第70話
「紗菜。次は何?」
「次はお肉コーナーで豚バラだね」
李華ちゃんからの問に私はメモを見ながら答える。
二人で店内を歩きながら買い物を続けていると、李華ちゃんは私の顔を覗き見ると、ニヤリと笑った。
「ど…、どうしたの?」
「さっきの話だけど、紗菜はステージ観ないで何をしてたのかと思って」
「それは、誠二くんを探しに…」
それは本当のことだし、嘘は言っていない。
「で、探しに行った時に誠二くんとかいう子は、ウチの紗菜に何をしたんだい?」
「何って…李華ちゃん。変な言い方やめてよね」
李華ちゃんの芝居がかった言葉と口調に、私はため息をついた。
「まぁ本当は、何があったのか聞きたい訳じゃないんだけどさ」
「私も話すつもりはないけどね…」
私はお肉コーナーに目を向け、豚バラを選びながら答える。
親友の李華ちゃんといえど話すことはできない。
話してしまうことは誠二くんにも不誠実だと思うから。
「それで李華ちゃんは何の話がしたかったの?」
「のあさん…いや『NoeRu』のステージがさ…やっぱり凄かったんだよね。テレビで観るのとは全てが違い過ぎて…」
「そうだったんだ。私も見れたら良かったな〜」
私はなんの気なくそう答えた。
李華ちゃんがそこまで言うくらいだ。
千載一遇のチャンスを逃してしまったのかもしれない。
だが私の気持ちとは裏腹に、李華ちゃんの顔は冴えない。
「違うの。観なくて良かったと思う」
「えっ?だって凄かったんでしょ?だったら…」
李華ちゃんは私の疑問にどう答えるべきかしばらく悩むと、渋々といった感じで答えた
「なんて言うかさ…リアルなんだけど、どこか幻想的って言ったらいいのかな?同じ人間なのに、格の違いを感じたとがいうか…正直、あんなの観たら子供達はともかくとして女としては結構ヘコむ部分もあるし」
「えっ⁉李華ちゃんに女性らしさなんて、最初からないと思ってた…」
「紗ぁ〜菜ぁ〜!!」
「ゴメン!!ついつい本音が…」
「余計悪いわ!!あ〜あ。もうお菓子でも食べないとやってけないわ」
『私、怒ってます』と言わんばかりに、お菓子コーナーへ一目散に向かう李華ちゃん。
結局、私の失言により李華ちゃんは大量のお菓子を買い込み、慎くんからの要望を叶えることは出来なかった。
「(慎くん、本当にゴメンなさい)」
伝わるはずのない謝罪を、私は心の中で繰り返した。
買い物も終わり、お母さんの車を待ちながら、私達は、先程の話の続きをしていた。
「さっきの話は結局、李華ちゃんの中にも女の子らしさがあることのアピールだったの?」
「んな訳あるか!!ちなみに私は知っての通り女子力の塊だけどさ」
「………………」
言うまでもないが、そんな人物の心当たりは私にはない。
だが余計なことを言うと先程の繰り返しなので、遠い目をして誤魔化す。
「で、のあさん…『NoeRu』のステージは女子力の権化である私から見ても衝撃的だったからさ…」
『めげないなぁ〜』とは思ったが、李華ちゃんの言葉にどことなく重みを感じた私は、何も発することが出来なかった。
その雰囲気は、いつもの李華ちゃんからはかけ離れていて、それが尚更に重い空気に拍車を掛けていた。
「紗菜はさ。昔から慎にぃにベッタリだったじゃん」
「中学校であんなことがなければ、もっと一緒にいれたかもだけど、ね」
自分で言いながら、もし昔のままの状態が現在まで続いていたならば、それは依存と同じだったと思う。
確かにショックは大きかったし、涙を流すことだって数えるのが嫌になるくらいあった。
でも、あの期間があったからこそ私は慎くんに依存するだけじゃなく、慎くんを支えてあげられる自分になることを決めた。
それに李華ちゃんにだって。
「紗菜のこと、私はすごいと思ってる。高校もさ、『s2kr』のメンバーが全員一緒にいる為に選んだくらいだし…」
「別にすごくはないよ。私がそうしたかっただけだし。両親だって『好きにしなさい』って言ってくれたから」
「でも先生達には色々と言われてたじゃん。あの人達、大変な時には何もしてくれなかったクセして『あんな卒業生がいる学校に行ったら、また酷い目に会う』とか慎にぃのこと言ったり…それに私だって…」
中学の先生達は、私が慎くんと、そして一緒に進学する李華ちゃんと同じ学校に行くことを問題視していた。
慎くんは私を守る為に自分を悪者にし、李華ちゃんは私が標的に逆戻りしない様にと、ワザと悪目立ちして私に目が向かない様にしてくれた。
二人とも私を切り捨てれば、幸せなことがいっぱいあったハズだ。
でも、そうしなかった。
私の大好きな二人はそんな人だった。
そんな私なんかを守る為に有るべき幸せを犠牲にしてくれた二人を悪く言う先生達を許せなかった。
だが、私が否定することによって二人の立場を更に悪くする可能性から、私は矛を納めた。
「そんな紗菜だから、のあさんが急に私達の輪に加わって、実は一番ストレス抱えてるんじゃないかなって」
「確かに石川先輩が来た頃は色々と考えたよ。でも石川先輩じゃなければ、今みんなが一緒にいることは出来なかっただろうから。本当に奇跡ってあるんだね」
