街に指す影
男に"属性覚醒者"にされてはや一ヶ月。段々この衝動にも慣れて来た。あれを最後に男は現れず俺は何だか煮え切らない想いと少しの安堵を胸にそれなりに慎ましく生活出来ていた。最近はめっきり減ったが、闘争衝動はたまに発作的に現れる。
今日は唯の部活、バレー部の大会がある。町内会の催す小さなものだが負けず嫌いの唯はどんな相手、どんな催しでも全力だ。彼女がどれだけ本気かは昨日の電話で理解出来た。唯は俺にとって妹みたいなもんだ。だから唯は家族みたいに大切だし守ってやりたいと思う。でも、最近はどうも女っぽくなっていって咄嗟の仕草や言動に動揺する事が多くなった。俺はバレーのルールとか知らないから正直退屈だが...うん、揺れてるなーとか考えながら見てると、何処か球技も趣があっていいなあ...と、背徳感をそそる頻度が増えてきた事が俺にとっての今の最大の悩みである。
競技が終わった唯は一直線に走ってくる。俺は読んでいた週刊誌を閉じながら応える。
「先輩、見ててくれましたか?私、点入れたんですよ?」
「ああ、頑張ったな。」と、頭を撫でる。
「そんなこと言って、先輩雑誌読んでたじゃないですか。本当に見ていてくれたんですか?」鋭い。追い込むときの鋭さはもはや権能だ。
「見てたよ、ホント、ホント。あの、ネットの所でポーンって!」そう、俺はいろいろな意味で目を離せて居なかった。心中で頭を下げながら「ごちそうさまです!」と。
「本当に見ていてくれたんですね?ありがとう御座います!」めをまんまるにしたあと今日一番の極上の笑顔を浮かべる。こう言う表情変化は正直困る。ますます目のやり場に困る。汗を拭う姿も、おもむろに屈む姿も、どこか艶めかしく、どんどん妖艶に成長していく唯は本当に...困ったもんだ。
「はい、先輩。先輩のお弁当も作ってきましたよ?...お口に合うといいですけど...どうですか?」
「お、サンキュー。どれどれ...」弁当箱の一番端の唐揚げをつまむ。
「うまい!唯も腕を上げたなー、これじゃ俺ももう師匠面出来ないな」モグモグしながら唯を褒める。実際そこいらのコンビニの数倍旨い!外はカリッとしていて中は肉がぱさついていない。だからといって肉汁でベチャベチャでもなく、絶妙なバランスを維持出来ていてもう店で出してもいいと思う。衣にスパイスも混じっていてピリッと辛いアクセントが食欲を更にそそる。
実は二年前、両親が死んでから少しだけ唯の家に置いてもらったことがある。ミカエルと知り合う前だな。その時に飯係を買って出て手伝ってくれていたのが唯だ。あれから随分成長したな~。ホント、お兄ちゃん困っちゃうぜ!
「なんか先輩、表情が嫌らしいです。」
「そ、そうか?そんな事無いぞ?」
「でも、鼻の下が伸びていましたよ?」
「そ、それは...ほら、あれだ!唐揚げのチャームポイズn...」
「入ってません!!もう...」またそんな顔する、俺はこの悩みの種のせいで最近はどうも目を見て話せない。
だが、悩みはこれだけではない。先程の週刊誌やうわさ話程度のものではあるが、この前ニュースにさえなった事件がある。男子高校生の連続殺人事件だ。学校も年齢もバラバラ。互いに知り合いでもない。唯一の共通点は"男子高校生"である事と"運動部エース"である事。要はいわゆる"モテ男"だ。この程度、以前の俺なら聞き流していただろう。死因だってあり得ないんだ。死因は圧死。路地裏で圧死だ。しかも妙な事に瓦礫が落ちたとかそう言うのではない。純粋に、それこそ握り潰されたようにそいつらだけ潰れていたと言う。
こんな現実味のない話、普通なら聞き流す。精々、ツイッターで騒いでいいね集めにしかならない戯言と鼻で笑う。でも、つい最近、俺は普通じゃ無くなった。属性覚醒者とか言う、それこそお伽話みたいなものにされておかしな衝動まで起こり、最近は抑えているがどうもそういうオカルトチックなものに俺自身がなってしまった以上どこ吹く風と見過ごす事も出来たもんじゃない。
