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逃亡の女王と鉄壁の館  作者: 天草一樹


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8:護衛団の能力

「失礼します」

 一声かけて中へ。

 部屋の中には、ベッドに腰掛けてどこか呆けているトロルさんの姿があった。

 僕がやってきたことに気づくと、ゆっくりと立ち上がり疲れた笑顔を浮かべてみせた。

「そろそろ来ると思ってたよ。エルフの死についての話を聞きに来たんだろ。それから後は、食料の調達かな?」

「御明察です」

 今この館において最も心が安らぐ相手。

 どうにも話しかけにくい雰囲気の人や、他人を気遣うという気持ちが薄そうな人ばかりだから、こうして笑顔を向けられると心が和むのを感じる。

 リュックへと手を突っ込み、中から食料を取り出そうとしているトロルさん。

 何とはなしに部屋を眺めながら、僕は気になっていたことを質問した。

「あの、ウルフさんって、すごく鼻が良いいんですよね。ちょっとした匂いも感じ取れてかつ嗅ぎ分けることができる」

 リュックの中に顔を向けたまま、トロルさんは頷いた。

「そうだな。あいつの嗅覚は俺たちなんかより、いや、獣人の中でもずば抜けて高い。幼少期から嗅覚を上げるための特訓を施されてきたからな。もしあいつの言葉を疑っているのなら、取り越し苦労だと言っておこう。――よし、これでいいか」

 こちらを振り返り、包装されたいくつかの食料を渡してくる。

 干し肉や乾パン、しなびた野菜など、正直あまりおいしそうには見えない品々。昔からこういったものを食べなれている僕のような平民はともかく、女王様の口に合う食べ物には見えない。

 僕のそんな考えが伝わったのか、トロルさんは苦笑しながら言った。

「まあ見た目はかなり悪いが、どれもかなり高級な部位・食材を使った特注の携帯食だ。意外とうまいから、期待してくれていいぞ。それから、水も必要だな」

 そういって、二リットル容器の水筒を二本取り出した。

「まだまだ水も食料もあるから、あまり遠慮しないで食べてくれ。まあ、あんまりたくさん食べられても困るんだが」

「大丈夫ですよ。そこまで厚かましくはないですから」

「なら助かるよ」

 この状況に相応しくないほのぼのした空気が流れる。

 きっと彼がこの護衛団のまとめ役(母親的存在)だったんだろうなと思いつつ、気分を切り替えるために一度大きく深呼吸をする。

 僕の雰囲気が変わったのを察したのだろう。トロルさんも笑顔を取り去り、真剣な表情で見つめてきた。

「エルフさんが殺されたことについて、いくつか質問させてもらいたいのですがいいでしょうか」

「ああ、構わない。俺もこのまま有耶無耶にしておくのは気分が悪いと思ってたんだ」

「では、いくつか聞かせていただきます」

 頭の中で質問事項をまとめる。気になっていることはいくつかあるが、最初に聞くのはやはりこの質問だろう。

「昨日の夜、トロルさんは何をしていましたか。それと、同じく部屋を共にしていたピクシーさんが何をしていたか覚えている限り教えてもらえませんか」

「期待に沿えないようで申し訳ないが、特に何もしていない――というよりも寝ていたからよく分からない、というのが答えだな。俺の覚えている限りでは俺もピクシーもこの部屋から一歩も出ていないはずだ。ただし俺が寝ている間にピクシーが部屋を出ている可能性は否めないがな」

「少なくともトロルさんは一度も部屋を出ていないと」

「そうだ。もし疑わしいならピクシーに聞いてみてほしい。俺の巨体が部屋から出て行こうとすれば、流石に彼女が気付いたはずだからな」

「分かりました。ところで一つ疑問なのですけど、昨日この部屋を訪れたとき、トロルさんこう言ってましたよね。『ピクシーが女王様の部屋にタオルを届けにはいったが』って。なのに今朝のウルフさんの話では、女王様の部屋からした匂いはハジメさんとエルフさん、それに女王様の三人だけということでした。これはどういう事なのでしょうか?」

