9:動機
「ちょっと何! またこっちに来て何の用よ! 魔法陣作成の邪魔だから顔見せないでくれるかしら!」
広間に出るなりピクシーさんが怒鳴りかかってきた。
理不尽。
「部屋を移動するときにはどうしたってこのリビングを通らないといけなんだから我慢してくださいよ。というか少しギャラリーがいるだけで集中力が切れるんですか? そんなんでよく女王様の護衛が務まりますね」
「は、はあ! 別に集中力が切れたりなんかしないわよ! ただあんたの顔を見ると気分が悪くなるから顔を見せるなって言ってるのよ!」
「申し訳ないですけど無理ですね。僕もピクシーさんにばかり構ってられませんから」
「あんた絶対私のこと馬鹿にしてるでしょ! いつか必ず後悔させてやるわ!」
「いつかなんて日があるといいですね」
いまだにぎゃぴぎゃぴと怒鳴るピクシーを無視して、ウルフさん達のいる左の部屋へと足を進めていく。途中、女王様のそばを横切るとき何か挨拶をしたほうが良いかと立ち止まりかけるも、(ピクシーとは違い)真剣に魔法陣を描いている様子を見て声はかけずに通り過ぎる。
軽くドアを叩き、左部屋の中に入る。
入ってすぐに、胡坐を組み瞑想しているホークさんと、筋トレをしているウルフさんの姿が目に留まった。
前回とは違い、僕の訪問に驚いた様子もなく冷めた視線を送ってくる。
その視線に足が竦みそうになるが、腹に力を込めて何とか一歩前に出た。
「トロルさんからお二人に食料と水を渡すように言われてきました」
「建前はどうでもいい。俺たちに聞きたいことがあるんだろ」
冷え切った声音でホークさんが言う。
完全に僕のことを敵として認識しているようだ。
ならいっそ気楽でいいかと思い直し、食料を置いてウルフさんへと目を向けた。
「単刀直入に聞きますが、ウルフさんは先ほどの証言で一切嘘や言い逃したことはありませんか?」
「俺が女王様の部屋で嗅いだ匂いのことを言ってるなら嘘偽りはねぇぞ。あの部屋からは女王様とエルフ、それに侍の三人の匂いしかしなかった。それは間違いない」
「でも、ウルフさんの嗅覚をもってしても魔法が使われたかどうかは分かんないんですよね」
「トロルから俺たちの能力でも聞いたのか。確かにホークやピクシーが魔法を使ってエルフを殺したんだとしたら、俺の鼻でも感知することはできない。だが、二人が――いや、俺たちがエルフを殺すなんてことはあり得ない。侍野郎になんて言われたか知らないが、犯人はあいつに決まってる。もしあいつに加担しようっていうなら、容赦なくお前も敵と見なさせてもらう」
明らかな殺意。このままハジメさん側について余計な詮索をするようなら容赦なく殺すという思いがビンビン伝わってくる。
でも、僕だってこんなところで引き下がるつもりはない。彼らの感情がどうであれ、実際にエルフさんは死に、その容疑者はハジメさん一人ではないのだ。もし真犯人が彼ら護衛団の中にいるというのなら、このまま放置しておくことなんてできやしない。犯人の目的が、エルフさんの殺害だけとは限らないのだから。
「ウルフさんもホークさんも侍が犯人だと考えてるようですけど、だとしたら動機は何だと思ってるんですか?」
「動機? そんなのは知らねぇけど――」
「女王様ではなく、エルフさんだけを殺害した理由と言い換えてもいいですね。もしハジメさんが宰相とグルだったり、ワノ国から密命を帯びていたとして、そこでエルフさんだけを殺害して女王様を殺さない理由って何でしょうか?」
僕の問いかけに、ウルフさんは答えを見つけられずに口を閉じる。
動機。
ある意味今回の事件で一番不思議なのは動機だ。
なぜエルフさんを殺したのか? いや、なぜエルフさんだけを殺したのか?
