第7話
新聞部の部室の中、『のあ・オレ・紗菜・李華・広』の順で円を囲むように椅子を並べて座っている。
のあが来た時はどうなることかと思ったが、広の『部長がまだだから、とりあえず座らないか?』との提案で、ひとまず冷静になれる時間を置くことができた。
「慎弥ー♪私、おもしろい写真もらったんだけど、見たくない?」
「いや今はいいから…後で見るよ」
昨夜の件から、のあとは以前より打ち解けられた気はするが、今ののあはどこかおかしいような気がする。
今ののあは、まるで誰かを煽っているように芝居がかっているようだった。
それにしても、まさか学校内でこのように接してくることは予想外だった。
学校とはいえ、人目がある場所だ。
のあにとっても少なからずリスクはある。
やましいことがなくとも、学校での出来事が世間に流れてしまうことだって考えられる。
「むぅ~~」
みんなが椅子に座ってから、のあを睨んで(いるつもりだろうがそうは見えない)唸っている紗菜がいいサンプルかもしれない。
紗菜がこういう態度を見せるのは珍しいが、のあの方も紗菜の反応を見て楽しんでいるようなので、放っておくことにする。
他のメンツはといえば、李華はスマホのゲームをしていて会話に混ざる気はなさそうで。
広に至ってはオレ達をニヤニヤとした顔で見ている。
「慎弥が見ないなら他の人に見てもらおうかな?君、見てみない?」
「わっ私ですか!?」
のあが声をかけたのはあろうことか紗菜だった。
紗菜もまさか自分へ話が振られるとは思っていなかったらしく、素の驚きを見せている。
変な空気間になりそうだったが、のあから距離を縮めてくれるのは願ってもいないことなので、オレは口を挟むことなく見守ることにする。
「新入生代表だった望月紗菜ちゃんよね?まぁ試しに見てみてよ」
「はぁ…それなら…」
紗菜の返答に満足したのか、のあは上機嫌で紗菜の前まで行き、スマホをかざした。
「……………………」
そして紗菜はそのまま動かなくなった。
のあはその反応を予想していたのか、顔色一つ変えない。
いや、実際は悪巧みを企むような悪いオーラが出ている。
嫌な予感しかしない。
のあのスマホを覗きこむ。
そこに写っていたのはベッドで横になっているのあと、それに覆い被さっている(ように見える)オレの写真だった。
「「わぁーーーーっー!!!!」」
オレと放心状態から復活した紗菜の声が部室に響く。
「なんなんですか!?この写真は!!」
意外にもオレよりも先に紗菜が声を荒げた。
「あっ間違えちゃった♪慎弥ゴメンね~私達がラブラブなのバレちゃった♪」
「絶対にわざとだ!?しかも誰と誰がラブラブだ!!」
「もう慎弥ったら恥ずかしがっちゃってカワイイ♪」
話が通じないというよりは、無理矢理に話を反らすような、のあの態度。
それにしたって『ラブラブ』ってもう死語だろうが、歳いくつだよ…。
何にしても、のあをこのまま放っておく訳にはいかない。
そう思い、写真の真実を知るもう一人に目線を向けると、そこにいるのはまるでオレが知らない人物の様な李華だった。
写真の出所が自分ということもあるだろうが、何かとオレを困らせる行動ばかりして『ラクして楽しく』がモットーの李華の姿とは全く別の真剣な表情にオレは息を飲んだ。
「あの写真は何なんですか?私にあれを見せて何がしたいんですか?」
「え~間違えちゃっただけだよ?それとも私達の関係が気になる?」
これは誘導尋問だ。のあにとって紗菜の何が知りたいのかは不明だが、オレ達と知り合いだということの確証を本人から取りたいのだけは間違いがない。
「別にそんな訳では……」
紗菜もそれを察して否定はしたが、これでは時間の問題だ。
「ちょっと待て。のあもいい加減にしろ」
「慎にぃ…ちょっとだけ、のあさんと二人で話をさせて」
二人を止めようと会話に割り込んだオレだったが、李華の声のトーンに思わず口をつぐんでしまった。
「のあさん。いいですよね?」
「出来れば早めによろしくね。こっちも話し中だったから 」
「のあさん次第では直ぐに終わりますよ」
李華の表情は怒っているようには見えないがオレ達にプレッシャーを与えた。
「じゃあ行こうか」
さすがと言うべきか、のあは物怖じした様子もなく飄々とした態度で返事をすると李華の後に続いて部室の外へ向かって行く。
その間、オレを含めて部室に残った三人は空気感に飲まれて口を挟むことすらできなかった。
『バタンッ』
二人が何を話しに行ったのか気にはなったが、今はこっちが先決だ。
