人足り得る為に
「そうは思わない、生駒君?」
俺はこの一言で凍り付いた。俺は確実にステルスを使っていたのにバレていた。俺がやはりまだまだ青いと言う事なのか。ビショップの最後の言葉を思い出す。"もう少し強くなってから出直して来い"、俺はつまりこう言う事だったのかも知れない。
「どうしたの、生駒君?そこにいるんでしょ?かくれんぼの気分じゃないの。わかるでしょう?」柔らかで靭やかな優しい声色。つい数秒前の惨劇が嘘のように思えるこの声は転じて更なる恐怖を湧き立てる。
「相川優夢、男子高校生連続殺人事件の犯人は全部お前なんだな」俺は物陰から出て声に力を込める。気迫だけでも引けを取るわけには行かないと何かが耳元で囁く。
「ええ、よくわかったわね。私の事を嗅ぎ回ってるストーカーさんがいることは知ってたの。でも貴方だったなんてびっくりしたわ。ファミレスまでは気づかなかったもの。かくれんぼが上手なのね。」姉が弟を褒めるような優しい口調で相川優夢は続ける。決然と睨む俺を丸め込むような視線で相川優夢は続けた。
「それで、生駒君はこれからどうするの?警察に突き出す?『この女が視線で人を潰しました』って。きっと悪戯として追い返されるわね」
「うぐ、それは・・・だけど、こんな事を続けるなら力ずくでもやめさせる!」
「え?んふふふ、あはははははは!いいわよ、すっごく!勇ましくて素敵だわ!そう言う無謀な子、嫌いじゃないわよ?ん・・・そうね、私もまだ遊び足りないし・・・」表情が一気に猟奇的になる。
「身の程を教えて上げるわ!」
その声が引き金とばかりにうっとり蕩けるように破顔すると龍臣に想像を絶する重圧がのし掛かる。全身の細胞に像がのし掛かる感覚。足元はクモの巣状に割れて踵までコンクリートに埋まる。龍臣は四股立ちの姿勢で咆哮を上げて耐える。
「うぐ、ぐあああああああああ!!!!!」
思わず目を丸くする相川優夢、自身の攻撃に必死に耐える龍臣の姿にどこか見惚れてしまう。今までは例外なく直ぐに壊れてしまった。なのに龍臣は傲慢にも耐えている。特に体格に恵まれているわけでもない平均的な龍臣が。
「お前は・・・属性覚醒者、なのか?」絞り出すような、押し出すような龍臣の決死の問。だがここで意表を突かれたように相川優夢は攻撃の手を止める。
「え!?」
「属性覚醒者、何だな?」
「生駒君・・・どこでそれを?」
「俺も、属性覚醒者何だ。ビショップ、黒い外套の男されちまったんだ」
「黒い外套の男・・・同じね。あのね、私の属性は『重圧』なの。要は潰すってことで、」
「どうして人を殺した?」シンパシーを持ったように優しく話し掛ける相川優夢を龍臣は決然と睨み話しの途中などお構い無しに問い質す。
「どうしてって・・・貴方ならわかるでしょう?潰したくて潰したくて体が疼く嫌な感覚。あの衝動は決して耐えられるようなモノじゃないわ。私が普段人足り得るのはここで発散しているからよ、貴方もそうでしょう?」なおシンパシーを持って続ける相川優夢、龍臣は話を聞くうちに純粋な怒りが薄れてしまった。殺人は勿論最悪の事だ。許される訳が無いし許していい道理なんてない。だがそれは常識の世界でだ。常識では計り切れない属性覚醒者と言う異常状態。その衝動が襲い来る時の苦痛たるやそれこそ常識では計り切れない壮絶なモノなのだ。それに耐えながら人間世界で生きようものなら、確かに衝動に妥協する事もまた人間足り得る為の手段なのかも知れない。それでも龍臣は反論する。
「いや、人間足り得る為に衝動に任せて殺戮するなら、やっぱりそれは人間じゃ無いよ。人間は自分の意思で自分をコントロール出来るからこそ人間何だ。お前みたいに衝動に任せて、本能に任せて、我慢できないからと言って殺して回るのは、ただの#獣__ケダモノ__#だ。だから、のっけからお前は・・・もう人間じゃないし、人間足り得ない」真っ直ぐ目を見て言い切る龍臣。それを聞くと相川優夢は残念そうに溜息を付く。
「そう?残念ね、貴方も同じと期待したのに、#獣__ケダモノ__#だなんて言われちゃった。男に言われたのは流石に貴方が初めてよ。でも、そうなるとやっぱり貴方は敵ね。なら、殺さなくっちゃね!」再度、龍臣に重圧が掛かる。重くのしかかるそれはだが初撃ほどの苦は感じられなかった。龍臣は重圧に任せて豹のようなポーズを取るとそのまま一直線に相川優夢に突っ込む。しかし、寸でのところで相川優夢は飛び退くと相川優夢はしゃがみ込んでいる龍臣の横腹を蹴り上げる。蹴りあげられた龍臣は空中で半回転しながら背中を壁に打ち付けそのままの後頭部から壁から滑り落ちる。壁の強打した場所にはクモの巣状のひび割れが出来ていた。しかし、猫のようにくるりと姿勢を直す龍臣は次の踏み込みに備え相川優夢を鋭く見据える。相川優夢は一切蹴りが効いていないと判断すると三角飛びで器用にビルの合間を飛び逃げていく。逃げる相川優夢を龍臣も三角飛びで必死に追う。だか、ここは龍臣の方が上手だった。みるみるうちに距離が縮む。龍臣の表情に余裕の色が滲んでいく。
だが、やはり相川優夢の方がさらに洗練されていた。
追いつく龍臣に重圧を掛ける。
「なに!?」派手にコンクリートに叩き落とされる龍臣。だが攻撃はそれでは終わらなかった。起き上がろうとする龍臣背後に電柱が落ちる、再び地に伏すと相川優夢を睨めつけるがお構い無しに相川優夢はビルの一部を崩す。雪崩れ込む瓦礫の直撃を受ける龍臣。瓦礫の下から血だまりが広がる。
「止めよ、生駒君。さようなら」
相川優夢は龍臣にのし掛かる瓦礫を何度も踏みつけるように重圧を掛け念入りに潰す。それこそ、一片の生存の可能性も許さない執拗な連撃だった。
次第に龍臣の視界は黒く滲んでいく。ゴキゴキと言う馴染のない音を最後に、龍臣の意識はプツリと途切れた。
しばらくして、騒ぎを聞きつけた一般人が惨状を目の当たりにすると救急車を呼んだ。




