7.詩乃とありさ
詩乃は、聞き間違いかと思った。
(この人が、私の名前を知っている訳がない。だって私、ここにきてから名前を呼ばれてないし、名乗ってもいないから。
——黒い霧が散った女の人以外は、蔓から逃れようと唸りながら身悶えしているし、その声がたまたま自分の名前のように聞こえたのかもしれない)
そう思った、その時。
カサカサ、と音がした。
なんの音なのか、最初は分からなかった。しかし、すぐにその意味を知ることとなる。
——その女の人を拘束していた蔓が、枯れていたのだ。
(えっ?)
詩乃は慌てた。
(私、蔓を枯らそうとはしていないのに……!
勝手に、蔓が枯れた……)
その時、不意に3人の唸り声が聞こえなくなった。
それと同時に、亜子、君代、鈴も動かなくなった。
動いているのは、詩乃とあの女の人だけ。
「——時を止める異能者だ……!」
「……そうだよ。うちは時を止める異能者。詩乃ちゃんは、草木を操るんだね」
詩乃は、どきりとした。
(やっぱり……この人は私の名を知ってる)
「……どうして、私の名前を知っているんですか?」
詩乃が問いかけると、その女の人は驚いた顔をして、
「うちが……分からない?」
「……はい……」
女の人は、信じられない、というような顔をして言った。
「……どうして……?
——詩乃ちゃん、私の声って、どんな声してる?」
突然の質問に、詩乃は戸惑いながら答えた。
「少し、高めの声です」
まさか、と彼女は呟いた。
でも詩乃には聞こえない。
「……顔立ちは?」
「……少し垂れ目っぽくて、少し丸みを帯びた顔です」
そんな、と再び彼女は声を漏らした。
でも、また詩乃には聞こえなかった。
彼女は少し考えて、語り出した。
「ごめんね、詩乃ちゃん。うちの名前はありさ。春野ありさっていうの。詩乃ちゃんの、3つ上の打楽器担当だったんだ。詩乃ちゃんのことは優菜ちゃんから聞いてたから、つい。ごめんね。
怖がらせちゃったかな?」
詩乃は首を振った。
(……なあんだ、優菜先輩の1個上の先輩かぁ。びっくりした)
「いいえ、大丈夫です。
初めまして、ありさ先輩。改めまして、田辺詩乃です。ありさ先輩のことは、優菜先輩から名前を何度か聞いたことがあります」
「そっかそっか。懐かしいなぁ。もう一回、優菜ちゃんと演奏が出来たらなぁ……。
——なんでうちらが楽器を壊そうとしたか、話した方がいいよね。もしかしたらまだ敵だと思っているかもしれないけど……もううちは敵じゃない。詩乃ちゃんたちの味方だよ」
3人はまだ敵だけどね……とありさは言った。
(……きっと、この人は嘘をついてはいない。
私は黒い霧が散るのを見た)
詩乃はうなづいた。
「教えてください。
……でも、その前にあそこにいる3人の時を動かしてもらえますか?一緒に聞いた方がいいと思うんです」
「ああ、そうだね。そうしようか」
そして、次の瞬間には3人が動き出していた。




