23.小百合の創造主
「全員呪いが解けたんですね!」
音楽室では、1.2年生が喜びの声をあげていた。過去にこの吹奏楽部に所属していた4人にかけられていた呪いが、解けたからだ。
「本当にあの時のうちらはどうかしてたよね」
「そうだよね、あんなに大事にしてた楽器を壊そうとするなんてね」
その場で全員が喜んでいた。
しかし、それで戦いは終わりではないことを、皆が知っていたのだ。
「それで……どんな異能を使った訳?貴方が使える異能は1つだけのはずよ」
小百合とその創造主は、そのだだっ広い場所で対峙していた。小百合のボブカットの茶色い髪が揺れ、創造主の長い髪が、風に吹かれてなびく。
「そうよ、中野小百合」
創造主の声は普段とは違い、凛としていた。
「私が使ったのはこの異能の応用編ってところかしら?」
「応用……」
小百合はぽつりとその言葉を反芻する。
「ええ。私は生まれた光だけを音楽室に届けたの」
小百合は目を見開いた。
「——それ以外のものは?」
「全て私の中で抹消したけど?それを抹消させるのが一番体力を使ったわね」
ふうん、と小百合は言い、
「それだけで私の呪いを消し去ったわけ?流石に無理がないかしら?」
そう問いを投げかけた。
創造主は目を閉じて、少しだけ考えて、口にした。
「——私は光に、祈りを込めた」
「私は光を音楽室に生み出そうと思った。そしてその時私は光を生み出しながら、祈った。
私は信じている。皆この仲間が、この空間が、本当は好きなのだと。大変なことや苦しいことがあっても、本当はこの空間を大切にしたいと思っているのだと。だから呪いなど消え去ってしまえ、と。
まだ呪いがかかっていたお2人については……具体的にどんな思い出があったのかを思い浮かべた。そして呪いから解き放った。お2人を縛っていたものは、お2人を傷つけないように、こっそり小さな稲妻を生み出して切った」
「——たしかにそんなことをしたら普通、体力無くなって死ぬわよ。まだ体力がある方だったからなのか、それとも貴方が私の創造主だったからなのか……」
「さあね。そんなことはどちらでも、あるいはどちらでなくてもどうでもよくないかしら?」
創造主はあっけらかんとして言う。
「そうね。ところでこんなに手の内を明かしても平気なの?敵である私にそんなに簡単に明かしても、私にとって有利になるだけではないの?」
小百合は鼻で笑ってみせた。
その言葉に、創造主は確信を持った表情で一言、
「大丈夫よ。だって中野小百合は、作戦がうまくいかないと分かればその作戦は二度と用いない人だもの。貴方は知らないかもしれないけれど、貴方はそういう設定の人なの」
ふっと創造主は笑った。
「中野小百合。私のことを誰だと思っているの?」
「私の創造主。それ以上でもそれ以下でもない」
呆れたように言う小百合に、
「まあ、そうよね」
あっけらかんと創造主は言った。
「前にも言ったと思うけど。貴方のことは、私が1番分かっていると」
「——そうね」
「だから私はなんでも知っているの。貴方ですら知らないことも」
「!」
小百合は目を見開く。ようやく、創造主が何を言いたいのかを理解したのだ。
「私は無自覚のうちに『仕方ない、次の作戦を練らなければ』と思うけれど、それは貴方がそう設定したからであって、貴方はその私の思考回路でさえも分かっている、ということね」
「私が想像した範囲内だけでしかないけれど。中野小百合は、1ヶ月前の私の想像の分身だから」
「シナリオを考え始めたのが5ヶ月前。シナリオが完成したのが一ヶ月前。だから中野小百合は私の想像の範囲内でしか動けなかったし、私はその日から中野小百合についての設定を変えられなくなった」
「ふーん。まあ確かによく考えてみればそうよね。私自身が知らない私のことを貴方が知っているのは当たり前よね、創造主さん」
小百合は、改めて創造主の姿を見た。
少しだけつり目で、長い黒髪を持つ彼女。
中ぐらいの背丈の彼女の周りには、ぴりぴりとした雰囲気が漂っている。そしてそれは、さっき彼女が異能を使い過ぎたことによるもの。
彼女の長い髪は異能を使いすぎた時からずっと、静電気のせいでふわふわとしてした。
「私の創造主——中山智子さん」