「そうか、君はピクシーの能力を知らなかったな。というより、ここにいる皆の能力を知らないのか。せっかくだからまとめて説明させてもらおう」

 そう言いながら、彼自身もお腹が空いたのか乾パンの入った袋を開けて食べ始めた。器用にも一枚一枚指で挟みながら。

「まずピクシーの能力だが、あいつは影魔法を使える」

「影魔法?」

「影魔法ってのはその名の通り、影を操る魔法でな。自分の影を体から切り離して自由に動かすことができる。操っている影は物理的にものに触れることができるようになっていて、自身の分身のように扱うことができるんだ。女王様の部屋にタオルを持っていったと言ったが、正確にはピクシーが操っている影が持っていったというわけだ。操作中の影は当人自身よりも力持ちで、普通の人間と同じくらいの力を持っているから物を運ぶときなんかは良くこの魔法を使っている。後この影を通して外の景色を見ることができるから、諜報活動するときにも利用されるな。当然影に匂いなんてないから、ウルフもそれは気づけなかったわけだ」

「じゃあ、ピクシーさんなら匂いを残さずにエルフさんを殺せたということですか……」

 かなり驚きの情報。動機云々を抜きにすれば、真っ先に犯人候補として挙げられるではないか。

 だが、トロルさんはゆっくりと首を横に振ると、「できることにはできるが……」と呟いた。

 その言葉を聞き僕が不思議そうに彼を見つめると、「先に能力説明だけさせてもらえないか」と言い、答えを後回しにした。

「ピクシーの能力の続きだが、あいつの影魔法は影を実体化させて動かすだけでなく、もう一つ能力がある。それは、影の中に物を――生物以外なら何でも――収納できる能力だ。この収納力は基本的に無限で、いくらでも物を入れておくことができる」

「それ、すっごい便利ですね! というかそんな能力があるならトロルさんが無理してリュックを持ってくる必要はなかったのでは?」

「まあこの収納術には少し問題があってな。ピクシーは影の大きさを変えることができるが、その大きさは最大でも約一平方メートル。その範囲内に入らないものは入れることができない。加えて重すぎるものだと影の中から取り出せなくなるし、あんまりたくさん入れるとごちゃごちゃして見つけ出すのに時間がかかってしまう」

「あーと、それは何というかちょっと面倒ですね」

「だろう? 俺が持ってきたリュックはぎりぎり影の中に入らないこともないかもしれんが、大量の飲み水を入れているためかなりの重さになっている。下手すると取り出せなくなるから、俺が運んできたんだ。それにピクシーの影の中にはこれとは別に、ワノ国で必要になるだろう貴重品を持たせてある。ごちゃごちゃと物を入れて大事なものが取り出せなくなったら困るからな」

「そうだったんですか。それで、他にもピクシーさんは何か能力があるんですか?」

「いや、あいつの能力はこれで全てだ。体が小さいから一般人が入れないような場所でも入れるというのがあるが……この館では当てはまらないしな」

 部屋を見回して、どこか隙間があるか探してみるも、全く隙間というのは見当たらない。これでは酸欠になるんじゃないかと少し心配になるが、おそらく魔法で何とかなっているのだろう。

「さて次は俺の能力について話すか。とはいえ見たまんまで、特殊な力なんてないんだけどな。俺の能力は、怪力。本気で殴れば大抵のものは何でも破壊できるだけの力を持っている――この館は壊せないが。それから、自分で言うのもあれだが頑強な体。剣で斬りかかられようが銃で撃たれようが大砲をぶっ放されようが傷一つつくことのない頑丈さだ。だから仮に俺を殺そうとする者がいたのなら、毒でも盛らないとまず返り討ちにあう」

「すごい筋肉だと思ってましたけど、大砲食らっても大丈夫なんですね……。さすがは女王様を守るエリートって感じです」

「その言い方だと何か嫌味を言われているようであまり嬉しくはないな……。と、次はウルフの能力についてだ。まあウルフも俺同様そこまで特殊な能力はない。先に説明したように、ありとあらゆるものを嗅ぎ分け、そして嗅ぎ逃さない鋭敏な嗅覚があいつの能力だ。他には普通の人間よりも速く走れるとか、聴覚もかなり優れてて物音に敏感だとかそのくらいだな」

