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解決しない探偵達の事件4


沈黙があった。


ツィは覚悟を決めて、居並ぶ面々を見渡す。


受けとめきれないほどの鋭い視線が、彼女を迎える。


骸骨であるクリークの表情は読めず、ただ目の奥の光がより一層赤味を帯びていた。


メディーサである(そのことについては疑いの余地はない)バロネスは蠱惑的な笑みを浮かべている。


ホーナングは静かに口角を吊り上げた。


眩しいくらいの笑顔だ。


唯一の人間であるバークリーは関心なさげに<魔道具>をいじくっている。


ツィは挑戦的に各々の視線に応えた。


その殺風景のためだけでなく、漂う重圧感が、彼女の気持ちを重くした。


じりじりとした時間に気も削がれたきたころ。


最初に口を開いたのはクリークだった。


肩に羽織ったマントを前に掻き合わせながら、彼は言う。


「それは……どういう意味かね?」


おどけたような口調だったが、そのまま気安く対応するわけにはいかない。


ツィは用意してきたファイルを取り出した。


「それは?」


「あなた方が、権限を所轄署から『取り上げた』事件の資料です。」


何もないテーブルの上に順々と並べていく。


バロネスは興味深そうに背を乗り出した。


「まあ怖い。」


添付された写真には、胸を鋭い凶器で貫かれたり、後頭部を強打した死体が写っている。


「これは、いずれも一年以上前に起こった事件です。」


ツィは写真を前に、どうだといわんばかりに彼等を見渡す。


しかしその言葉の意味が分からなかったのか、あるいはとぼけているのか。


ホーナングはにこやかな笑みを寄越すだけだった。


「っ!?……」


ツィは一瞬ひるみながらも、話を続ける。


「……先ほども言ったように、私は気になるのです。なぜ、優秀な頭脳を持ったあなた方<委員会>が、なぜ事件解決に一年以上もかけているのか」


「それは……」


クリークが顎に手をあて、愉快そうに体を揺らす。


「むろん、まだ事件の真相がつかめんからだよ。」


ツィは首を左右に振った。


「それはありえない。」


「なぜそう断言出来る?」


「それは……」


彼女は泰然と構えている彼等に写真を直接叩きつけた。


「これも」


写真を一枚取り上げては、それぞれの前に突き付けていく。


「これも」


相変わらず無表情なバークリーの眼前に、頭部が消失した人魚の死体をちらつかせる。


「これも。……どれも、いたって解決が『容易』なものだからです。私にすら見抜けるほどに……」


「ほう、それはそれは」


彼女のぶしつけな態度にも動じることなく、泰然と構えたままクラークは続けた。


「ぜひとも我が<委員会>に招待したいほどの頭脳だな。……我々には、未だ、解決できんのだよ。」


「なにを……」


「本当のことなんだよ、ツィさん。」


ホーナングは肩をすくめた。


「私達としても、残念なことに……」


「で、ですが、そもそも我々は、なぜこんな単純な事件に、<委員会>が乗り出してきたのか不思議に思ったくらいで」


彼女の困惑に、バークリーは薄い笑みを返した。


「そこまでいうなら、私達に説明してくれ。君が見出した事件の真相というのが、いったい、どういったものなのか。」


「……分かりました。」


ツィは油断なく相手を睨みながら、手帳を着慣れぬコートから取り出した。


ページをさっとめくって「まず、南地区のドラゴンの頭部、盗難事件について。」


「面白い事件だったわ。死体がとってもスリリングで。」


バロネスがゆったりした調子で言う。


ツィは気にせず続けた。


「状況は明確でした。南地区を根城にしていた翼竜型ドラゴン一体が、夜間の内に、頭部を切り取られていたものです。」


ドラゴンの首は、その希少性から高く売れる。


実用性があるわけではないが、インテリアとして飾りたがる変人は、どこの世にもいるものだ。


「他種族と違い、ドラゴンは<防犯魔法>を通常施すということをしません。睡眠中も、常に体をさらしたまま、簡単な木々を寝床にしているだけです。このドラゴンのその例に漏れず、特に外敵に対する対策というものを取っていませんでした。……もっとも、ドラゴンの皮膚はそれ事態が強力な<魔力>の磁場になっていますから」


「よほど優秀な<魔力>の使い手でなくては、そもそも傷を与えることが難しい。」


クラークが頷きながら言う。


「だったかな?」


「その通りです。ですから、逆に言えば、そのドラゴンの首が切り取られているという事実が、既に容疑者の姿を克明に表しているのです。」


ツィはぺージの下に目を移して


「案の定、現場には<魔紋>が残っていませんでした。ドラゴンの首を切り取り、さらに自身の痕跡を拭いさるとなれば、並大抵の存在ではない。加えて南地区に縁のあるものといえば、数人程度に絞りこめるはず。……しかし、あなた方は」


ツィは視線を正面に据えた。


「容疑者の捜索さえなさっていない。まったくの手つかずです。」


気がつけば、自然に声が強くなっている。


彼女は呼吸を整えた。


<委員会>の反応は薄かった。


「なるほど。確かにそうかもしれんな……」


顎をさすりながらクラークが言う。


「では、他の事件は?」


「……例えば、東地区のドワーフ殺しは」


ツィはバークリーの顔面によぎった嘲笑の跡を見逃さなかった。


どういうことだ?これほど明確な指摘に、なぜそれほど冷静でいられる?