「紗菜…なんで突っかかるようなこと言ったんだ?」
「だって、あんな写真を見せられたら…」
「だから誤解だって言ってるだろうが…とにかく、のあの話は聞き流せ。それと、もう遅いかもしれないけど、オレは『親友の兄であって知り合いではない』いいな?」
「よく分かりませんが先輩がそういうなら…でも写真のことは…」
「あとで李華に聞け」
手遅れ感はあるが、紗菜に伝えておかなのければならないことは伝えた。
そして、それは紗菜にとっての自衛にもなる。
オレ自身、のあの暴走に紗菜まで巻き込むつもりはない。
「広。お前も頼むぞ」
「本当なら説明が欲しいところだが、今回は相手が相手だししょうがない。後で説明しろよ」
広はこういった場面で空気の読めないヤツではないし、今ははありがたい。
まぁ後からだいぶ面倒になる可能性はあるが、この際仕方ない。
今やることを終え、部室の外の二人の様子を盗み見ようと(決して変な意味ではない)したところで入り口のドアが開き、のあの姿が見えた。
その顔は、李華から何かに言われたにしては晴々としていて、むしろ先ほどより機嫌が良さそうなほどだった。
その様子を見たオレ達は呆気に取られて視線を次に入ってくる李華へと向けた。
「ゴメ~ン♪おっ待たせ~!!あれ?みんな変な顔してどうしたの?」
「「「……………えっ?………」」」
あれ?この李華は先ほどと同一人物なのだろうか?(実際、李華が何人もいればオレの身が持たないが)
「紗菜。こっちが終わったら、のあさんに付き合ってくれる?」
「えっ?李華ちゃん何で…?」
更に予想外の李華の言葉に、紗菜はこちらを向きそうになったが、オレの言ったことを思い出したのか再度、李華に向き直った。
「いや~二人が仲良くなってくれたら私も嬉しいし♪」
「私も紗菜ちゃんともっとお話してみたいし♪」
一瞬、李華が買収されたのかと思い、李華が欲しがっていた物のリストが頭の中に浮かんだが、いくらなんでも親友を売ってまでそんなことをする奴ではない(兄のことは平気で売るだろうが)。
そうなると、今回のことはオレが気にし過ぎただけで、のあは本当に紗菜と話がしたかっただけという結論でいいのだろうか?
李華を疑う訳ではないが、オレの心のモヤモヤは晴れなかった。
『バタンッ』
「遅くなってゴメンよ。ちょっと新米教師をシメ?いや、制裁?まぁそんな感じで遅れてしまったよ」
オレの心と今までの空気間を完全に無視して入って来たのは、この学校の三年生にして新聞部の部長『白崎 朱音』
ショートカットの黒髪にボーイッシュな顔立ちも相まって、男女問わず後輩から絶大な人気を誇っている。
しかし、それは彼女の本当の顔を知らないからであって、実際は先ほどの発言のように『学校一の要注意人物』との声が挙がる程で、部長に楯突こうとするもの仮に教師であってもなかなかいない。
「李華っち。あの新米教師はもう大丈夫だから安心してくれ 」
「ありがとう♪朱音ちゃん!!」
『李華っち』『朱音ちゃん』その親しげな呼び方と内容にオレの中で考えたくない結論が導き出された。
校則違反なのに何故か許された李華の金髪。
そして最後までそれを注意し続けた新米教師(あの熱血系教師がどうなったかは知りたくない)。
結局のところ、あの時点で部長と李華は既に繋がっていて、あらかたの教師陣は掌握済みだったということだ。
普通なら教師達の不甲斐なさに嘆くところだが、オレとしてはそれ以前に、のあの転入情報を部長から守ったことでマイナスイメージはない。
「大人気アイドル君を含めて全員揃っているようで結構。それじゃあ始めようか」
部長の恐ろしさ知っているオレは『 始める』と言えば従うしかなく大人しく椅子に座り直した。
今回、オレは手伝いではなく付き添いなので、何をするでもなくインタビューの様子を眺めていた。
そのせいかインタビューの内容はちっとも入らず、のあと紗菜の二人がこの後に何を話すのかばかりが気になっていた。
(このインタビューが記事になった時、オレは内容を聞いてなかったことを激しく後悔した)
「じゃあ、これでインタビューは終了します。今日はありがとう。記事になるのを待っていておくれ」
「どうもでした~」
「ありがとうございました」
「どうもね。朱音ちゃん」
部長の言葉に三人がそれぞれ返事をする。
いつの間に全部が終了していたようだ。
「じゃあ解散~あっ広と慎弥くんは残ってくれ」
「いや…オレはちょっと…」
「朱音ちゃん。私も慎にぃと一緒に残るよ」
