇者以外――たとえ王侯貴族であろうと門を開かない。しかし対魔国ユステナス同盟とは連絡を取り合っており、彼らはなんとかここまで逃げられたものの、同盟にその旨が連絡されるのは必定であった。


 ドゥーンは高野の民の長スーザンと顛末を話すべく話し合いの場を設け、テナは急いで治療を施された。


「ほんとに抜けちまうのか」


「はい。神のお導きですので」


 ティルフィは数日分の食糧や水を受け取り、荒野の民の厚意で地蜥蜴という荒れた大地を踏破するのに適した馬代わりの足をもらい、鉄門の前で今まさに出立しようとしていた。


 アドンは手持ち無沙汰だったので何事かと向かってみれば、存外大事だった。


「道理でドゥーンと険悪だったわけだ。まあ生憎と無宗教の身だが、無神論者ではない。それが貴様の選んだ道というのなら止めはせん」


「これまでありがとうございましたとお伝えください」


「了承しかねるな」


 アドンの返答がどうであれ対応は変わらなかったのだろう。指を組み、祈りを捧げ、地蜥蜴の背に跨った。


「法衣に蜥蜴は合わないな」


 くつくつとアドンは笑う。


「そうかもしれませんね」


 珍しく、ティルフィが微笑んだ。アドンは目を丸くしていた。


 開門され、神官を背に乗せた蜥蜴は荒野に放たれた。


「さらばだ、ティルフィ・セイキット」


 砂塵が噛み、ギチギチと嫌な音を伴って、閉門。



§



 テナは夢を見ていた。


 小さな集落で生まれテナはさして不自由なく日々を過ごし、すくすくと育っていった。

悲劇が起きたのは九歳の時であった。


 当時他の周辺集落も被害に遭ったという山賊が下りてきたのだ。


 汚い格好と整えれていないヒゲ、獣性溢れる眼光に斧や銅剣で武装。おぞましい顔には下卑た笑みが貼り付けられていた。


 彼らは集落に我が物顔で踏み入れると、手頃な位置にいた老婆の脳天を容赦なく殴った。


 この老婆はテナによくしてくれて、いつもおやつをくれていて、テナはとても好きだった。


 頭蓋が鈍い音を立てて割れる。老婆は痙攣しつつ倒れ、脳漿がこぼれる。

叫び声。


 みんな散り散りになって逃げ惑うけど、男や老人は笑いながら殴殺され、女はそこらで犯された。

家は呆気なく破壊され、少しでも金目のものであれば奪う。


 人倫とはほど遠い悪辣な行為の数々。


 テナは最初に殺された老婆のもとに行き、しかし目は乾いていた。割れた頭蓋から中身が覗き、痙攣を繰り返す。テナはまだ老婆が生きていると思い、心臓に耳を当てる。拍動があるはずがなかった。


 子どもは奴隷として売れる。公には人間奴隷の売買は禁止されているが、今なお横行している。貴族も絡んでいて手を出すにしても限度があるのだ。


 テナの前に影ができる。


 不意に顔を上げ、すると頭を掴まれて持ち上げられた。


「ガキ、いい目してんじゃねえか、え?」


 成金の商人が好むなめした革の羽織りを肩から着、手には手入れの行き届いた長槍。太い腕や太い首、顔、ありとあらゆるところにタトゥーが入れられたこの賊の頭目ザガーランであった。

すべてが奪われ、踏み躙られた。


 だがどんな運命のいたずらか、テナは奴隷とし捕えられて売られることはなく、山賊の一味として迎え入れられた。







 その後は山賊として略奪する側に回った。


 自身の出身と似たような小さな集落を襲い、壊す。


 次第に規模は拡大し、人口の多い土地も対象になっていった。


 フィフィライタ王国から手配され、頭目ザガーランにはたかが賊にしては異常すぎる懸賞金がかけられた。


 冒険者組合もこれを受け、多くの冒険者がザガーラン討伐に燃えていた。

テナが十七歳になった頃のことである。


 腕に覚えのあるD級、C級冒険者が挑んできては、返り討ちにあい、さらし首にした。女の冒険者が来れば喜び、手足の腱を切って犯し続けた。


 テナは考えていた。こんなことをやっていて自分に未来はあるのだろうか、と。

思い始めてからの彼女には迷いはなかった。


 寝ている隙にザガーランの首元に凶刃を添え、そこで彼はゆっくりと目を開けた。


「はっ、いい目してやがる」


 ザガーランは事切れた。首の血管を切ったために大量の血が噴く。テナは鮮血に濡れ、立ち尽くしていた。


 テナは血が収まってから父でもある仇の首を切断し、山賊の一味に見つからないよう山を下り、生首をぶら下げたまま冒険者組合の扉を叩いた。


「冒険者になりたいのですが」


 登録時からC級冒険者として登録されるという異例の事態が発生し、それからわずか五年でユステナスに五十人といないA級冒険者に駆け上がった。


 狂風の異名を持つテナはA級になってから一年後、勇者パーティーに加わるよう組合から要請があり、受諾した。


 それは過去の罪滅ぼしか。







 山賊として殺してきた罪なき人々が奈落から足を引っ張ってくる。足にかかる手の数は時間の経過とともに増え、引きずり込まれる。


 テナは必死にそこから逃れようともがく。

 ザガーランの手が右脚を掴む。

 亡霊の数が増え、力が増え、テナの右脚は引きちぎられ――





「はっ、は、はぁ、はぁ、はぁ」


 飛び起きた。額には大量の脂汗。背中はぐっしょりと濡れ、心なしか気分も優れない。

嫌な夢を見た、とテナは何気なく布団をめくってみると、そこにはあるべきものがなかった。

右脚がなかった。


「な…………!?」


 言葉が詰まり、呼吸の仕方を忘れる。


 よく見れば右手もおかしい。一度くっ付いたものを無理やり切り離したようないびつさ。

視界も悪い。右側の死角が広がりすぎている。


 部屋にある鏡に自分の顔が映り、絶句。目や頭部には包帯が巻かれており、カバーし切れないところに火傷痕。


 すべてを悟り、絶望――はしなかった。


 これは報いなんだ、とまず思った。


 生温い報い。


 A級冒険者、狂風のテナ・フィングは引退だ。


 片脚がないくらいなら日常生活には大きな支障はないかな。


 そんな現実逃避をしながら、石の天井をただただ見上げていた。







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