「奇跡か……ゴメンね…実は違うんだ…私達。私と広さん、そして朱音ちゃん。三人だけが知ってる秘密があるの…」
「秘密?」
三人しか知らないので、もちろん私は初耳だが、逆に私や慎くん、石川先輩に秘密にしなくちゃいけないこと、そして李華ちゃんが今になって、それを話すことを決めた理由に見当がつかなかった。
「実は、のあさんが私達に会ったのは偶然じゃないの。全部、私達が仕組んだこと」
「…でも先輩は自分で決めて転校してきたんじゃ?」
「うん。さすがに私達もそこまで予想してた訳じゃないよ。それに、のあさんが『NoeRu』だったことも完全に想定外だし」
「…………」
「朱音ちゃんは元から『s2kr』のファンで、慎にぃや広さんが入学した時から目を付けてたのは知っての通りだけどさ」
その話はもちろん知っている。
入学したての慎くんと広先輩に朱音先輩が関係者であることを突きつけたと。
だって、それがあったからこそ、私と李華ちゃんは広先輩経由で朱音先輩と知り合えたのだから。
「紗菜には、たまたま私達の家で住むことになった、のあさんが『s2kr』の大ファンで『彼女なら慎にぃをもう一度、立ち直らせてくれるかも』って言ってたけど、事実は違う。私達は『s2kr』に影響を受けた人を探してた」
「なんでそんなことを…」
「そのくらい動画から影響を受けた人じゃないと、慎にぃはまともに話すら聞かなかっただろから」
認めたくはないが、実際そうだったと思う。
私は私なりに入学以降に慎くんの気持ちをかえようと努力したつもりだった。
しかし、最終的には石川先輩に頼るしかなかった。
私の言葉では足りなかったことが悔しかった。
「だから私達は探したの。『s2kr』について探ってる人を…」
「それが石川先輩?」
「そう。のあさんがSNSを通して『s2kr』の情報を求めた書き込みを見て『これだ!!』って思った。そして、そのアカウントが動画の感想をくれていた人のものだってことも。情報提供元としては私達以上の人物はいないからね」
「わざと情報をリークすることで慎くんと出会う可能性に賭けたんだね…」
可能性としては分が悪い賭けではある。
だけど、そのファンを信じた賭けが石川先輩を手繰り寄せた。
それは奇跡と言ってもいいのではないだろうか?
「でもその人がアイドルで、更にウチに住むことになるとか、ましてやここまでの関係性になるなんて思いもしなかった。だから改めてゴメン…」
「なんで謝るの?李華ちゃんは悪いことなんてしてないのに…」
李華ちゃんが謝ることなんて何一つない。
むしろ何も出来なかった私にこそ非がある。
「だって…のあさんが思ってた以上に凄かったから…『紗菜が気にし過ぎて無理しないかな?』って不安になって」
「李華ちゃんは優しいね。いつも私の心配してくれて」
「当然じゃん。紗菜だって私の心配してくれてるしお互い様だよ」
「私ね。自分のやれること、やって来たことを信じることにしたんだ。そうでなきゃ李華ちゃんが言うように石川先輩を気にするだけで自分らしさを失っちゃいそうだから」
今日、誠二くんと話したことで気持ちは固まっていた。
そのタイミングで李華ちゃんとこの話をしたのは私にとって、更に決意を確かなものとする機会になった。
「紗菜は変わってきてるんだね」
「李華ちゃんだって」
「まぁ私の場合は見た目だけどね」
そう言いながら李華ちゃんは綺麗に染まった自分の金髪をクルクルと指でいじった。
「よし。紗菜の方は分かったよ。でもさ、『NoeRu』のステージを観た慎にぃだって、のあさんを見る目が変わったかもしれない」
「もし、そうでも私のやることが変わる訳じゃない。そういうことだよね李華ちゃん」
李華ちゃんが頷く。
これまでだって慎くんが石川先輩のことをどう思っているのかを考えると不安でしかなかった。
でも、これが普通なのだと最近になって気づいた。
小さい頃から慎くんの周りには、私と李華ちゃんしかいなかったのが、むしろ異常であった。
だから私は今まで嫉妬心や独占欲とは無縁でいられた。
ようやく私は普通の女の子になれたのだと思う。
「のあさんが慎にぃのことを好きになることなんてないとは思うけど、私の本心はいつだって紗菜の味方でいたいから…」
「ありがとう李華ちゃん…」
普段は素直じゃない親友の本音に心がポカポカするのを感じる。
「ふふふっ…それにしても李華ちゃん何かあったの?ステージを観たからってだけじゃこんな話にならないよね?」
私の問いに李華ちゃんは、あからさまに『ギクッ』とする。
それと同時にしおらしい李華ちゃんから、普段の李華ちゃんに雰囲気が戻る。
「いや〜なくもないというか…これからあるというか…私のアイデンティティがね…」
「なんか李華ちゃんにしては歯切れが悪いね」
「まぁ…紗菜にこれ以上の秘密は持ちたくないし、いずれ話すよ」
「約束だからね」
「うん」
そうこうするうちにお母さんの車が見えてくる。
私達は自然に手を握り、そして顔を見合わせ笑顔を向け合った。