のあと紗菜に付いて行こうと考えていたのを読んだかのように李華が部長にそんなことを言い出した。
「おい!!李華っ…」
「じゃあ李華っちもよろしく頼むよ。二人は帰ってもらって大丈夫だよ」
部長もそれに乗っかるようにする様子は、まるで二人でオレを行かせまいとするような気さえした。
「じゃあ紗菜ちゃん行こうか♪」
「はい…」
そして、部長と李華に邪魔される形になったオレは部室から出ていく二人の背中をただただ見送ることしか出来なかった。
新聞部の部室を出た私は、先を歩く石川先輩の背を追うように人通りのない校舎の陰へと移動した。
李華ちゃんは『仲良く』なんて言っていたけど、インタビュー中には私を煽るような返答をしていたり、今は明らかに人目を避けたことで、私の警戒心は増していた。
「私に話ってなんですか?」
余計なことを言っても、この人には意味がないと思い、私は意を決して石川先輩を見据えて言った。
石川先輩も私の様子を少し見てから軽く笑みを浮かべた。
「あなた、『s2kr』って動画に出ていた子よね?」
きっと先輩にとっては核心に満ちた言葉だったのかもしれない。
しかし、私にとっては『なんだ。またそれか』程度のことでしかなかった。
「よく言われますが人違いですよ」
なので私はいつものように返す。
「証拠もある。李華ちゃんのアルバムに昔から最近までのアナタが写った写真があったわ」
「李華ちゃんはアルバムを見られるの嫌がりますよ?」
「それはさっき知って、かってに見たことは謝ったわ」
先輩が李華ちゃんのアルバムを見たのは本当のようだし、なぜかは分からないが、そう出来る立場にあることは理解した。
それでも私は、理由がどうあれ李華ちゃんや、もしかしたら慎弥先輩すらも利用しているかもしれない石川先輩を許せそうになかった。
「私が映像の本人です。でも先輩はそれを知ってどうしたいんですか?」
だから私は質問を肯定し、目的を聞くことで全てを終わらせたいと思った。
無理矢理にでも言い逃れることは出来たかもしれない。
でも、それにより石川先輩が私の周りの人達を利用したり、ひいてはあの太陽の様に輝いていた時間を汚されることは我慢できなかった。
「本当のことを言ってくれてありがとう」
先輩から最初に出たのは意外にも感謝の言葉だった。
「私が知りたいのは2つ、1つ目はメンバーについてよ」
その質問に関しては予想できていた。
私に関してのことだけならば、わざわざここまでの状況は作らないだろう。
「最初は李華ちゃんや、それこそ慎弥あたりを疑ってたわ」
その考え方は間違いではない。私自身、人付き合いが苦手なせいで交友関係は狭いし、動画のレベルからいって子供が撮影していたとしても不思議ではない。
「でも、もう一人の女の子は李華ちゃんとは別人だったし、卒業アルバムなんかの写真にもいなかった」
だからこそアルバムや写真に写っていないとなれば、李華ちゃんの知らない人物ということになり、私に聞くしかなくなる。
「……………」
私は何も答えなかった。
私自身のことはいい。だけど存在を明かされて迷惑する人だっている。
「じゃあ、もう1つの質問」
石川先輩は答えようとしない私から、それを悟ったのか、次へと移ってくれる。
「あの作品の続きはどうなったの?」
稚拙な出来である映像を先輩は『作品』と言った。
それについては嬉しく思えたが、同時に
そんな風に思ってくれている人が私達を探ろうとしていることに悲しくもなった。
だから私は突き放す為に真実を告げる。
「あの後、少しだけですが撮影はしました。ですが、続きを作れるほどではありません」
「じゃあ今からでも新しく撮り直したら?映像は繋がらないかもしれないけど、待ってる人達だってきっといるし」
「メンバーが集まりません。私は同じメンバーでないと意味がないと思います」
「それはそうかもだけど、声をかけてみてからでも…」
「それは無理なんです」
「えっ…?」
石川先輩には悪いと思いつつも、私は伝えなければならない。
「さっき先輩は映像に私と写っていた子を見つけられなかったと言いましたよね?」
「そうだけど…」
「あの子とはもう会えないんです」
「遠くに住んでるってこと?」
先輩はそう言ったが、その目は半分答えを予測しているようだった。
私はひどい女だ。過去を守る為に今ここにいる人を絶望させようというのだから。
それでも私は止まることができないからこそ言い切った。
「あの子はもう存在しないんです」
と。