解決しない探偵達の事件2
刑事課には、様々な事件が持ち込まれてくる。
激しい業務の数々に、神経が磨り減る毎日だ。
<魔回路>が充満し、各々が能力に応じて好きなように用いる、この世界。
好きな時、好きなところに移動し、好きなものを食る。
好きなものを見、好きなものを増やす。
それらは確かに文明に発展をもたらしたが、しかし治安を維持する側にとっては、大きな悩みの種でもあった。
なにしろ、警察業務を行う者全てが、種々の<魔回路>を開放し、思うような<魔法>を使えるわけではない。
<回路>を開くには、単純なエネルギーの塊である、<魔力>が必要なのだ。
クインは深くため息をついた。
「……ツィ」
「何です、警部?」
お茶を注いで回っていたツィは、くるりとその場で振り返って、上司の方を向いた。
細長の目に、ぴんと尖った耳。
粗雑な布をまとっただけの体は、見る者によっては、目のやり場に困るほど扇情的だ。
ツィはその澄んとした顔をわずかに傾けながら、クインに応えた。
「何か?」
「お茶くみなんて別に君がやらんでいいから、こっちに来てくれ。」
「でも、わたしが一番下っ端ですから」
「この中で一番<魔力>が強いのは、君だ。」
いわば<回路>を開く<鍵>である<魔力>は、多ければ多いほどより高次の、強力な<魔法>が使用可能だ。
しかし個々の<魔力>の量は、生まれつき違っている。
エルフであるツィは他種族の警官達よりは有利な状況にあったが、それとて一日の治安維持に決して十分な量ではないのだ。
ほとんど<魔力>を持たず、自らの才能一つで駆けあがってきたクインにとって、そのエネルギーの重要さは身に染みていた。
お茶くみ如きに貴重な資源を費やすわけにはいかない。
クインは指をパチンと鳴らした。
途端にデスクの下から<魔給須>が飛び出し、ツィに代わってお茶くみを刑事課全員にして回る。
<魔道具>は、あらかじめ疑似<魔力>が装填された生活用品で、少しの<魔力>を注ぐだけで、望む以上の能力を発輝してくれる。
クインはくいくいと片手を振った。
彼女はそれを見て若干不服そうにしたが、強くは反発せず、彼のデスクに向かう。
大きなため息が彼女を迎えた。
「はぁ……」
「どうされたのです、警部?」
これで何度目の質問なのだろうかとツィは思う。
クインは両手で目の前の書類の束を示した。
「これをどう思う?」
「ええと……」
彼女はそこで初めてその山をつくつぐと眺めた。
目が痛くなるほど細かい活字が記された書類の山。
手の置き場もなく、クインのデスクを泰然と占領している。
彼の努力の甲斐もなく、一つ片づける度に倍の量で増えていくようだった。
死体の悲惨な様子を写した写真も交ざっており、ツィは思わず顔をしかめた。
「……少し、溜まりすぎですね」
「少しどころじゃないよ」
むしろ楽しんでいるような投げやりな口調で、クインが呟く。
「明らかにキャパオーバーだ!!この片田舎の警察署で、賄いきれるもんじゃない。まるでしょっちゅう人殺しが起きてるようだよ。」
「あら、それでしたら」
ツィはその肢体を華麗に動かして手ごろな書類を取って回った。
「これらの案件なんか、他の部署の協力を仰いでもよろしいのでは?」
彼女が手にしているのは、西地区で起こった数件の盗難事件だった。
<防犯魔法>の間隙をついた単純な<侵入魔法>だった。
<魔法>を使った個々の跡である<魔紋>を照合すれば、わけもなく解決できるだろう。
優秀なクインの頭脳を煩わせるまでもない。
彼女の最もな提案に、しかし、クインは首を振った。
「ダメだ。それはできない」
「?いったいどうして……」
「その案件だけじゃない。東地区で起こったばかりのドワーフ殺しにしろ、中心街のドラゴン殺しも、全部、他に預けるわけにはいかない。」
「それはどういう……」
「つまりだ。」
クインは諦めたように肩をすくめた。
「そいつらは元々、私の<管轄>にないからだ。」
「えっ!?」
いつも冷静なツィの顔に、はじめて驚愕の表情がよぎった。
二人の会話に聞き耳立てていた他の署員はしかし、苦虫を踏み潰したような表情を浮かべている。
クインは皮肉な笑みを作った。
「通常、全て私の管轄で調査が行えるなら、私だってこれほど苦労しやしないさ。……中央から出向している君には、田舎者の私の能力なぞ分かりようもないだろうが」
「いえ、そんなことは」
ツィは手をぶんぶんと横に振る。
<魔力>無しで警部にまで上り詰める苦労は、彼女とて熟知している。
クインはちょっと虚をつかれたようだったが、すぐに話を続けた。
「……まあ、普段の私なら、これほど事件解決に苦労しやしない。こんなに書類をためこんだりしないよ。
だが、自分に<動かせない>案件があるとならば、話は別だ。」
「それは……」
「つまりね。」
クインは薄く口角を吊り上げた。
「お上の……<中央探偵委員会>の仕業さ。」