「聴覚も優れてるんだったら、エルフさんが殺された時とかに何か物音を聴きとったりはしてないんですかね?」

「それは何とも言えないな。昨日はあいつもかなり疲れていて感覚が鈍っていただろうし、何より館にたどり着くまでずっと雷の轟音を聞き続けていたからな。多少耳がマヒしていた可能性もある。まあ何も言ってこないということは何も聞いていないんだと思うが……気になるのなら後で聞きに行けばいい」

 トロルさんの言葉に小さく頷きつつ、今までの話を頭で整理する。

 少し間を置いてから、再びトロルさんは話し出した。

「今度はホークの能力だ。昨日ピクシーが説明したように、ホークは風魔法の使い手だ。周囲にある風を使役して、ものを動かしたり切り刻んだりと手を触れずに大抵のことができる。使役できる範囲もあいつのはかなり広くて、この館内全域の風を自由に扱うことができるはずだ。だから単純な話、部屋から一歩も出なくとも風を使ってロープを動かし、エルフの首を絞めて殺害することもできる。いや、ロープなんてなくとも風だけで首を絞めることもできるだろうな。当然自分の匂いを残さずに」

「それはまた、滅茶苦茶やばい能力ですね……」

 ピクシーさんに並ぶ、もしかしたらそれ以上に犯人候補筆頭となりうる能力。というか危険性が高すぎる。よく昨日ホークさんと喧嘩腰で立ち向かえたものだ。万が一殴り合いに発展してたら、僕が一歩動く前に全身切り刻まれて殺されてたかもしれないわけだ。

 今更ながらに背筋が冷える。次会いに行くときはもっと穏便に話し合おう。

「それから、これは説明する必要があるか分からないが、エルフの能力は変身魔法だったんだ」

「変身魔法? 自分の姿を別のものに変えるあれですか?」

「それだな。まあ対象は自分と限らず、好きなものにかけられるが」

「だったら、エルフさんの死体って皆を驚かせるための偽物って可能性も!?」

 誰も死んでいない可能性があるのかと思い勢い込んで尋ねると、トロルさんは残念そうに首を振って否定した。

「それはない。まず第一にエルフがそんなことをする理由がない。第二に、変身したとしても姿かたちを変えられるだけで匂いや硬さなんかは変えることができない。つまりウルフの鼻を誤魔化すことはできない。第三にエルフの変身させられるものはちょっとした形程度で、椅子やベッドを自分の姿にまで変えることはできない。まあ君や女王様に自分を変化させるのが限界だろうな」

「僕や、女王様に変身できる……」

 だとすれば、今死んでいるのエルフさんが本当は女王で、広間で魔法陣を描いている女王様がエルフさんの可能性も……。

「もしかして今、女王様とエルフさんの入れ替わりを疑ってるのかな? だとすれば取り越し苦労だと言っておこう」

 僕の表情を見てか、トロルさんがズバリ心の内を読んできた。そういえばハジメさんにも思ってたことを言い当てられたことがあったが、僕ってかなり顔に出やすいタイプなのだろうか。

「失礼を承知で聞きますけど、どうしてでしょうか? 仮に今の考えがあってるなら、女王様がエルフさんの死について何も知らないと言っていることに辻褄が合う気もするのですが」

「これもさっきエルフの死体が偽物であるというのを否定したのと同じ理屈だ。エルフが女王様を殺してすり替わる必要性がない。あまり考えたくはないが、今のように国を追われることになっていなければ、エルフが女王になるメリットはたくさんあっただろう。しかし今の状況で女王様と入れ替わったからと言って、ワノ国で楽しく暮らせる保証なんてない。はっきり言ってタイミングが悪すぎる。それからウルフの鼻を誤魔化すのは無理だという話だ。確かにエルフの変身魔法を使えば女王様そっくりに化けることはできるだろう。そもそもエルフがなぜ変身魔法を習得しているかと言えば、それはいざという時女王様の身代わりになれるようにするためだからな。だが、ウルフならば女王様とエルフの匂いを嗅ぎ分けられる。彼がエルフが死んでいるといった以上、あの死体がエルフのものであることは疑いようがない」

