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16.目覚め




 集会が終わってから、僕は最後まで残って町長を引き留めた。


「少し待っていてくれ」


 と言われてから一時間経ったが、しょうがない。


 アイリスが話し相手になってくれたし、一時間なんてあっという間だった。どうせならもうちょっと待たせてくれてもよかった。


 時間が時間なので帰らせようとはしたのだが、


「私はおじいちゃんと帰るので心配ご無用です」


 とのことだ。


 小一時間おしゃべりしていたら、仕事が片付いたのか町長に呼ばれた。


「私も行っていいですか?」


「ライン殿がいいというなら問題ないよ」


「いいよ」


 アイリスに聞かれたらまずいことを話そうってわけじゃないし。


「なんだ、お嬢に聞かれても問題ねえ話か」


 町長に随伴するズーエルが明らかにつまらなそうな顔をした。毎回似たようなことで突っかかってくるので言わんとすることは理解したが無視。


「では、そこの部屋を使おう」





「話を聞こう。もっとも、おおよそ見当はついておるが」


 僕は町長の正面に着席し、向こうから話し出した。


 アイリスとズーエルもそのへんに座っている。


「それでも念のためライン殿の口から聞こう」


「僕は町長の前で魔獣と戦ったりはしていません。それでも町長は僕の戦闘能力を知っているふうでした。どうしてわかるんですか? いえ、そもそも僕の力なんて大したものじゃないですが」


「そう怪訝になるのも当然だろう。とはいえ中身はさほど難しいものではない。儂のスキルだ」


 人の力量を測るスキルということか? 風の噂で聞いたことはあるが、実在するスキルではないと思っていたんだが……。


「儂のスキルは〈鑑識者・上位〉。スキル名からもわかると思うが、人を見定めるスキル。その具体的な能力は他者の目を見た時、その人物の身体能力やスキルがわかるというものだ。細かな数値や文字としては判別できないものの、およその実力は儂の前では隠しても無駄ということ」


 そんなスキルを持っていたら、王都などの人口が多いところではもっと重宝しそうだし、これで商売とかしても儲かりそう。冒険者組合や軍が喉から手が出るほど欲しい人材だ。


「儂の見立てではライン殿の実力はB級冒険者相当。今のラウザント殿よりやや劣るもののほぼ同格といったところ」


「B級だと!? この似非鍛冶師の小僧が?」


「似非でも小僧でもないです。ラインさんです」


「……ラインがか!?」


 いつも通りの掛け合いを二人はしていたが、アイリスもズーエルと同じくらい驚いていた。


 別に隠しているつもりはなかったけど、もう僕に戦意はないからわざわざあけっぴろげにしなくてもいいと思っている。違うな、隠しているつもりがないというのは嘘だ。


「儂の目は耄碌し始めたやもしれんが、スキルは健在。間違いはない。ちなみにズーエルはC級上位クラスの力を持っている」


「負けた……」


 少しふざけているが、C級上位というのは世間的には上級冒険者と呼ばれる部類だ。


 A級冒険者がユステナス――フィフィライタ王国やリッテイ王国、マクリリム公国その他大小様々な国家が存する、人類間の抗争や人魔間の戦争が頻発する紛争地帯の大州――に五十名もいないことを考慮すると、C級上位がいかほどのものか理解できるだろう。そしてそれ以上にB級の凄さも。


 さりげなく気になることをもう一つ言っていたなあ。ラウザントが僕と同格以上だとかなんとか。


「それほどの実力を持っていながら誇示する様子もなく、このような辺境に身を寄せたというのはそれなりのわけがあるだろうが、詮索をするつもりはない。元々ルートレイに来るやつなぞわけありばかり。過去について無闇に聞かぬのが暗黙の了解だ。まだ聞きたいことはあるかね?」


「僕はもう、剣は握れません」


「最悪の場合でも、自分の身だけは守ってくれ」


 町長の中ではもう終わったのか、席を立って帰るぞ、と孫娘を促す。


「……ラインさん、また明日」


「うん、また明日」


 ズーエルは僕に近づいてきて、胸を小突かれた。


「んだよ、やっぱり剣握ってたんじゃねえか」


「あ、ああ」


「まあ他人には言いたくねえことの一つや二つや三つや四つくらい誰にでもあるだろうよ。ルートレイならなおさらだな。俺にもある」


「ズーエルに!?」


「おい、そこは驚くとこじゃねえぞ?」


 もしかしたらズーエルは僕の心を和ませるためにわざわざ突っかかってきたのかもしれないと超絶好意的に解釈してみた。マイナス思考はあんまりよくないね。


 じゃあな、とズーエルはアイリスと町長の後を追う。


 僕ももう用事はないので帰ることにした。寺子屋の玄関口にある魔石を使用した灯りや室内にあるランプをちゃんと消灯して寺子屋を後にした。


 すっかり夜も更け込み、夜天には星が瞬いていた。少し雲がかかっていたのか、ところどころ光がなかった。

 