不意に目の前の唯を見るとなんか拗ねていた。どうやら俺に話し掛けたらしいが考え事で聞き流してしまったらしい。頬をプクッと膨らませてプイッとそっぽを向いている表情はどこか幼さを残していてそこがとても可愛らしい。自分勝手ではあるがこの時、俺はこの娘を守ってやらなきゃいけないとか思った。
その夜、街の明かりが届かぬ暗闇。ホテル街路地裏は社会のはぐれ者にとって絶好の巣だった。ヤンキーや不良の溜まり場でもあり、薬物のバイヤーの拠点でもあり、そして火遊びの場でもある。誰も警察になど告げ口をしないが故の自由で安全な無法地帯。身の毛もよだつそんな大都市の盲点でそれは起きた。
「ねえ、私の事好き?」
「ああ、当たり前だ」そう言いながら男は長く艶めかしい黒髪を撫で上げ女を壁に押し付けるように擦り寄る。もう片方の手は女のミニスカートをたくし上げ太ももを円を描くように撫でまわす。
「ん、もう...我慢できない...!」口元が吊り上がり男は女の髪を掻き分けながら後頭部を掴み同時に陰部をストッキング越しに愛撫する。男は「我慢できない」を体を許したと解釈したらしい。
だが、
「バカね、男って単純。本当に滑稽で、素敵だわ」女は火照って耳まで桜色になった口元を歪ませ意味のわからないことを言う。それは、本当に一瞬の出来事で男は脳が現実についてこない事を感じたい。ズチャッという聞きなれない音、視点がガタンと崩落する。じんわり鈍痛が湧いてくる。おもむろに眼下へ目をやるとじわじわ弧を広げていく血だまりと共に自分のおかしな姿勢が映った。
そこには女の子座りをして女を見上げる男と、さも愛おしそうに男を見下す女がいた。
「ねえ、どんな気分?痛い?痛い?」
「あ、あ"、おれn、足、おかしくなって、何が、どうなって、、、?」
「いいわよ、そう、その表情。素敵だわ!ねえ、お願い。もっともっといい声で鳴いてちょうだい?」
ベキッ、バキバキバキッ!
鼓膜が拾い切れない凄惨な破壊音。男は無力に女を見上げ許しを乞うように人外の悲鳴を上げる。だが、女はやめない。ただ愉しげに凄惨な光景を見下ろし蕩けるようにうっとりしながら男を見下す。
女の「我慢できない」は体を許したのではなく、この抗い難い殺戮を「我慢できない」だったのだ。もとより男と愛し合う気は微塵も無かった女は男の両腕、両足、内蔵、骨と言う骨、そして頭蓋を満遍なくぐちゃぐちゃにすり潰していく。しかも、女は見ているだけでその凶行をなしている。しかし、女はやがて火照りが収まり気が済んだように壁に凭れるとホッと一息ついて目を瞑る。
このあと、朝には警察が来て調べに入ったが当然、犯人も殺害方法もわからなかった。わかったのはすり潰されるように執拗に重圧を掛けられた後の圧死。それだけだった。
これで流石に十五件目、ニュースにもなった。死亡したのは東山高校二年、上中皐月少年だ。陸上部の短距離走エース。例の殺人鬼の仕業と報じられた。
「また、夏木市か。一体誰が?」
夏木市は龍臣の住む街だ。決して都会ではないが田舎という程でもない、慎ましくも活気のある街だ。ここには勿論、唯も住んでいる。龍臣はこの殺人鬼を探し出して倒すことにした。
犠牲者はもう20人。一、二週間に一回のペースだ。俺は犠牲者の友人関係や知人関係、恋人関係を入念に洗い出し逐一ノートの書き留める。犠牲者は全て二股、三股当たり前と言う男たち。決まって全員スポーツで注目を浴びて社会に持ち上げられている者達だ。競技も学校も学年もバラバラ。だがうちの高校だけはない。その代わり、うちの高校の生徒の名はは交際相手に見つかった。全員、共通して相川優夢と付き合っていたのだ。
「相川...優夢...」
俺は思わずその名を呟く。俺と同じクラスに同姓同名の相川優夢がいるからだ。