女王様を殺すのなら理由はいくらでも思いつく。でも、この館に逃げ込み後は転移魔法を使ってワノ国へ移動するだけ、というこの場面においてエルフさんだけを殺した理由は何か? そんなの、他の護衛達を警戒させ、ハジメさんと僕の立場を危うくする行為でしかないのに。
「別に、エルフだけを殺すつもりだとは限らないだろ」
答えあぐねているウルフさんに変わって、ホークさんが口を開いた。
「それはどういう?」
「そのままの意味だ。あの侍はまず最初にエルフを殺してみせた。おそらく俺たちの中で最も弱かったのがエルフだったから。そして今も俺たち護衛団の命を狙っている。
昨日の夜お前は言ったよな。ワノ国についてから俺たち護衛団はどうするのかと」
「ええ、まあ」
「当然俺達はワノ国に行ってからも女王様の護衛を続けるつもりでいる。だが、ワノ国の連中からしてみたらそれは嬉しい話ではないだろ。言っては何だが、俺やトロル、ウルフなんかを倒そうと思ったら数十数百の兵じゃ無理だ。特にワノ国の連中は魔法に対して経験がない。もしかしたら俺一人でも国を落とせるかもしれない」
「それはさすがに言いすぎなんじゃ……」
「可能性の話だ。とにかく、そんな連中を奴らは自国に入れたくはないだろう。だが女王は欲しい。そこであの侍には、隙を見て俺たち護衛団を抹殺する使命が与えられていたのかもしれない」
「それは、否定しづらい有力な仮説ですね……」
即席で作ったわりにはかなり説得力のある答え。確かにハジメさんにそういった任務が付与されていたとしてもおかしくはないかもしれない。とはいえ、そんなことがばれたら女王様の不興を買い、ワノ国へ連れてくること自体が難しくなると思う。それに最初にエルフさんを殺してしまうのもどこか奇妙に感じる。もし護衛をできるだけ減らそうと思っているのなら、最初に狙うべきは最も強そうなトロルさんかホークさんではないだろうか。エルフさんを殺してしまったら、彼らの警戒心を高めることに繋がり、結果として殺すことが難しくなるはず。
いち早く僕を庇い、こうして話を聴ける立場にしたハジメさんが、そのことに頭が回らなかったとは思えないのだが。
やや疑問は残るが、一度この話は保留にして僕は別の質問を投げかけた。
「ところで、エルフさんの能力って変身魔法だそうですね。実はエルフさんと女王様が入れ替わってる、なんてことありませんか?」
「貴様、エルフが女王様を殺して入れ替わったとでも言いたいのか」
今にも襲い掛からんばかりの剣幕でホークさんが睨み付けてくる。
これは彼らを刺激しすぎる話題だったかと気づき、僕が慌てて首を横に振ろうとすると、眉間にしわを寄せてどこか悩んでいるウルフさんが目に留まった。
まさか入れ替わっている可能性があるのかと思い、彼に視線を向けていると、少し慌てた様子で口を開いた。
「いや、入れ替わってるなんてことはねえよ。俺の鼻はちゃんとエルフと女王様の匂いを嗅ぎ分けてる。死んでるのがエルフなのは間違いねぇ」
「でも、エルフさんが変身魔法を習得してるのって、女王様の身代わりを務めるためでもあるんですよね? もし相手の刺客がウルフさんみたいに鼻のいい獣人だったら、匂いで識別されてしまいますし、普段からほとんど同じ匂いになるよう似せられてたんじゃないですか?」
「それはそうだが……。でもこの館に来てから俺はあの二人の微かな匂いの差を識別していた。だから入れ替わりが起きたなんてことはありえねえよ」
「そうですか……。因みに昨日の夜から朝にかけてまで、不審な物音とかは聞いてないんですか」
「聞いてねえよ。もし聞いてたら既に言ってるっての」
となるといよいよ犯人候補はウルフさん、ホークさん、ピクシー、ハジメさんの四人で決まりのようだ。
しかし、ここから先が分からない。じっくりと見たわけではないから確かなことは言えないけど、エルフさんの死体には索条痕以外特に傷らしいものは見当たらなかった。つまり戦闘らしい戦闘はしてないという事。ほぼ一方的に殺されたはずなのだ。
そう考えると、親しい相手だったから油断していて、その不意を打たれたのではないかとも思える。つまり犯人は護衛団の誰かなのではないか。でも、ハジメさんだったら不意なんかつかなくても一瞬でエルフさんを気絶させて、その後に首を絞めて殺すとかもできそうな気がする。気絶させるときに首を狙ったのなら、絞殺する際にその痕は消えているだろうし。
ふと、そこで新たな疑問がわいてくる。
僕は早く出て行けオーラを発している二人に言った。
「こんな質問するのって今更なんですけど、凶器はどこに行ったんでしょうね? 首を絞められた跡があったことから絞殺だってことは分かりましたけど、その凶器は近くに落ちてなかったですよね。どこに消えたんでしょうか? それから、エルフさんの死体ってあの後どうしたんですか?」
「犯人が侍かお前なら、普通に外に捨てに行ったんだろ。あり得ないことではあるが、犯人がピクシーだったら影の中に。俺だったら風魔法で細かく刻んで、隙をついて外へやったり館中に散らすな。トロルやウルフだったら、凶器は飲み込んで腹の中じゃないか」
「飲み込んで腹の中に、ですか」
「凶器にはどうにしたって犯人の匂いがべったりとついてるだろうからな。ウルフの鼻を誤魔化すためには、死体のそばに置いておくわけにはいかなかったんだろう。その際に絶対ばれない隠し場所としては、腹の中が一番だろうからな」
ホークさん、身内に犯人がいることを否定している割にはいろいろと考えているらしい。少し頼もしくもあるが、そんな彼でも犯人の目星はつかずにハジメさんを疑っているのだとしたら、僕がいくら考えてもどん詰まりな気がしてくる。
「それからエルフの死体なら、今はピクシーの影の中に保管してある。影の中に入れるということは死んでいる何よりの証拠で、あまり認めたくはない事実であるが、あの空間なら死体が腐敗することはないからな。綺麗な状態のまま埋葬してやりたいし、影の中に入れておくのが一番だった」
「ちょっと待ってください! ピクシーさんの影の中だと腐敗しないんですか? なぜ?」
「理由など知らん。ただ、影の中には生物が入ることはできないからな。体を腐敗させる菌なんかが存在しないためだろう。それが今回の事件と何か関係しているのか」
「……いえ、少し気になっただけです」
現時点で気になったことはこれぐらいだろうか。あまり情報を多く聞きすぎるとそれはそれで内容を忘れてしまいそうだし、今が引き際な気もする。
お二人も僕が部屋にいると気が休まらないだろうし、一度部屋に戻ってハジメさんに報告しよう。
脳内でそう結論付けると、僕は軽く礼を言い、二人分の食料と水を置いて部屋を後にした。




