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解決しない探偵達の事件1

我々が暮らす世界とは遠く離れた世界。


<魔法>が存在し、人々は自身の<魔力>を駆使することで、文明を発達させています。


様々な種族が共存するこの『異世界』においても、しかし、変わり者は存在しました。


「さて、今日も『議論』を続けようか。」


何やら額を寄せ合って、怪しげな会話に興じる人々。


「ふう、やっと書きあがったわ!!」


『異世界』において、<魔法>が存在しない『空想』物語に、心血を注ぐもの。


これは、そんな彼らが織りなす、ファンタージィです。


「それで、先生、あんたは何をしてるんですか?」


ふさふさした尻尾を無意識にいじくりながら、クインは尋ねた。


ウルフである彼は嗅覚が利く。


彼のうろんな視線は、目の前の人物に向けれていた。


その少女――アーサー・クリスティ――は、長い髪を下に垂らして、手元を覗き込むようにしていた。


右手に羽ペンを持ち、左手は白い紙をしっかりと押さえて、執拗に文字を書き込んでいく。


その羽ペンは、インクの匂いが強すぎた。


クインは顔をしかめる。


「先生!!」


そこでやっと気がついたのか、クリスはゆっくりと顔をあげ、怪訝そうにクインを見返した。


「何か?」


「何か?じゃないでしょう」


クインは爪の伸びた人差し指を、彼女の手にある紙に向けた。


「何を一生懸命に、そんなに書き込んでいるんです?」


「決まってるじゃない。あたしは作家よ。」


彼女は柔らかい笑みを浮かべた。


「物語よ。」


それで問題は解決したといわんばかりに、彼女はまた執筆に戻っていく。


クインは肩をすくめた。


この少女はいつもこうなのだ。


その熱心な姿勢だけは賞賛に値するが、彼女のそんな様子に、奇異な視線を向けるものは多かった。


同じ人間の間だけではない。


クインを含む、他人種からの視線も同様である。


文明が著しく発達したこの魔界において、人間と他種族間に本質的な差異はない。


皆が皆、卓越した<魔法則>による、豊かな生活を享受している。


それだけに、アーサー・クリスティは、世間全体からの外れ者だった。


クインは席を立つと、その書物に溢れた部屋を見回した。


およそ年頃の少女の部屋とは思えないほど、かび臭い分厚い書籍に囲まれている。


本棚に収まり切らない分は床に積み上げられ、それが塔のように林立しているため、全体を見通すことも困難である。


そうそう、今時、便利な<魔法収納ボックス>を、彼女が使っていないのも怪訝なことだった。


「どうして<魔道具>を使わないんです?魔力が無くなたって、それがあれば……」


「なくたって暮らしていけるもの。」


相変わらず、我が道を行っている。


クインは半ば諦めを含んだ目でそんな彼女を眺めやりながら、何気なくその乱立した書物のうちの一つを取った。


年代物の、埃にまみれたその本はクインを閉口させたが、とにもかくにもタイトルを確認する。


曰く、『跋扈する闇』。


やけに気取ったデザインだった。


ページをぱらぱらとめくるが、ざっと眺めるだけで、思わず「うへえ」と声をあげそうになる。


「またこんなもの読んで……」


電力問題やら日本列島やら、それら「未知」のワードのオンパレード。


全部が全部、「架空」のものだった。


「何が楽しいんです?こんな、物理法則やらなんやら、『空想物語』ばかり、読んで、書いて。この魔法の時代に。」


「……もう、うるさいわね」


興が削がれたとばかりに、クリスは諦め顔になる。


それからかわいらしく「うううん」と伸びをすると、立ち上がり、その拍子にずれた丸眼鏡を直した。


フリルのドレスの似合う、それこそ「現実離れ」した少女である。


彼女は控えめに眉をあげ、唇をとがらせた。


「別にいいじゃない。楽しいんだもの。……あたしにも、なんでこんな話が面白いのか分からないのよ。」


「なら……」


「でも、書くの。」


強い意志をたたえた口調だった。


クインはその空気に圧されて言葉に詰まる。


この常識外れの少女にどう応えたものかと考えていたところで、その「音」が鳴った。


ピリリリリリッという、軽快なメロディ。


その明るさとは対照的に、クインは「チッ」と舌打ちをすると、そのまま指をぱちんと鳴らした。


即座に、「魔回路」がつながり、両耳に声が聞こえてくる。


「警部」


「何だ、ツィ」


彼は不機嫌に部下に呼びかけた。


ツィはその反応には慣れているらしく、そのまま落ち着いた口調で続けた。


「事件です。東区の民家で、老ドワーフが……」


「……分かった。すぐに向かう」


それだけ聞くとクインは指をもう一度鳴らし、「回路」を打ち切った。


目の前にはニコニコと笑みを浮かべるクリスの姿があった。


「嬉しそうですね、先生」


「あたしにかまってなんかいないで、早く事件を解決しないとダメなんじゃない?」


くすくすと体を揺らす。


クインは思わずムっとしたが、彼女の言う通り、今はこんなところで油を売っている場合ではない。


彼はその大部屋を急いでつっきると、ウルフの脚力を活かしてそのまま廊下をかけていった。


「生活供給回路」の邪魔になるから、屋内では「瞬間移動」が使えないのだ。


重厚な玄関を押し開けると、そのまま急いで草原に飛び出す。


草木に囲まれ、重厚な尖塔を抱いた彼女の屋敷は、このあたりでも一番の豪邸だった。


さっそく「移動」のために、回路を開けようとする。


跳躍エネルギーを感ずる前にうっすらと振り返ると、いつの間に追いついていたのか、片手をひらひらと振るクリスの姿があった。


やっぱり、「空想」じみた女だ。


苦い思いを抱きながら、魔法警察第一地区刑事課所属警部であるクインは、その「場」へと飛んだ。
























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