「ウルフさんの証言が覆らない限り、これらの仮説は現実的とは言えないのか」

 ウルフさんに聞きたい話がたくさんできてしまった。どれもこれも彼の証言が非常に有用なものばかり。突き詰めて聞けば真実へとつながるストーリーが浮かび上がるかもしれない。

「最後は女王様だけど、女王様は特殊な能力は持ってない。魔法の知識なんかは幼少期から学んでてかなり豊富だけど、実際に使えるのは転移魔法のみ。戦闘能力で言えばこの中では最も低いだろうな」

「ですか。まあ流石の僕も女王様が犯人だとは思ってませんよ。トロルさん含めて護衛の人は皆女王様に絶対服従なんですから、殺す必要なんて全くありません。仮に殺したとしても、変な話隠す必要が無いでしょうからね」

「まあ、そうだな。俺たちは皆女王様に死ねと言われれば死ぬ覚悟ができている。もし俺たちの存在が女王様にとって不都合だというのなら、死ぬことを厭いはしない。とは言え万に一つもそんな命令が下されることはないだろうけどな」

 女王様がエルフさんを殺した犯人であれば、疑問は何もない。でも、トロルさんが言った通り女王様がエルフさんを殺す理由も、仮に殺したとしてそれを隠す理由もない。そう考えると、やはり女王様は犯人ではないように思えるけど、もしエルフさんと入れ替わっているのだとしたら……いや、あり得ない。昨日少し話しただけであるが、エルフさんはそんな残酷なことをするような人には見えなかった。きっと犯人は別にいるはずだ。

「因みに黒衣の侍だが、彼も魔法は使えないはずだ。ワノ国には魔法を使える人間は存在しないはずだからな。ただ、剣――いや、刀か――の技術はとても高そうだ。刀の達人は相手に斬ったことを認識させないほど速く斬れるというし、正直戦うのは避けたい相手だ」

「トロルさんの目から見てもやっぱりハジメさんって強く映るんですね」

 この館の中に僕より弱い人間は女王様しかいないようだ。もし犯人が護衛のうちの誰かやハジメさんだった時は、荒事になる前にどこかに避難しよう。そうしないと巻き込まれてあっという間にミンチにされてしまいそうだ。

 トロルさんは持っていた乾パンの袋が空になったのをどこか名残惜しそうに見つめると、「エルフを殺した犯人候補なんだが」と、話を戻してきた。

「みんなの能力を聞いて分かっただろうが、ピクシーとホークなら匂いを残さずにエルフを殺害することができる。ウルフにしてもあいつ自身が犯人であるなら矛盾は生じない。第一発見者である侍もそのまま犯人候補となる。そうなると、ここにいる俺と君、そして女王様の三人だけが犯人足りえないという結論に達するんだ。ただしこれは、犯人が単独犯であった場合に限りはするが」

「共犯の可能性もあり得ますか」

「ああ。君と侍の二人が共犯で、女王以外の邪魔な護衛を全員殺そうと企んでる、とかな」

「……冗談ですよね?」

「冗談だよ」

 そう答えるトロルさんの目は笑っていない。いくら他に犯人足りえる人物がいようとも、彼ら護衛団の人からしてみれば疑わしいのは部外者である僕とハジメさんであることは間違ないのだ。

 いくらトロルさんが気さくで温厚そうに見えても、彼が中立の立場でないということは心しておく必要があるかもしれない。

「いろいろと教えてくださって有り難うございました」

「別に構わない。また何か気になることがあったら質問しに来てくれ。それと、ウルフたちの部屋に行くのならついでに食料を渡してきてくれないか。これがあったほうが君も部屋を訪ねやすいだろうからな」

「重ね重ね、有難うございます」

 僕は深々とお辞儀をすると、食料と水を持って部屋を後にした。

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