焦る気持ちを押さえ、彼女は先を続ける。


「昼間、他のドワーフの監視下の元で、老ドワーフが一人、殺されたものです。凶器は鋭く先をえぐったような刃物でした。ドワーフに知覚されずに、犯行をたやすく成し遂げたその手口。」


ツィは右手をあげ、指を一本一本折り曲げっていった。


「例えば、<変身魔法>を使えば、ドワーフ達に紛れこむことは難しくありません。しかしそれでは凶器を所持して近づくことまでは容易ではないでしょうから、あるいは<隠蔽魔法>を使ったのかもしれませんが。いずれにせよ、<魔紋>を洗えば、すぐに容疑者を見いだせたはずです。」


「ところが、あなたがたは」


ツィは鋭い視線を全員に投げかける。


「すぐ所轄から事件を取り上げると、それ以降実質的な動きをなにもしていない。真相は簡易なものであるに関わらず、です。」


「はたして」


ホーナングはにこにこしてそれに答える。


「本当にそうかな?」


それ以降も、彼女は次々と<委員会>の怠慢をあげつらっていった。


ゴーレム大量盗難事件。


人魚密室殺人事件。


聖杯偽造事件。


他、ここ一年以内に起こったあらゆる種類の、あらゆる事件を。


いずれも、<委員会>の力をもってすれば、解決は容易なはずだった。


「……このように、いずれの事件も、謎と呼べるような謎はありません。」


全ての事件を検証し終わった後、ツィは静かに言った。


手帳を閉じ、来るなら来いと、背を正す。


「……なるほど、実に興味深い。」


パチパチと拍手が起こった。


どのメンバーにも、これほど攻め込んだというのに、なんの抵抗もなかった。


ただ、静かに彼女を見つめるだけだ。


まるで最初から次元の違う存在に相対しているかのようだった。


こちらが呼びかけても、まともな反応がない。


「っ!?……」


ツィは歯ぎしりしながら、今までにないほど感情のこもった口調で言う。


「分からないんのですか!?この異常さが!!どの事件にも、なんの謎もないのです!!あなた方なら、簡単に事件を解決できるはずなのです!!なのに、なぜ!!」


絶叫となったそれは、まるで部屋全体を震わせんばかりに響き渡った。


「なぜ、あなた方<委員会>は、事件を『解決しようとしないのですか』?」


沈黙が降りた。


<委員会>は、ただ顔を見合わせるのみ。


ホーナングは相変わらず落ち着いていて。


バロネスは「うふふ」と笑いを漏らし。


バークリーは関心がなさそうだった。


クラークは赤い光を目の奥に静かに湛えている。


ツィの声は、彼等の空気に呑み込まれてしまった。


「あの……」


「ねえ、お嬢ちゃん。そろそろお腹すいたんじゃない?」


ツィが追及をしようとしたところで、バロネスがその発言を遮る。


虚をつかれた彼女は、ぽかんとバロネスを見つめた。


クラークがバロネスに合わせる。


「そうだな。そろそろ食事にしようではないか。」


バークリーは既に何食わぬ顔で食事に手をつけている。


ホーナングはにこやかに笑みを向けた。


「何が食べたい?言ってくれたら、これ以外にも用意してあげるよ……」


「ふ、ふざけないでください!!私は、真剣に……」


「もちろん、分かっているよ。」


激怒するツィに、クラークが相変わらずの落ち着きで応えた。


しかし、その口調は以前とは違っている。


確かな『芯』が、そこには感じられた。


「分かっているとも。」


「それなら……」


「話はそう単純ではないのだ。」


クラークは片手を否定するようにぶんぶんと振った。


「単純ではな」


「お嬢ちゃん。確かにあなたの『仮説』は、とっても魅力的だったわ。」


『仮説』?あれが?


「でも、それが解決じゃないの。」


「そう、解決ではない。あなたの意見は……」


ホーナングがその後を引き取る。


そして、ツィの胸に鋭くフォ―クの切っ先を向けた。


「『真の解決』には程遠い。」


「そんな馬鹿な!!使われた<魔法>の蓋然性だって、十分に」


「そこだよ、君」


クラークがその両手を意味ありげに広げた。


「魔法などというものは、凡そ『真の、理想的な解決』には程遠い」


「あなた方は、いったい、何を……」


捕らわれるような、重圧感。


逃れられないような、存在感の強さ。


<委員会>は、ツィの上を行っていた。


後ろでドアがしまった。


「!?」


「さあ」


クラークが歓迎の意を述べる。


「では、少しお話しようじゃないか。」































































































































































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