解決しない探偵達の事件3
<中央探偵委員会>。
基本的に平等主義である魔法警察は実力がその階級につながっており、昇進にあたって、元来の<魔力>量や種族の有無は関係ない。
しかしそんな警察において、唯一例外とされるのが、<中央探偵委員会>だった。
魔警察庁長官の上部に位置し、総理から直々に捜査権力を与えられた、特殊組織。
その構成員は全て<魔力>レベル100を超えており、それぞれが伝説種に属している。
主に通常の警察機構では補いきれないほどの難事件解決のために設けれられた組織だが、具体的な調査基準は決められておらず、いわば彼等の意志によって、事件調査にあたることが出来た。
一度彼等が手掛けると決めた事件は、たとえ所轄の下で既に捜査が行われていたとしても、問答無用に権限が移行される。
つまりはエリートのいいなりなのである。
それでも、いままではその仕組みが有効に働いていたから我慢が出来た。
しかし、ここ一年余りの<委員会>の現状は……
ツィはクインの顔に浮かんだ苦渋をまざまざと思い出していた。
上司の苦悩は部下にも堪える。
「ツィ様ですね、ようこそいらっしゃいました。」
どこからともなく声が聞こえてきた。
ツィはハッとしてあたりを見回す。
ゴールデンタウン。
文字通り、黄金の町。
鉱山資源にめぐまれていたこの地は、総理大臣をはじめ、この国の重要人物の居住地が居並ぶ都市であった。
金箔に彩られた高層ビルが、空を裂くようにしてさかんにその長身を競い合っている。
どこを向いても、人、人、人。
都会の様々な雑音が、ひとつの塊となって、押し寄せてくるようだった。
目の前には、枠をきらびやかな銀の柱で彩った両開きのドアがそびえている。
周囲の無機質な建物群と変に対照をなしていた。
「お入りください。」
<通信魔法>を介して、落ち着いた老練な声がしゃべる。
ツィは典型的な田舎者になっている自分に苦笑し、悪い考えを追い出そうと、首をぶんぶんと振った。
私をここに寄越したのは、クインの意志だ。
自分達でさえ解決が容易にできそうな平凡な事件を、<委員会>は優に三ヶ月以上も審議している。
上部組織のやることは基本ブラックボックスだとはいえ、これはさすがに看過できるような状況ではない。
はるかに優秀な<委員会>が、どういう理由からか、事件解決を遅延しているとしか思えない。
中央と多少のコネクションがあるツィだからこそ、そこに切り込めるチャンスがあった。
「どうされました?」
「いえ、なにも」
ツィは今一度、自分の服装を見直した。
いつものボロ布ではない、きちんとした黒スーツを身にまとっている。
後れをとるわけにはいかなかった。
「問題ありません。」
指示に従って、彼女はビルの地下へと降りていった。
*・*・*
<拡張魔法>と<空間魔法>を組み合わせれば、原理的には無限に居住区を拡張させることが出来る。
それはなにも陸上に限ったことだけではなく、上空だろうが地下だろうが、そこに場所さえあればよい。
しかしあくまでそれは原理であり、実際にこれほどの規模で、これほど堅牢に作れるかとなれば、話は別だ。
想像を超える<魔力>が使われている。
緊張を高めながら、ツィは縦横にめぐらされた廊下を声に従って歩いた。
しばらく経っただろうか。
「ようこそ。ツィ刑事」
声はそこで止み、代わりに扉が現れた。
何もなかった空間に突如出現したかに見えるが、精巧な<隠蔽魔法>が使用されていたがために、気がつかなかったようだ。
「っ!?…」
こうも軽々と自分の常識を裏切られると、どうもペースを乱しがちになる。
彼女は立ち止まると、大きく深呼吸をした。
それから、勢いよく扉を開いた。
*・*・*
視線の先には、見慣れぬ姿をしたものたちがいた。
<委員会>はそもそも種族として伝説に位置するもので構成されるのだから、驚くようなことではない。
そうはいっても、普段暮らしていれば絶対に関わることのない層である。
緊張するなというほうが無理な話だ。
「こんにちは。ツィ捜査官」
<通話魔法>越しに聞いていた声だった。
ツィはその声の方向に体を向けた。
「っ!?……」
「おや、びっくりさせてしまったかな」
骸骨が、笑っている。
文字通り骨ばかりの体が革張りの椅子に腰掛け、カラカラと体を震わせていた。
眼球にあたる部分は、赤く光っている。
「え、ええと…私は」
硬直を解いて、慌てて言い繕ろうとする。
「や、無理もない。」
ツィの弁明を、しかし骸骨は軽く受け流した。
「少々変わった容姿をしているからな……クリークだ。よろしく。」
外見と裏腹に、非常に柔和なものを含んだ口調だった。
ツィは及び腰に挨拶を交わす。
そんな二人の様子を見て、他のものたちも歓声をあげた。
「やあ、そうだね。そんな顔をしてるあんたが悪いよ。」
蛇が頭の上でトグロをまいている。
豊満な胸を恥らうことなく露出させた女だった。
ほとんど布切れに近い服。
こちらには別の意味でドキドキさせられる。
「バロネスよ…よろしくね、お嬢ちゃん。」
「はあ……」
お嬢ちゃんと呼ばれるような年齢でもないが。
戸惑い続けるツィに向かって、今度は目線の下から声が掛かった。
「悪いね、捜査官。彼等はいつもこうなんだ。」
ハーフリング。
鷲鼻に細長の目。
金髪がよく似合っている。
幼い感じをいだかせるが、そもそもが成長の少ない種族だ。
ツィよりも、年を重ねているのかもしれない。
ホーナングと名乗った彼と落ち着いた様子で握手を交わした後、彼は最後の一人を紹介してくれた。
黒いコートを襟まで纏った男性だった。
バークリとだけ自らの名を告げ、ごく控えめに歓迎の意を述べた。
他の三人が異種族であるのに対して、彼は正真正銘の人間であるらしい。
強力な<魔力>を後ろ盾にしたのが<委員会>という存在であるだけに、ある意味で彼の存在がツィには一番衝撃的だった。
基本的に、人間は全く<魔力>を持たないからだ。
バークリーはしかし、どこか人間らしからぬ鋭さを感じさせる男だった。
それからしばらく彼等に翻弄された後で、やっとツィは本題に切り込むことが出来た。
「ええと……すみません」
「ああ、どうぞ、おかけください。すっかりこちらのペースに巻き込んでしまいましたね。」
言われるがままに、円卓に沿うようにして並べられた椅子に腰掛ける。
全部で九脚の椅子に、彼女を合わせて五人。
いぶかしく思って、正面に腰掛けたホーナングに目線で腰掛ける。
にこやかな笑顔を返されただけだった。
……静かな怖さを感じる。
飾りつけのない、素朴なテーブルが並んだだけの場所。
<委員会>に囲まれたこの部屋の重圧を、今になって感じた。
バークリが無言で指を鳴らすと、どこからともなく<魔調理器>が飛んできた。
しずしずと料理が目の前に並べられていく。
緊張したツィを、クリークがカラカラと笑う。
バロネスが口を開いた。
「さあ、話して頂戴。……私達に、何を聞きたいの?」
ごくりとツィはつばを飲み込む。
いよいよ、核心だ。
そして、これだけの面子を見て、改めて、確信した。
「…なぜ、<委員会>が、この数ヶ月、謎を『解こうとしていない』か。それを、私は知りたいのです。」