 帰り道が暗すぎてちょっと迷ったのはここだけの話だ。



   §




 眠りにつく前、僕はある出来事を思い出していた。


 それは勇者になる前の話。


 同時に、〈勇者〉のスキルに目覚めた時の話。


 なんて大層な前置きをしたけど、何かそんなとてつもないことが起こったってことはない。


 魔獣行進というのを聞いて記憶が蘇っただけだろう。


 だいたい十年くらい前、生まれ育った農村で畑仕事を手伝っていた時のことだったように思える。


 実はこの時の記憶は曖昧でおぼろげにしか残っていない。


 あの日僕は普段通り親の仕事を手伝って、作物の収穫をしていた。


 昼下がりに、狩りに出ていた猟師が血相を変えて村に戻ってきたと思うと、彼は真っ青な唇を動かしてはち切れんばかりに叫んだ。


「ま、魔獣の大群がここに向かってきている! 早く逃げ、逃げなければ!」


 あまりに必死な形相に、話を聞いていた大人たちにも危機感が伝播し、逃げるという話にまとまるのかと思いきや、村一番の力持ちが異を唱えた。


「戦おう!」


 彼の鼓舞に当てられた人々は鍬を持ち、鉈を持ち、迎え撃つ拙すぎる準備を始めた。猟師はそのままどこかへ走って行ってしまった。


 僕の父もそれに参加していた。


 僕は母と妹と村の高台に避難した。村の男たちはこのスタンピードを食い止めるべく果敢に戦場へと赴いた。戦えない女子どもは高台の広場に集められ、男たちの無事を祈っていた。


 この時の魔獣のスタンピードの総数は後で聞いたところによると二百七十体だったそうな。


 魔獣を追い払うべく飛び出した男の数は五十三人。


 勝てる見込みなどありはしなかった。そのことは母親たちは痛いくらいわかっているはずだったが、気丈に振る舞っていたのは子どもたちのためだったのだろう。


 魔獣たちがついに村へ侵入し、交戦。


 大半は農作物を食い荒らす猪の魔獣クラッター・ボアや家畜を狙う狐の魔獣エリモ・フォクス、牙に毒を有する蛇の魔獣デイコマ・スネイクといった低級の魔獣だ。数が少なければいくらでも対処のしようはある。


 しかし、スタンピードとなれば話は変わってくる。


 そして、ありふれた低級魔獣が大半ということは、中級以上の魔獣もいるということ。


 戦いに出た男たちは屈強とはいえ所詮はただの農夫。冒険者のランクに当てはめるならばG~Fだ。そもそも戦うのは専門ではないし、想定してもいない。


 一人、また一人と倒れ、高台まで断末魔や雄叫び、魔獣の咆哮が届く。


 それからどれだけ時間が経ったのだろうか。十分か、一時間か。恐怖のあまり時間感覚が狂っていた。


 魔獣は村を蹂躙し、高台まで押し寄せようとしていた。


 親たちは僕ら子どもを先に行かせようとする。後で追い付くから、と皆は口々に言っていたが、子どもたちはその真意を汲み取っていた。もう自分たちは親には会えないのだ、と。


 僕は妹の手を引いて逃げようとして、数体のクラッター・ボアが目視できる距離にまできていた。


 妹は声を押し殺して泣いていた。僕の手を握る小さな手に力を込め、足腰に力が入らなくなってへたり込んでしまった。


 僕は妹を守らなければいけないと強く思い、妹を母親に押し付けて魔獣の群れに向かって駆け出した。


 その後の記憶は一切ない。


 ただわかることは僕がスタンピードを退けたということと、終わってからすぐに気を失ったということだ。



 後日、フィフィライタ王国から兵士が派遣され、僕はわけもわからないまま王都へ連れて行かれた。手切れ金として母親に母と娘が十年は暮らせる額を渡し、僕はそれから魔王を打ち倒す勇者として血の滲むような修行の数々を行った。


 妹は今も元気でやっているだろうか。


 それだけが心配だ。






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